| 謙譲語 | まかる | 退出する・参上する |
| もうず | 参上する | |
| たてまつる | 本動詞:(差し上げる・献上ずる)補助動詞:(・…申し上げる・お…する) | |
| 聞ゆ | ・・・申し上げる | |
| 尊敬語 | 給ふ | お〜になる・〜なさる |
| おぼす | お思いになる | |
| おはす・おはします | いらっしゃる | |
| のたまふ | おっしゃる | |
| 丁寧語 | 侍り | おります。です。ます。 |
※二方面の敬語は必ず謙譲語+尊敬語の順番。
※「給ふ」本動詞=「お与えになる」→敬語
補助動詞=動詞+尊敬の「給は」「給ひ」「給ふ」「給へ」・・・「お(動詞の意味)になる」
補助動詞=動詞(思ひ・見・聞き)+謙譲の「給へ」「給ふる」「給ふれ」・・・「お(動詞の意味)させていただく」
知ってると得する情報:「給へ」+「完了(存続)ら・り・る・れ」はサ未四已に接続→「給へ」は四段活用已然形(命令形)→尊敬語
石塚照美先生の「源氏物語について」 石塚照美先生のページ(若紫)
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若 紫
日もいと長きに、(光源氏ハ)つれづれなれば、夕暮れのいたう霞みたるにまぎれて、かの小柴垣のもとに立ち出で一たまふ。(光源氏ハ)人々は帰し二たまひて、惟光の朝臣とのぞき三たまへば、ただこの西面にしも、持仏すゑ四たてまつりておこなふ尼なりけり。簾少し上げて、花五たてまつるめり。中の柱によりゐて、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。四十余ばかりにて、いと白うあてに、やせたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりも、こよなう今めかしきものかなと、(光源氏ハ)あはれに見六たまふ。
清げなる大人二人ばかり、さては童べぞ、出で入り遊ぶ。中に、十ばかりにやあらむと見えて、白き衣、山吹などのなえたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひ先見えて、うつくしげなるかたちなり。髪は、扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔は、いと赤くすりなして立てり。 (尼君ガ女子〔=紫の上〕ニ)「何事ぞや。童べと腹立ち七たまへるか。」とて、尼君の見上げたるに、少しおぼえたるところあれば、子なめりと見八たまふ。(女子〔=紫の上〕ガ尼君ニ)「すずめの子を、犬君が逃がしつる。伏籠の内にこめたりつるものを。」とて、いとくちをしと思へり。
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このゐたる大人(紫の上ニ向カッテ)、「例の、心なしの、かかるわざをしてさいなまるるこそ、いと心づきなけれ。いづ方へか九まかりぬる。いとをかしう、やうやうなりつるものを。からすなどもこそ見つくれ。」とて、立ちて行く。髪ゆるるかにいと長く、めやすき人なめり。少納言の乳母とぞ人言ふめるは、この子の後見なるべし。
尼君(ガ紫の上ニ)、「いで、あなをさなや。言ふかひなうものし十たまふかな。おのが、かく今日明日におぼゆる命をば、何とも十一おぼしたらで、すずめ慕ひ十二たまふほどよ。罪得ることぞと、常に十三聞こゆるを、心憂く。」とて、「こちや。」と言へば、ついゐたり。つらつきいとらうたげにて、まゆのわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。(源氏ハ)[ねびゆかむさまゆかしき人かな]と、目とまり十四たまふ。さるは、(源氏ハ)[限りなう心を尽くし十五きこゆる人(=藤壺)に、(紫の上ガ)いとよう似十六たてまつれるが、まもらるるなりけり、]と思ふにも、涙ぞ落つる。
