『こどものおもちゃ』は必読書

 『こどものおもちゃ』(読書ノート11月17日参照)の残りをやっとメイから借り出して、読み上げた。感動。おかげで昨夜は睡眠不足。

 手元に8巻から10巻しかないから、それ以前のところはうろ覚えだけれど、主要人物を紹介しておこう。

 主人公は倉田紗南。小学校のたしか5年くらいから中学1年くらいまでの話。母親は倉田実紗子、売れっ子の、ちょっと変な小説家。紗南も子供ながらタレント業でけっこう人気者。はきはき元気な女の子。とくれば、何だかしらけてしまいそうだけど、ところが、紗南にも暗い過去が……

 紗南はじつは実紗子の実の子ではなかった。捨て子で養護施設に入れられていたのが、実紗子に引き取られたのだった。実紗子はそのことを6歳のときに紗南に教えていた。実紗子はやがてそのことをエッセーに書いて世間に公表して、一騒動。それは、もしかしたら本当の親が名乗り出るのではないか、という実紗子の配慮だった。本当に実の母親が名乗り出て、彼女が14歳のとき生んだ子供で、育てられなくて捨てたと判明。一緒に暮らそうという実の母親に対して、紗南は自分の母親は実紗子だと断言して別れる。「でも、私を生んでくれたことを感謝している。そうでなければ、私は存在しなかったもの」という言葉を残して。

 悪ガキのボスだった羽山をこらしめようとしているうちに、紗南は次第に羽山に惹かれてゆく。そして、いくども繰り返された行き違いの末に、ふたりは互いに愛し合っていることに気づくようになる。このあたりは、少女漫画にはよくあるパターンだけれど、思春期の心の揺れと、だんだん大人になって愛を自覚していく過程が、とてもよく描かれている。

 ようやく素直に羽山への愛を自覚したばかりの紗南に新たな試練が……。羽山が父親の転勤でロスに行ってしまうというのだ。紗南は突然、表情を失うという心の病に。じつは小さなとき、実紗子の実の子でないと知ったときにも、短期間同じような症状が出たことがあったのだ。でも今度は重症。強がっていた紗南のストレスが病気という形で出たのだ。そして、羽山とカケオチ家出したホテルで、ようやく紗南は素直な自分を取り戻す。

 副主人公の羽山秋人は、彼を生んだときに母親が死に、父と姉との家庭で育つ。姉は、秋人が母を殺したのだと信じ、秋人をいじめとおす。仕事で忙しい父は、秋人に愛情をもちながらもそれがうまく表現できず、結果的に姉といっしょに秋人をいじめることになる。秋人はその中で次第に心を閉ざし、悪ガキのボスとして、暴力をふるい、学級崩壊をもたらす。そんな秋人をこらしめようと立ち上がった紗南と次第に心を通わすようになり、心を開いてゆく。父と姉のイジメも、悪意があったのではないということがわかり、ようやく家庭も円満に。しかし、中学に入って陰険な教師千石に目の敵にされていじめられ、そのことからふたたび昔のように次第に荒れてゆく。

 そんなとき、クラスメートの小森が突然、「羽山にいじめられたから自殺する」という書置きを残して失踪。樹海へと小森を追って行った秋人は、そこで小森に腕を刺されながらも救い出す。厳しい教育ママに育てられた小森は、親しい友人を持つことができず、ひそかに秋人にあこがれていたのだ。ところが、クラスのアンケートで、親友として秋人の名を書いてもいいかと聞かれたとき、秋人から、「本当の友人の名を書け」と拒否されたことから、今までの秋人への憧れが、憎しみに転じたのだ。秋人に救われ、小森はようやく母親に対して自分の意志を表明できるようになった。母親もまた、父親が交通刑務所に服役していることを子供に知らせまいとして、無理をしていたのだ。

 紗南とのつきあいに疑問を持つようになった秋人は、一時、紗南の友人風花と付き合うが、やがて本当に必要としているのは紗南だと気づく。小森に刺され、一時危篤にまでなった秋人は、ようやく紗南と素直に愛を認め合う。ところが、秋人の父は突然ロスに転勤することになり、どうしてもふたりの子供も連れて行くと言って、秋人を苦しませ、紗南を心の病気に追いやる。じつはケガの後遺症で不自由になった秋人の右腕を直そうと、父はロスの病院で手術を受けさせようとして、転勤を決意したのだった。

 それやこれやで、最後はハッピーエンド。

 いまどきの子供たちは本当に大変。大人の無理解、子供どうしのいじめや葛藤、思春期の男女の心のすれ違い――閉じこもったり、キレて暴力を振るいたくもなる。そんな子供たちの姿と成長が、等身大に子供たちの目から描かれているところに、このマンガのいちばんのよさがある。友人を刺して警察につかまったり、心の病で精神科の治療を受けたり、子供たちには過酷過ぎることだけれど、それも逃げずに正面から描かれている。あまり暗くならず、いつも前向きなのがいい。

 そして、何よりいいのは、大人もまた同じように悩み、苦しんでいるということにも、きちんと目を向けていること。子供に対する愛情が、どこかでその表現が狂ってしまったとき、愛情が逆に子供の憎悪を生む。子供たちに憎しみしか持たない教師千石のようなのもいるけれど。

 男性による女性の虐待は、女性が声を挙げることで、次第に状況は改善されつつある。もちろんまだまだ問題はあるけれど。だけど、大人の子供に対する虐待はもっと複雑だ。男女は完全に対等たりうるけれど、大人と子供の間には、どうしても対等になりきれないところがある。子供は大人に保護を求め、大人はまた、子供を保護する義務がある。昔の男女関係で、男は女に向かって黙ってついてこいと言い、女は黙ってついていくのが美徳とされた、それと同じような関係が、いまだに大人と子供の間にはある。しかも、子供はなかなか自分を自分で表現できるだけの言葉を身に付けていない。

 犯罪の低年齢化が言われ、とうとう少年法が改正されることになった。でも、犯罪が単に低年齢化しているだけじゃない。大人たちの社会の複雑な歪みがそのまま子供たちの世界にどんどん浸透し、子供たちもあまりに複雑すぎる重い荷物を背負って、屈折しながら生きていかなくてはならなくなったのだ。『野菊の墓』の時代の純愛の世界なんて夢みたいだ。

 ついでだけれど、メイのお薦めどおり、『りぼん』は快調みたいだ。もう連載は終わったけれど、単行本は未完結の『パートナー』というのは、生命倫理の問題を正面から扱って、生きている人間とは何か、と問い掛けて、なかなか哲学的だ。連載中の『GALS』は、渋谷で最強のコギャル寿蘭が、わけのわからないギャル語を連発しながら、元気がいい。ときどきメイから借り出して、読まなければ。

2000.11.27

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