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近 況 メ モ 2007.Apr.〜Jun.
2007/06/30/sab.
岡山駅構内は今晩の線路切替えのためにものものしい雰囲気でした。改良工事の最大の目玉である上り本線の移設が行われます。これは「栄光の上り本線」として紹介済みのとおりです。(→226.岡山駅の改良工事)。またスケッチして紹介します。
2007/06/29/ven.
鉄道雑誌に初めて投稿したのは1956年のことで、鉄道ピクトリアル8月号に瀬野機関区の紹介をしています。。その話から、じゃあ文筆活動50周年のお祝いをやろうという声がかかりました。焼肉など食べるとリバウンドにまことに良くないのは明白なのですが・・・。
2007/06/28/jau.
06/12に記した街路樹は丸刈りにされて、根を掘る作業が始まっています。聞くところでは30本あまりの楠はすべて引取り先が決まり、伐採を免れたのは嬉しいことです。その第一号が市内の保育所に移植されました。
2007/06/27/mer.
昨日から平常の食事に戻ったのにリバウンドはありません。平常といっても量は以前の半分くらい。もう少し様子を見ながら食べます。
炭水化物の効果は大きく1日で脱力感が消えました。気力も復活して、一つの用事を今度立ち上がったときにしよう、などと考えなくなりました。
行きつけの喫茶店の奥さんが、まあ元気になって安心した、と告白してくれました。いままでガックリとした様子に声をかけそびれていたそうです。みんなそういう感じで見ていたのだろうか。
親友の一人から、近況メモの文体が、ました、です、の連続で、小学生の作文だという好意的なアドバイスが届きました。読み返すとたしかにその通りですね。でも感じたことをそのまま飾らずに書いています。
2007/06/26/mar.
ダイエットを終わりました。60日間での減量は11.7kgで肥満指数は24.4になりました。2kg戻れば肥満度1になりますので、今日から背水の陣でリバウンドと戦います。
炊き立ての御飯と味噌汁、待ち焦がれた朝食ですが、それほどの感激はありませんでした。食欲が湧かないのが不思議です。減食に慣れてしまっているのでしょう。
しばらくして、消化器が重労働に悲鳴を上げている様子に気付きました。少し食べただけなのに、人間の身体は不要の労働をしないように訓練されるようです。
2007/06/24/dim.
岡山駅でN700系の試運転に出会いました。スマートになってと表現したいのですが、小さい窓、正面の顔の折目、スカートまでのカバー、外ほろと揃うと、重武装の騎士、というイメージが湧きました。
発車のとき、加速に驚きました。データには2.5km/h/sとありますが、これは115系などの加速に匹敵します。最後部がホームを外れるとき、窓からのぞいていた車掌が帽子を強く押さえていました。目測では80km/h。
2007/06/22/ven.
肥満指数が24.4となりました。もう目的を達成したので気分はゆったりです。減量開始から2ヶ月の6/25までの実績作りのために、あと3日の辛抱です。2ヶ月にこだわる理由は、2ヶ月未満では端数を切捨てて、1ヶ月で投げ出したと表現されるのがイヤだからです。
明後日はビヤガーデンに付き合う用事があります。誘惑に耐えられるか?
2007/06/20/mer.
減量が進まなくなりました。摂取カロリーは変わらず生活内容も同じなのに、ヘルスメーターが変化を拒否しています。身体が自衛本能を発揮しているように思えます。ともかく予定通りあと4日で減量食をやめます。白いメシを食べられます。
しかし、何処からエネルギーを得ているのでしょう。それとも生存の最後の手段として、同じ仕事をするのに少ないカロリーで済ますウルトラCがあるのでしょうか。
現在、肥満指数は24.6。
2007/06/19/mar.
先輩の告別式に参列してきました。84歳ですから大先輩で、つい先日までお元気でしたのに、と隣席のご婦人から聞きました。退職後は植木剪定の講師として人気者だったそうで、女性の生徒が多かったのですよ、とも。
長くはない時間なのに、お尻が痛くてモソモゾとしていました。安物の椅子のせいかと思ったら座面は軟らかいパイプ椅子です。
帰ってからカミさんが言いました。痩せたからクッションが悪くなったんでしょう。みんなこういう思いで我慢しているのだと。
うーん、反論に窮しました。本当にいままで楽をしていたのでしょうか。
2007/06/18/lun.