尼君、(紫の上ノ)髪をかきなでつつ、「けづることをうるさがり十七たまへど、をかしの御髪や。いとはかなうものし十八たまふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。故姫君は、十ばかりにて殿におくれ十九たまひしほど、いみじうものは思ひ知り二十たまへりしぞかし。
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ただ今、おのれ(ガ紫の上ヲ)見捨て二十一たてまつらば、いかで世に二十二おはせむとすらむ。」とて、いみじく泣くを(源氏ハ)見二十三たまふも、すずろに悲し。(紫の上ハ)をさな心地にも、さすがにうちまもりて、伏し目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。
(尼君ガ)生ひたたむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えむそらなき
またゐたる大人、「げに。」とうち泣きて、
はつ草の生ひゆく末も知らぬまにいかでか露の消えむとすらむ
と(尼君ニ)二十四きこゆるほどに、僧都あなたより来て(尼君ニ)、「こなたはあらはにや二十五はべらむ。今日しも、端に二十六おはしましけるかな。この上の聖の方に、源氏の中将の、わらはやみまじなひにものし二十七たまひけるを、ただ今なむ聞きつけ二十八はべる。いみじう忍び二十九たまひければ、知り三十はべらで、ここに三十一はべりながら、御とぶらひにも三十二まうでざりける。」と三十三のたまへば、(尼君ハ)「あないみじや。いとあやしきさまを、人や見つらむ。」とて、簾下ろしつ。(僧都ハ)「この世にののしり三十四たまふ光源氏、かかるついでに見三十五たてまつり三十六たまはむや。世を捨てたる法師の心地にも、いみじう世の憂へ忘れ、よはひのぶる人の御ありさまなり。いで、御消息三十七聞こえむ。」とて立つ音すれば、(源氏ハ)帰り三十八たまひぬ。
若 紫
光る源氏の十八歳春三月晦日から冬十月までの物語
[主要登場人物]
光る源氏<ひかるげんじ>
呼称---君・源氏の中将・光る源氏・源氏の君・中将の君・男君、十八歳 参議兼近衛中将
藤壺の宮<ふじつぼのみや>
呼称---宮・女宮、父桐壺帝の妃、光る源氏の継母
紫の上<むらさきのうえ>
呼称---若草・若君・初草・君、兵部卿宮の娘、藤壺宮の姪
尼君<あまぎみ>
呼称---尼・北の方・祖母上・故尼君、紫の上の祖母
僧都<そうず>
呼称---なにがし僧都・僧都、紫の上の祖母の兄
王命婦<おうみょうぶ>
呼称---命婦の君・命婦、藤壺宮の女房
左大臣<さだいじん>
呼称---大殿・大臣、源氏の岳父
葵の上<あおいのうえ>
呼称---女君、源氏の正妻
頭中将<とうのちゅうじょう>
呼称---頭中将、葵の上の兄
兵部卿宮<ひょうぶきょうのみや>
呼称---親王・宮・父宮、紫の上の父
惟光<これみつ>
呼称---惟光・大夫、源氏の乳母子
良清<よしきよ>
呼称---播磨守の子
第一章 紫上の物語 若紫の君登場、三月晦日から初夏四月までの物語
[第三段 源氏、若紫の君を発見す]現代語訳
