ヒロシマの風化

 一月に妻の実家に帰る途中、広島によって、長年の願いだった平和公園を訪れました。広島はこれからのボクの大きな原点となるものです。でも、正直をいって、いまのヒロシマのあり方は、これでいいんだろうか、という疑問を持ちました。とりわけ、今度、ヤスクニにいってみて、ヤスクニのほうはこれからも持続できるのに、ヒロシマのほうはどんどん風化してしまうのではないか、という恐れを持ちました。

 ヒロシマの施設は大部分が平和記念公園の中にあります。その中心が原爆死没者慰霊碑で、公園の南端に広島平和記念資料館があります。それから、北端に原爆ドームがあります。

 一言で印象を言ってしまえば、そこには死者と静かに向かい合い、語り合うというところが少ない。その象徴は中央にある原爆死没者慰霊碑で、そこには、「安らかに眠ってください 過ちは繰返しませぬから」という有名な文句を記した碑がたっています。この碑文をきめるのにも大変な苦労があったようです(以下、一種の公式ガイドブックである広島平和文化センターの『ヒロシマ読本』によるところが多い)。それはそれで決して分からないわけではありません。でも、今になってみると、死者を無理やりに安らかに眠らせてしまうみたいで、生者が自分たちだけの力で過ちを繰返さないことができるかのようなところに、違和感を覚えます。本当に過ちを繰返さなかったのだろうか、世界中に戦争が起り、大型核兵器こそ使われないものの、劣化ウラン弾のようにそれを薄めたものは使われているし、原子力空母は当り前で、日本もそれを認め、そればかりか、日本も核武装を、という声さえあります。「過ちは繰返しませぬ」という言葉が、あまりに空しく聞えます。

 どこがおかしかったのか。それは、生者が強引に死者を眠らせてしまったというところではないでしょうか。それは生者の傲慢ではないでしょうか。

 広島平和記念資料館もそれなりに充実しています。でも、今回、ヤスクニで遊就館を見ると、結局はイデオロギーが違うだけで、同じようなもののような感じがします。北京で盧溝橋のところに抗日戦争記念館がありますが、それも同じです。それぞれ自分たちのイデオロギーで、歴史を解釈し、展示するということは、それはそれでよいことです。でも、イデオロギーを超えて、死者と向き合うということのほうがもっと根本ではないでしょうか。音声ガイドでは、吉永小百合の語りで、原爆の悲惨が語られますが、正直言って、ちょっと押し付けがましいようで、静かに見せてもらうほうがよいように思いました。

 原爆の死者を供養した供養塔は、公園の隅のほうの目立たないところにあります。慰霊碑のほうが目立ってしまって、供養塔のほうは目立ちませんが、これはちょっとおかしい感じです。それに、慰霊碑にしても、供養塔にしても、生者が死者を慰霊し、供養するというのは、やはり生者の立場からの傲慢のような気がします。ヤスクニには、生者が死者の力を受けるというところがあります。死者が神となり、その力を借りて、生者の祈願を叶えることもできる、だから、お守りも売られています。死者にはその力があります。

 だけど、ヒロシマでは、死者は過去の存在で、慰霊され、供養されるだけです。そこでは、生者がどのように過去の記憶を語り伝えていくかということだけが問題にされています。また、「過ちは繰返しませぬから」に典型的に見られるように、これからの平和ということばかり強調され(「平和公園」とか、「平和記念資料館」とかいう名称自体そうですが)、過去の死者と向かい合うということがあまりに軽視されているように思います。でも、死者自身の力を借りなくて、生者だけで生きていくことができるでしょうか。平和を築くことができるでしょうか。そこに最大の問題があるように思うのです。そして、それはまさに戦後の平和運動の致命的な問題点であったように思います。

 人は生者だけでは生きられない。死者の助けを借りなければならない。少なくとも、ヤスクニはその原理に立っています。そして、保守反動派は、ある程度そのことに気づいていました。だけど、戦後の進歩派はそのことを忘れてしまった。その傲慢さが、彼らの運動を行き詰らせたのではないでしょうか。いまからでも遅くない。死者の声に耳を傾けることからはじめなければならないと思います。

 ヒロシマで、唯一死者と静かの声に耳を傾けられる場がありました。国立広島原爆死没者追悼平和記念館です。慰霊碑のすぐ近くにありますが、地味な感じで、うっかりすると見落とします。2002年にできたばかりの新しい施設です。ここには地下に下っていくゆるいスロープの通路があり、それは時計と逆回りになっていて、そのこと時間を遡ることを意味するそうです。その行き着いたところにある平和記念・死没者追悼空間は、何もない円形の空間で、壁面に死没者と同数(14万個)のタイルで、被爆後の町並みが描かれています。ここにじっと坐っているとき、ようやく過剰な語りから逃れて、自分の心で死者と向き合うことができるように思いました。

 この新しい施設が、それまでのヒロシマの施設や活動とどう結びつくのか、ちょっと訪れただけでは分かりません。いろいろ問題がありそうです。何より地味で、ほとんど人が入っていませんでした。

 でも、ここは無宗教でありながら、死者と向かい合い、死者の沈黙の声に耳を傾けられるという点で、画期的なものがあると思います。ここを原点とすれば、死者を強制的に安らかに眠らせてしまい、生者だけで騒がしく平和、平和と叫ぶのではなく、本当に死者と語り、死者の思いを受けて、もう一度平和を根底から考え直すことができるのではないでしょうか。そんな可能性を考えました。

2004.4.29

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