26 十訓抄  係助詞

 成方といふ笛ふきありけり。御堂入道殿より、大丸といふ笛を給はりて吹きけり。めでたき物なれば、伏見修理大夫俊綱朝臣欲しがりて、「千石に買はむ」とありけるを、売らざりければ、たばかりて使ひをやりて、売るべきの由言ひけり。空言を言ひ付けて、成方を召して、「笛得させむと言ひける、本意なり」と悦びて、「価は請ふによるべし」とて、「ただ買ひに買はむ」と言ひければ、成方色を失ひて、「さる事申さず」と言ふ。この使ひを召し迎へて、尋ねらるるに、「正しく申し候ふ」と言ふほどに、俊綱大きに怒りて、「人を欺きすかすは、その咎軽からぬ事なり」とて、雑色所へ下して、木馬に乗せむとする間、成方曰はく、「身の暇を給はりて、この笛を持ちて参るべし」と言ひければ、人を付けて遣はす。帰り来て、腰より笛を抜き出でて言ふやう、「このゆゑにこそかかる目は見れ。情なき笛なり」とて、軒のもとに下りて、石を取りて、灰のごとくに打ち摧きつ。大夫、笛を取らむと思ふ心の深さにこそ、様々構へけれ。今は言ふかひなければ、戒しむるに及ばずして、追ひ放ちにけり。後に聞けば、あらぬ笛を大丸とて打ち摧きて、本の大丸はささいなく吹き行きければ、大夫のをこにてやみにけり。始めは、ゆゆしくはやりごちたりけれど、終に出だしぬかれにけり。

*御堂入道殿…藤原道長。晩年出家して法成寺を建てたのでこう称する。 *伏見修理大夫俊綱朝臣…関白藤原頼通の子。修理職の長官で、道長の孫にあたる。 *ただ買ひに買はむ…さあ買おう買おう。 *雑色所…蔵人所などに所属する、雑役に従事した無位の役人たちが控えているところ。 *木馬に乗せむ…拷問にかけよう。木馬は拷問の道具の一種。

口語訳
 成方という笛吹きがいたそうだ。御堂入道殿から、大丸という笛をいただいて吹い(てい)た。(その笛は)すばらしいものなので、伏見修理大夫俊綱朝臣が欲しがって、「大金で買おう」と言ったが、(成方が)売らなかったので、謀略をめぐらして使者をやって、(成方が)笛を売りましょうということを言った。(と、)うそを(言うように)言い付けて、成方をお呼びになって、「(おまえが私に)笛を譲ろうと言ったそうだがそれは、(私の)かねてからの望みである」と喜んで、「値段は(おまえの)要求するとおりにしよう」と言って、(成方の意に反し)「さあ買おう買おう」と言ったので、成方は顔色をなくして(=青ざめて)、「そんな事は申しません」と言う。(そこで大夫は)この使者をお呼びになって、お尋ねになると、(使者は)「(成方は)確かに申しました」と言うので、(大夫の)俊綱は大いに怒って、「人を欺きだますのは、その罪は軽くないことである」と言って、雑色の詰所へ下げて、拷問にかけようとする時、成方が言うには、「お暇をいただいて、この笛を持参いたしましょう」と言ったので、人を付けて(成方の家に)やった。帰って来て、腰から笛を抜き出して(成方が)言うには、「この(笛の)せいでこんな(ひどい)目に遭うのだ。迷惑な笛だ」と言って、軒下におりて、石を取って、(笛を)灰のように(粉々に)打ち砕いてしまった。大夫は、笛を取り上げようとする執念深さで、いろいろたくらんだ。(けれど)今となっては仕方がないので、(成方を)とがめることもせずに、解放してしまった。後で聞くと、(成方は)ほかの笛を大丸といって打ち砕いて、本物の大丸は支障なく吹いていたので、大夫の愚かしさということで済んでしまった。(俊綱は)初めは、ひどく勢いこんでいたが、最後には(成方に)出しぬかれてしまった。