人もいなくて、何もすることがないので、夕暮のたいそう霞わたっているのに紛れて、あの小柴垣の付近にお立ち出でになる。供人はお帰しになって、惟光朝臣とお覗きになると、ちょうどこの西面に、仏を安置申して勤行している、それは尼なのであった。簾を少し上げて、花を供えているようである。中の柱に寄り掛かって座って、脇息の上にお経を置いて、とても大儀そうに読経している尼君は、普通の人とは見えない。四十過ぎくらいで、とても色白で上品で、痩せてはいるが、頬はふっくらとして、目もとのぐあいや、髪がきれいに切り揃えられている端も、かえって長いのよりも、この上なく新鮮な感じだなあ、と感心して御覧になる。
小綺麗な女房二人ほど、他には童女が出たり入ったりして遊んでいる。その中に、十歳くらいかと見えて、白い袿の上に、山吹襲などの、糊気の落ちた表着を着て、駆けてきた女の子は、大勢見えた子供とは比べものにならず、たいそう将来性が見えて、かわいらしげな顔かたちである。髪は扇を広げたようにゆらゆらとして、顔はとても赤く手でこすって立っている。
「どうしたの。童女とけんかをなさったのですか」
と言って、尼君が見上げた顔に、少し似ているところがあるので、「その子どもなのだろう」と御覧になる。
「雀の子を、犬君が逃がしちゃったの。伏籠の中に、閉じ籠めておいたのに」
と言って、とても残念がっている。ここに座っていた女房が、
「いつもの、うっかり者が、このようなことをして、責められるとは、ほんと困ったことね。どこへ飛んで行ってしまいましたか。とてもかわいらしく、だんだんなってきましたものを。烏などが見つけたら大変だわ」
と言って、立って行く。髪はゆったりととても長く、見苦しくない女のようである。少納言の乳母と皆が呼んでいるらしい人は、この子のご後見役なのだろう。
尼君が、
「何とまあ、幼いことよ。聞き分けもなくいらっしゃることね。わたしが、このように、今日明日にも思われる寿命を、何ともお考えにならず、雀を追いかけていらっしゃることよ。罪を得ることですよと、いつも申し上げていますのに、情けなく」と言って、「こちらへ、いらっしゃい」と言うと、ちょこんと座った。
顔つきがとてもかわいらしげで、眉のあたりがほんのりとして、子供っぽく掻き上げた額つきや、髪の生え際は、大変にかわいらしい。「成長して行くさまが楽しみな人だなあ」と、お目がとまりなさる。それと言うのも、「限りなく心を尽くし申し上げている方に、とてもよく似ているので、目が引きつけられるのだ」と、思うにつけても涙が落ちる。
尼君が、髪をかき撫でながら、
「梳くことをお嫌がりになるが、美しい御髪ですね。とても子供っぽくいらっしゃることが、かわいそうで心配です。これくらいの年になれば、とてもこんなでない人もありますものを。亡くなった母君は、十歳程で父殿に先立たれなさった時、たいそう物事の意味は弁えていらっしゃいましたよ。この今、わたしがお残し申して逝ってしまったら、どのように過ごして行かれるおつもりなのでしょう」
と言って、たいそう泣くのを御覧になると、何とも言えず悲しい。子供心にも、やはりじっと見つめて、伏し目になってうつむいているところに、こぼれかかった髪が、つやつやとして素晴らしく見える。
「これからどこでどう育って行くのかも分からない若草のようなあなたを
残してゆく露のようにはかないわたしは死ぬに死ねない思いです」
もう一人の座っている女房が、「本当に」と、涙ぐんで、
「初草のように若い姫君のご成長も御覧にならないうちに
どうして尼君様は先立たれるようなことをお考えになるのでしょう」
と申し上げているところに、僧都が、あちらから来て、