減量が11kgを超えました。そろそろ減量疲れの蓄積を自覚するようになったので、ちょうど2ヶ月になる6/25で減量食を打ち止めとします。2kgのリバウンドを見込んでも9kgの減量に成功したことになります。
お祝いをしようという声がかかりました。脂身のうまい焼肉屋がある、と。持つべきものは悪友です。
2007/06/17/dim.
腕時計のベルトが緩くなって少し絞りました。腕が細くなって、蒸機機関助士としてショべルを握って右手握力が80kgを超えた時代の面影はなくなりました。でも腕の誇りは残っています。
靴はまだ気付くほど空いて来ません。
2007/06/16/sab.
36インチのGパンにベルトが必要になりました。無いとボトムで支えられず、ずり落ちてしまいます。今まで想像もつかなかった変化で、うれしい日々が続いています。
今度は34インチを試着して見ることにします。
2007/06/15/ven.
きのうの続き。岡山駅の改良のうち、配線変更は改良ではなく新設といってよいほどスッキリしました。ゴチャゴチャしていた在来配線を、使用継続しながらまとめた点は高く評価します。
特に回数の多い岡山以西の列車の折り返しとして上り方に引上げ線を4線ほど確保したのは見事です。全列車がホーム折り返しでなく順方向のホームを使用できます。
2007/06/14/jau.
岡山へ出かけたところ、久しぶりに会った後輩から“年寄りくさくなった”と苦言をもらいました。理由は肩が落ちて猫背になっていると。スマートになったことは無視するのかと訊ねたら、それは認めるが遠くから見た第一印象はこれだと譲りません。
たしかに盲点だった。身軽になったことを喜んで動き回っていましたが、空腹による全身の脱力感は承知しており、見破られないよう留意していたつもりです。それがあっさりと看破されて、その理由がまたダブルパンチとなりました。
今日からは、より意識して背筋を伸ばし、上を向いて颯爽と歩くことにします。アゴがシャープになっても、肩が落ちては総合評価としてマイナスですから。
2007/06/12/mar.
福山市の繁華街のひとつ、宮通りの街路樹が取り除かれることになりました。道幅は12mですが、車道はやっと2車線で歩道を広く取り、街路樹として楠が植えられていました。 問題は楠が大木となることで、40年を越した木は緑のトンネルとなりましたが、両側の建物は窓際まで枝が押し寄せ、市の担当は苦情と手入れで大変だったそうです。
その結果として、新しい街路樹を植え代えることになりました。都心にある緑の通りが消えるのは残念ですが、次の樹々が育つのを楽しみに待つことにしましょう。
なお惜しむ声が多いことから伐採せずに公園などに移植する予定です。希望者には無料で進呈することになり、希望地まで運んで植えてくれるそうです。1本欲しいけれど、6年前に桜を植えたことだし見送ることにします。
この通りは高校生のときいつも寄り道した書店があり、ファッション関係の店も並んで、文化の香りあふれるイメージの通りでした。
2007/06/11/lun.
06/07に記したBMI(肥満指数、体重/身長二乗)が25を割りました。分類として、25未満が普通、25〜30が肥満度1、としてあります。これで肥満体をやっと脱出して普通体の仲間入りをしました。4/26に節食を開始してから47日目、ちょうど10kg減量です。
過去の記録から計算すると、29歳のときは22.7でピッタリの標準体、25を超えたのが1990年です。それから28まで順調?に増加し、このたび自爆減食で17歳ほど若返ったものです。
2007/06/10/dim.
町内3000世帯の鎮守社である神社でのこと。手水鉢は長辺1.5mの自然石ですが、裏面に6名の奉納者が刻んであり、そのうちに祖父の名を見つけました。日付は昭和7年(1932)とあります。今までどうして気付かなかったのか不思議です。現在は6名の孫と曾孫が町内の中堅を担う年代となりました。
2007/06/08/ven.
