☆こころ優しき者へ捧げる (2006.09.22)
「耳をすませば」は以前、テレビで放映されているのを観た。
世間では、同じジブリ作品でも、そんなに評判ではないよう
だったが、私には(この時初めてだったが)何で今まで、こ
んなにいい「映画」に出会わなかったんだろうという、悔い
も似た思いと、逆に、出会った偶然に感謝するとともに、そ
の悦びに充たされた記憶がある。
それからずいぶん経って、これも偶然に朝日新聞「be」版
8/26(土)に「懸命な生への応援歌」として紹介されて
いた「耳をすませば」の評論?を目にした。気になって記事
を切り抜いて取っておいた。
そしてつい最近、DVDで「耳をすませば」を購入して、観
た。
私が一番大切な「こころ優しき者」を喪って、「生きる」こ
とへの意欲が弱くなり、空ろな自分を見つめていた頃だった。
そんな時に、「耳をすませば」はまさに「懸命な生への」応
援歌だった。
天沢聖司や月島雫は、まさに「こころ優しき者」の分身であ
り、また彼らのように懸命に生きられなかった私の裏返しで
もあった。後悔や懺悔が私を覆った。
「こころ優しき者」が愛した、ラフマニノフのピアノ協奏曲
第3番を聴きながら、彼らのように「彼」を見守ってあげら
れなかった自分を情けなく思う。
ただただ、「赦してくれ!」と祈るばかりである。
私は死ぬまで、2006.7.12(水)を引きずって生き
ます。
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