「ここは人目につくのではないでしょうか。今日に限って、端近にいらっしゃいますね。この上の聖の坊に、源氏中将が瘧病のまじないにいらっしゃったのを、たった今、聞きつけました。ひどくお忍びでいらっしゃったので、知りませんで、ここにおりながら、お見舞いにも上がりませんでした」とおっしゃると、
「まあ大変。とても見苦しい様子を、誰か見たでしょうかしら」と言って、簾を下ろしてしまった。
「世間で、大評判でいらっしゃる光源氏を、この機会に拝見なさいませんか。俗世を捨てた法師の気持ちにも、たいそう世俗の憂えを忘れ、寿命が延びるご様子の方です。どれ、ご挨拶を申し上げよう」
と言って、立ち上がる音がするので、お帰りになった。
[第三段 源氏、若紫の君を発見す]本文
人なくて、つれづれなれば、夕暮のいたう霞みたるに紛れて、かの小柴垣のほどに立ち出でたまふ。人びとは帰したまひて、惟光朝臣と覗きたまへば、ただこの西面にしも、仏据ゑたてまつりて行ふ、尼なりけり。簾すこし上げて、花たてまつるめり。中の柱に寄りゐて、脇息の上に経を置きて、いとなやましげに読みゐたる尼君、ただ人と見えず。四十余ばかりにて、いと白うあてに、痩せたれど、つらつきふくらかに、まみのほど、髪のうつくしげにそがれたる末も、なかなか長きよりもこよなう今めかしきものかなと、あはれに見たまふ。
清げなる大人二人ばかり、さては童女ぞ出で入り遊ぶ。中に十ばかりやあらむと見えて、白き衣、山吹などの萎えたる着て、走り来たる女子、あまた見えつる子どもに似るべうもあらず、いみじく生ひさき見えて、うつくしげなる容貌なり。髪は扇を広げたるやうにゆらゆらとして、顔はいと赤くすりなして立てり。
「何ごとぞや。童女と腹立ちたまへるか」
とて、尼君の見上げたるに、すこしおぼえたるところあれば、「子なめり」と見たまふ。
「雀の子を犬君が逃がしつる。伏籠のうちに籠めたりつるものを」
とて、いと口惜しと思へり。このゐたる大人、
「例の、心なしの、かかるわざをして、さいなまるるこそ、いと心づきなけれ。いづ方へかまかりぬる。いとをかしう、やうやうなりつるものを。烏などもこそ見つくれ」
とて、立ちて行く。髪ゆるるかにいと長く、めやすき人なめり。少納言の乳母とこそ人言ふめるは、この子の後見なるべし。
尼君、
「いで、あな幼や。言ふかひなうものしたまふかな。おのが、かく、今日明日におぼゆる命をば、何とも思したらで、雀慕ひたまふほどよ。罪得ることぞと、常に聞こゆるを、心憂く」とて、「こちや」と言へば、ついゐたり。
つらつきいとらうたげにて、眉のわたりうちけぶり、いはけなくかいやりたる額つき、髪ざし、いみじううつくし。「ねびゆかむさまゆかしき人かな」と、目とまりたまふ。さるは、「限りなう心を尽くしきこゆる人に、いとよう似たてまつれるが、まもらるるなりけり」と、思ふにも涙ぞ落つる。
尼君、髪をかき撫でつつ、
「梳ることをうるさがりたまへど、をかしの御髪や。いとはかなうものしたまふこそ、あはれにうしろめたけれ。かばかりになれば、いとかからぬ人もあるものを。故姫君は、十ばかりにて殿に後れたまひしほど、いみじうものは思ひ知りたまへりしぞかし。ただ今、おのれ見捨てたてまつらば、いかで世におはせむとすらむ」
とて、いみじく泣くを見たまふも、すずろに悲し。幼心地にも、さすがにうちまもりて、伏目になりてうつぶしたるに、こぼれかかりたる髪、つやつやとめでたう見ゆ。
「生ひ立たむありかも知らぬ若草を
おくらす露ぞ消えむそらなき」
またゐたる大人、「げに」と、うち泣きて、
「初草の生ひ行く末も知らぬまに
いかでか露の消えむとすらむ」
と聞こゆるほどに、僧都、あなたより来て、