会合に出て議事のあと懇親会になりました。ダイエットは1時間ほど休むことにします。終わってからマイクロバスで駅まで送られると、このまま赤い顔で白昼の街を歩けないことに気付き、入場券を求めて新幹線のホームで酔いを覚ますことにしました。
上りホームは人が絶えませんが、下りホームは降車客が主のためベンチが十分空いていて、入場限度2時間の直前まで行き交う電車を観察して楽しみました。
平日の昼間とあれば、乗客の2/3はビジネスマンと思えます。輸送の主力は東京行の“のぞみ”で、“レールスター”はやや淋しく、“こだま”はがら空きです。
こだまは短編成で停止位置が手前のため、進入速度が低くなります。何本か見ているうちに低すぎるのが気に掛かりました。推定するに、停止位置の誤り事故を防止するために制限しているのかとも思えます。
山陽新幹線の編成両数は、16両(のぞみ)、8両(レールスター)、6両(こだま)、4両(こだま)の4種類ですが、短編成の位置誤りがときどきあると報道されています。それを防止するための対策ならうなづけますが、そこまで人間不信になるとはさびしい話です。速度を落としても誤差が少なくなるだけで、勘違いの発生を減らせるとは思えません。
この間に観察できたのは、500系のぞみ、700系のぞみ、700系レールスター、100系こだま、0系こだま、300系の回送、でした。
レールスターとこだまの4列シートを見ていると、のぞみの5列シートはぎゅうぎゅう詰めの印象があります。稼ぎ頭の東海道新幹線はいつまで5列シートに拘るのでしょうか。また、朝のこだまは通勤通学列車となりつつありますが、通勤通学定期の客がのぞみより安く4列シートに座れるのは大きな矛盾です。
みなさま、一度でよいから“山陽こだま”に乗って下さい、よく空いた自由席で4列シートの旅はまさに快適です。0系の大窓に当たれば展望の楽しみも増えます。
福山駅の上り方はS曲線となっていて、下りホームにいると列車を真正面から見ることができます。左に大きく傾いて姿を現した下り“のぞみ”は、曲線の終りでグイッと起き上がり、一瞬こちらを正視したあと右肩を優雅なしぐさで落とし、目の前を300km/hで駆け抜けて行きます。バレりーナのダイナミックな舞を思い浮かべていました。
2007/06/07/jau.
ダイエットの報告。肥満度を表わすBMI(肥満指数)は「体重/身長の2乗」で、22が標準とされています。ただし日本人の体格では23だという説明も見ました。
事前の体重では28を越えていました。完全な肥満体です。現在は25.1になり、肥満の境界とされる26(06/11で25に訂正)をやっとクリアしたので、あと2kg減量を達成したら打ち止めとします。この2kgはリバウンド余裕で、今までの途中経過から、止めたときに2kgkのリバウンドは避けられないと悟ったからです。
あとはリバウンド防止の地獄が待っていると皆が脅かします。減量は脂肪と筋肉が落ちてリバウンドは脂肪だけが増えるとか、絶対に負けるわけにはゆきません。
2007/06/05/mar.
小学校の総合授業に駆り出されました。今度は5年生で、郷土の歴史という担当は同じです。教室ではなく実地見聞のため町内
を歩き回ります。
80人が寺院・神社・橋の3班に分かれて、私は橋の担当になりました。膝を痛めているので幹事が坂道を避けてくれたものです。
干拓地へ行くため、入江に1860年代に架けられた橋をはじめ、町内の橋を巡りました。その中に鞆鉄道の鉄橋の橋台があり、その頑丈な造りについて、軽便鉄道でも機関車の重さは10トンもありましたと説明しました。
その干拓地は区画整理で宅地となり、日ごとに住宅が増えて行きます。その中の水路がかつて交通の障害であったとは3年生には信じられないようです。下を船が通れるように橋が高いでしょう、というと納得してくれました。
久しぶりに子供相手にしゃべって若返りました。話に興味があるか、理解しているか、正直な年頃ですから顔を見ていれば余分の気遣いは不要です。
2007/06/04/lun.
献血に行ってきました。今年2回目です。400gほど体重も軽くなったはず。ダイエットの最中なので少しためらいましたが、検査も兼ねて献血ルーム“ばら”に乗り込みました。ばらの名はもちろん福山市の市花からです。
血圧の高が112でダイエット前の130より低めです。ダイエットによる栄養不足でしょうか。採血中に担当ナースから、走行記を読みましたよ、と聞かされて、読んで下さる方は神様ですと返しておきました。本人よりご主人が夢中とのことで、子供が手に取るのは10年先ですね、と。家庭円満に寄与できればうれしいのですが・・・。
彼女と鉄道の話を始めたきっかけは、2年前の採血中に尼崎事故のテレビ速報が流れたことによります。
献血の定年は70歳。あとしばらく協力できます。
2007/06/03/dim.
入浴のとき湯量を調整しておき、浴槽に浸かると湯船いっぱいになって文字通りあふれる寸前の状態を楽しんでいます。
慣れれはピッタリと水位が決まって、表面張力を観察するのですが、最近カンが鈍ったのか水位が狂うことが多くなりました。原因をよく考えたら、8kgの減量は身体の体積も8リットル減少していることに気付きました。だから湯量も8リットル増やさないと水位が合致しないわけです。
嬉しくなって、不足する水位を眺めながらつい長湯をしました。アルキメデスもこういう状況で大発見をしたのでしょうか。
2007/05/31/jau.