「こなたはあらはにやはべらむ。今日しも、端におはしましけるかな。この上の聖の方に、源氏の中将の瘧病まじなひにものしたまひけるを、ただ今なむ、聞きつけはべる。いみじう忍びたまひければ、知りはべらで、ここにはべりながら、御とぶらひにもまでざりける」とのたまへば、
「あないみじや。いとあやしきさまを、人や見つらむ」とて、簾下ろしつ。
「この世に、ののしりたまふ光る源氏、かかるついでに見たてまつりたまはむや。世を捨てたる法師の心地にも、いみじう世の憂へ忘れ、齢延ぶる人の御ありさまなり。いで、御消息聞こえむ」
とて、立つ音すれば、帰りたまひぬ。
校訂16 あらむと--あらむ(む/+と<朱>)(戻)
校訂17 髪ゆるるかに--かみの(の/$ゆ)るゝかに(戻)
校訂18 まもらるる--*まもらる戻る
[底本]
財団法人古代学協会・古代学研究所編 角田文衛・室伏信助監修『大島本 源氏物語』第一巻 一九九六年 角川書店
[本文について]
本文は、定家本系統の最善本の大島本である。特に最終丁の五十九丁表の一面は藤原俊成の筆跡に似た字体である。藤本孝一氏は、藤原定家自筆本「土左日記」の帖末に定家が紀貫之自筆本「土左日記」の書体を臨模している例を根拠に、この定家本「若紫」帖末の一面も親本の書体を臨模したのではないかと見ておられる。そうすると、この大島本「若紫」は俊成本「源氏物語 若紫」帖を親本にしたものかとなる。また墨筆及び朱筆によって訂正跡を数多く残している。当帖の大島本は、奥入は有するが、付箋は伴わない。引き歌の存する箇所には朱合点を打って、行間に朱筆で書き入れている。
[第三段 源氏、若紫の君を発見す]注
【人なくて】−大島本と伏見天皇本は「人なくて」とある。他の青表紙本諸本は「日もいとなかきに」とある。『評釈』『集成』『古典セレクション』等は「日もいと長きに」と本文を改める。『新大系』は「人なくて」のまま、「相手になる人もなくて」と注す。
【かの小柴垣のほどに】−前に「同じ小柴なれどうるはしくし渡して」とあったのをさす。
【人びとは帰したまひて】−供人を京に帰す。
【惟光朝臣と】−榊原家本、池田本、三条西家本は「これみつはかり御ともにて」とある。河内本も「惟光はかり御ともにて」とある。源氏の乳母子。「夕顔」巻に初出。
【ただこの西面にしも】−以下、源氏の目を通して語られる叙述。
【仏据ゑたてまつりて行ふ尼なりけり】−「行ふ」連体形は、間合いを置いて下文に続く。それは、--なのであったという構文。断定の助動詞「なり」連用形、過去の助動詞「けり」終止形、詠嘆の意。源氏の目を通して語られた描写。驚きの気持ち。敬語が省略され臨場感がある。『首書源氏物語』所引或抄は「地よりことはりたる也」と注す。『完訳』は「源氏の視覚にもとづく推量。「けり」「めり」「見えず」は源氏の視線にそう表現。「あはれに見たまふ」などは語り手を通した表現。両様の視点の重層によって、かいま見の奥行が深められる」と注す。
【花たてまつるめり】−推量の助動詞「めり」終止形、視界内推量。源氏の主観的推量のニュアンス。
【とあはれに見たまふ】−源氏の視点から語り手の視点に戻る。
【清げなる大人】−以下、再び源氏の目を通して語られる描写。
【さては童女ぞ出で入り遊ぶ】−接続詞「さては」そして、その他には。係助詞「ぞ」「遊ぶ」連体形、係結びの法則。
【中に十ばかりやあらむと見えて】−後の紫の上の初登場。
【萎えたる】−『集成』は「なれたる」と本文を改め「糊気の落ちた表着を着て。ふだん着の感じである」と注し、『完訳』は「萎えたる」とし「「萎ゆ」は糊気が落ちる意」と注す。
【何ごとぞや】−以下「腹立ちたまへるか」まで、尼君の詞。
【とて尼君の見上げたるに】−尼君が紫の君を見上げる。紫の君は立っているので、座っている尼君よりも背が高い。格助詞「に」対象を示す。見上げた顔に、少女の顔が少し似ている、という文意。
【子なめり】−「なめり」は断定の助動詞「なる」連体形「る」が撥音便化しさらに無表記+推量の助動詞「めり」終止形、主観的推量を表す。源氏の推測である。
【雀の子を】−以下「籠めたりつるものを」まで、紫の君の詞。
【犬君が逃がしつる】−童女の名。完了の助動詞「つる」連体形、連体中止法。余意余情表現。
【籠めたりつるものを】−完了の助動詞「たり」連用形、存続の意+完了の助動詞「つる」連体形、完了の意+終助詞「ものを」。ずっと閉じ籠めておいたのになあ、の意。
【このゐたる大人】−少納言の乳母。後から名が明かされる。
【例の心なしの】−以下「見つくれ」まで、少納言乳母の詞。格助詞「の」主格を表す。
【さいなまるるこそいと心づきなけれ】−受身の助動詞「るる」連体形。係助詞「こそ」「心づきなけれ」已然形、係結びの法則。
【いづ方へかまかりぬる】−係助詞「か」疑問、完了の助動詞「ぬる」連体形、係結びの法則。
【いとをかしうやうやうなりつるものを】−「やうやういとをかしうなりつるものを」という文を「いとをかしう」を強調した倒置表現。完了の助動詞「つる」連体形、完了の意+終助詞「ものを」。
【烏などもこそ見つくれ】−係助詞「も」+係助詞「こそ」--カ下二「見つくれ」已然形、危惧の念を表す。烏などが見つけたら大変だ。
【めやすき人なめり】−源氏の視覚を通じて語る描写。「なめり」は断定の助動詞「なる」連体形の「る」が撥音便化しさらに無表記の形+推量の助動詞「めり」主観的推量を表す。
【少納言の乳母とこそ人言ふめるはこの子の後見なるべし】−源氏の推量。物語には語られていないが、周囲の人たちがこの人を少納言の乳母と呼んでいるのを源氏は耳にしていて、今眼前の人をその人かと判断した。係助詞「こそ」は結びの流れ。断定の助動詞「なる」連体形+推量の助動詞「べし」終止形は、源氏の推測。なお大島本のみ「とこそ」とある。『集成』『古典セレクション』共に諸本に従って「とぞ」と本文を改める。
【いであな幼や】−以下「心憂く」まで、尼君の詞。感動詞「いで」何とまあ。形容詞「幼し」の語幹+間投助詞「や」詠嘆の意。
【おのがかく】−『新大系』は「重々しい尼君らしい言い方。夕顔巻に出てきた物の怪が「おのがいとめでたしと見たてまつるをば尋ね思ほさで」と言うのと似るところがある言いざまである」と注す。
【罪得ることぞと】−生き物を捕えることは仏教の教えからは罪に当る。
【常に聞こゆるを心憂く】−接続助詞「を」逆接で続ける。--なのに、残念なことです。
【こちや】−尼君の詞。間投助詞「や」詠嘆。
【ついゐたり】−主語は紫の君。完了の助動詞「たり」終止形。膝をついて座った、の意。
【眉のわたりうちけぶり】−成人女性の引き眉ではなくまだ剃り落してない眉毛の様。
【ねびゆかむさまゆかしき人かな】−源氏の感想。
【さるは】−接続詞「さるは」下の文や句が補足的説明をする。それと言うのも。語り手の、その実は、という文脈。少女の将来像を想像すると、それが自然と藤壺の姿に重なってくるという意識の流れ。地の文からスライドして源氏の心内に立ち入った語り口。
【限りなう心を尽くしきこゆる人に】−藤壺をさす。以下、源氏の心内。
【まもらるる】−大島本のみ「まもらる」とある。断定の助動詞「なり」連用形が下接するので、「まもらるる」と連体形に本文を改める。ラ四「まもら」未然形+自発の助動詞「るる」連体形。過去の助動詞「けり」終止形、詠嘆の意。自らそうだったからなのだなあと気づくニュアンス。