5時前に明るくなりました。天気は上々。朝食にビールが並びましたが、今日は車に乗るので夕方までお預けです。
朝食後に民宿のベランダで記念写真。

走島の民宿のテラスにて かなり風が吹いていました
隣の髪を見ると私は防風壁としても失格です
工 事 中
2007/05/30/mer.
小学校の同窓会の幹事を務めました。同学年68名の集まりです。田舎の学校で、校長が全員の顔と名前はもちろん、保護者ほとんどを知っているという家族的な雰囲気でした。
きょうの参加者は予想より少なくて16名。幹事も楽しめる会にしようと手を抜いたせいもありますが、欠席理由に介護のためというのが少なくなく、高齢化社会の厳しさを実感しました。
幹事4名のうち一人から要請がありました。女子だけ早めに集まって昼食会をしたい、福山駅から集合場所の鞆港まで車を出して欲しいと。借りも義理もないけれど女性の依頼を断るのは苦手です。男子幹事二人が遠来者を駅まで出迎えをすることになりました。
駅前で到着の4名を待ちます。順次集まり、最後の一人が着いてただちに鞆の浦に向かいました。雨脚が繁くなり、ワイパーが休むときがありません。幹事の日ごろの行いがわかるとこき下ろされました。また若き日の下着泥棒の被害談義が盛り上がり、黒一点としては運転に専念するしかありません。
予約のレストランに車を預け、2階の海を見晴るかす席に着きます。バイキングなのでメニューの心配はなく、みんな嬉々として食べていますが、ダイエット中の者はゆっくりと味わうことにします。
集合場所の鞆港待合室に行ったところ、誰も来ていません。男子は全員が第一次会をすっぽかして宿泊の第二次会へ直接来るつもりのようです。もとより予約は不要なので幹事の負担にはなりません。
まず対潮楼へ。福禅寺というお寺ですが、そこの座敷がVIPの宿泊所となった歴史があります。江戸時代には将軍の就任祝いに来朝する朝鮮通信使の定宿となり、鞆の浦の景観を「日東第一形勝」と褒め称えた額が残っています。
座敷を開け放つと建具を外した四辺形が額となって、海と島の景色が絵のように納まります。中央には弁天島が入り、頂上の五重塔が丘の上の座敷と同じ高さに見えることになります。遠景は仙酔島で鶴が休む形に例えられていいて、仙酔という名は仙人も酔うほどの美観だという意です。
住職の解説では、夏至と冬至の日の出の位置が鶴の頭から尾まで移動し、出る場所によって暦がわかるとのことです。写真に入って下さいと依頼したら、こんな美人と並ぶのなら帯を締めて来るからちょっと待ってくれと。
次は鞆港の中心である常夜灯へ。夜間に入港する船のための灯台で、珍しくありませんが、その歴史と民間有志による建設であることが有名です。正面には海運の守り神である金刀比羅宮の名が大書してあります。
この付近は記念館など散在しているので40分ほど自由行動、そのあと山腹にある医王寺へ上ることにしました。女子幹事が時間は大丈夫かと心配していますが、“急いで”と“早く”は禁句にしようという幹事の申し合わせを思い出させました。
定時に出発。街中を縫う上り坂を歩きます。膝には辛いのですが、このためにダイエットに踏み切った価値がありました。
医王寺まで登るとエハガキのような鞆の浦の景観が拡がります。この港を橋で横断する道路計画が進められ、賛否両論が入り乱れて、工事も着手できず市街の再開発も始められず停滞が続いています。
部外者としては、この歴史と由緒ある景色を残して欲しいと思います。道路をはじめとするインフラ整備は、背後の山をトンネルで抜けるなど具体的な提案がいくつも出ています。
港へ戻ってみると、船の待合室に16名全員が揃っていました。ちょうど男女半々ずつです。船は定員150名の客船、別にフェリーも就航しています。
春の海を一直線に島へ向かいます。眼前を過ぎ去る仙酔島海水浴場は、みんな小学校のときの思い出があります。左手には福山港へ入港待ちの貨物線が2隻停泊中、重く沈んでいるのは製鉄所への原料輸送であり、空船は製品の積み出しと想像できます。
急に旋回して右に変針しました。別に支障物があるとも思えない。そのうちに内海航路の貨物船が目に入りました。その船を目指して直進して行きます。やっと判りました。航路が交差するのでこちらが譲って相手の後ろを通るためです。