【思ふにも涙ぞ落つる】−係助詞「も」強調のニュアンス。係助詞「ぞ」--タ上二「落つる」連体形、係結びの法則。強調のニュアンス。
【梳ることをうるさがりたまへど】−以下「おはせむとすらむ」まで、尼君の詞。
【故姫君は】−自分の娘でありまた幼い紫の君の母君をさしていう。当時は自分の娘に対しても「君」「たまふ」などと敬語を使う。
【十ばかりにて】−榊原家本、肖柏本、三条西家本と書陵部本は「十二にて」とある。池田本は「十二(二、ミセケチ、はかりト訂正)にて」とある。御物本と横山本が大島本と同文。河内本も「とをはかりにて」とある。
【殿に後れたまひしほど】−尼君の夫。故姫君の父親。紫の君の祖父。
【おのれ見捨てたてまつらば】−謙譲の補助動詞「たてまつら」未然形+接続助詞「ば」仮定条件を表す。
【いかで世におはせむとすらむ】−サ変「おはせ」未然形+推量の助動詞「む」終止形、意志の意。サ変「す」終止形+推量の助動詞「らむ」連体形、視界外推量を表す。
【見たまふもすずろに悲し】−視点が源氏に戻り、源氏の心内を語る。
【うつぶしたるにこぼれかかりたる髪】−完了の助動詞「たる」連体形+格助詞「に」場所を表す。
【生ひ立たむありかも知らぬ若草をおくらす露ぞ消えむそらなき】−尼君の歌。「若草」は少女を、「露」は自分をそれぞれ喩える。それぞれ歌語。「若草」には「若草の新手枕をまきそめて夜をや隔てむ憎くあらなくに」(万葉集巻十)「うら若みねよげに見ゆる若草を人の結ばむことをしぞ思ふ」(伊勢物語・四十九段)等の若い女性、乙女のイメージがある。「露」には「濡れてほす山路の菊の露の間にいつか千歳を我は経にけむ」(古今集秋下・素性法師)「侘びわたる我が身は露と同じくは君が垣根の草に消えなむ」(後撰集恋一)等のはかない寿命というイメージがある。また「草」と「露」と「おく」は縁語。少女の将来が不安で死ぬに死ねないの意。
【初草の生ひ行く末も知らぬまにいかでか露の消えむとすらむ】−女房の返歌。「若草」を「初草」と変え、「生ふ」「露」「消ゆ」の語を受けて応じる。「初草」は姫君を、「露」は尼君を喩える。ともに歌語。「初草のなどめづらしき言の葉ぞうらなく物を思ひけるかな」(伊勢物語・四十九段)、若い女性の意。連語「いかでか」(副詞「いかで」+係助詞「か」)--サ変「す」終止形+推量の助動詞「らむ」連体形、原因推量の意。反語表現。長生きあそばしませ、の意。
【こなたはあらはにやはべらむ】−以下「までざりける」まで、僧都の詞。係助詞「や」、丁寧の補助動詞「はべら」未然形、推量の助動詞「む」連体形、係結びの法則。
【源氏の中将の】−僧都は「源氏の中将」「光る源氏」と呼称する。
【ただ今なむ聞きつけはべる】−係助詞「なむ」、丁寧の補助動詞「はべる」連体形、係結びの法則。
【までざりける】−「まで」はダ下二「まうで」未然形の縮。他の青表紙諸本は「まうて」とある。
【あないみじや】−以下「人や見つらむ」まで、尼君の詞。
【人や見つらむ】−係助詞「や」疑問、マ上一「見」連用形、完了の助動詞「つ」終止形、推量の助動詞「らむ」連体形、視界外推量。係結びの法則。
【この世に】−以下「聞こえむ」まで、僧都の詞。
【見たてまつりたまはむや】−謙譲の補助動詞「たてまつり」連用形、源氏に対する敬語表現。尊敬の補助動詞「たまは」未然形、尼君に対する敬語表現。推量の助動詞「む」終止形、勧誘の意。終助詞「や」疑問。拝見なさいませんかの意。
【世の憂へ忘れ齢延ぶる人】−源氏のすぐれた魅力の一つ。その姿を拝見すると、世の物思いは消え寿命も延びる気持ちになる。あたかも仏様のような人柄。
【とて立つ音すれば帰りたまひぬ】−僧都の立ち上がる音がするので、源氏は庵室にお戻りになった、の意。