30分で走島に到着して、出迎えのマイクロバスに乗車。全員は乗れないのでレディーファースト、ただし幹事として黒一点の私も乗り込みました。宿へ一番に駆け込んで、挨拶より先に部屋を見ました。4部屋あり、男女別の計算をしてさっそく部屋割です。もっともこの二部屋が女性用だ、に留めてあとは勝手に任せました。部屋指定まですると女性に恨まれることも経験から学んでいます。
定員20名の民宿です。各部屋とも眼下に瀬戸内海を見下ろし、環境に不足はありません。従業員は家族3名のみ、布団の上げ下ろしもすべてセルフサービスでした。
困ったのは浴場で、家庭用の一人用浴槽で一度に3名が限度。女性軍の要望で男子が先に入り、女性軍は夕食後となりました。化粧の手間を説明されると黙って下がらざるを得ません。
乾杯の発声は慣例により最遠から駆けつけた女子を指名しました。そのあとは小学生に返って言いたい放題の時間になりました。料理は海の幸がたっぷり出たのですが、年齢のせいか食べ残しが多かったのはもったいないことでした。
宴会場を引き払って部屋へ帰ります。女性の部屋に押しかけるわけには行かないので、一番大きい男子部屋へ集まって膝詰め会談の再開です。
明日は一日中運転士をするので、早めにやすみました。外から聞こえる潮騒が子守歌です。
2007/05/29/mar.
ダイエットのせいらしく、気力とスタミナが不足しています。でもせっせと走り回っていますのでご休心ください。
減量が8kgを越えました。我ながら快挙です。体重は1日の変化が1kg以上あるので、定点観測の入浴時のみでなく、最低となる起床時もメモすることにしました。これでゆくと減量9kgも目前です。
習い事の教室で同級生から、宇田さん、アゴの線がシャープになったねと感想が帰って来ました。たるんだとか、やつれたとかの本音を、美しい言葉で包んでくれて嬉しくなりました。この人は仕事でも家庭でも円満だろうと推定します。
別の人から、細くなったように見えないけれど、姿勢と立居振る舞いがシャキッとしたよ、とも聞きました。これは自身がいちばん感じています。
明日、会合の幹事をするのでへばらないように夕食を食べました。山盛りの御飯にかぶりついたところ、案に相違してそれほど美味しくない。内臓が減量食を基本に仕事をしているのでしょうか。
2007/05/20/dim.
ばら祭の2日目。今年の感謝賞はクリーンチームに上げたいと思います。会場の何処にいても周囲を見ればクリーンブースが目に入ります。ゴミを持ってゆくとボランティアがていねいに教えてくれます。箸は燃えるゴミ、ペットボトルはシールを剥がしてシールはこちら、ボトル本体はプラへ、と
これは一番いい教育ですね。ましてボランティアのほとんどは中学生ですから、利用者は負った子に教えられる心境です。多く設置したクリーンブースのためか、会場内にはゴミが全くありません。
折りばら教室は満員が続きます。私も講師に入りますが、受付から職場放棄だと苦情が来ます。いくら総括指揮だと言っても、お客様を待たすわけには行きません。しかし、ボランティア講師が困っているときに飛んでゆくのも担当なので、ほどほどにしておきます。
今日のボランティアはグリーンリーダーズのメンバー。社会の指導層となる人材を育てるのが目的だそうで、小学生から高校まで広範囲です。いずれもリーダーシップと自尊心は人一倍持っていると思いました。義務感と責任感が旺盛なのは教育の結果なのでしょうか。
多忙の2日間が終わりました。100万本の花たちよ・・・とは私たちをねぎらっているようにも聞こえます。
2007/05/19/sab.
♪100万本の花たちよ、咲きみだれるバラたちよ・・・のテーマ曲に包まれる“ばら祭”が始まりました。例によって折りバラの教室を開きます。場所は一番いい席なのですが、開会式と、その後のローズウェディングの会場となるため、11:00まで使えないのが残念です。
教室の全般操配が担当なのですが、次々に訪れるお客様にテーブルと担当を決めるのはくたびれます。なにせ手足となる会員10名は人生経験ゆたかなオバサマたちの集団ですから。40年ほど前だったらもっと楽しいだろうな。
呼ばれて行くと、中国からのお客様ですと押し付けてみんないなくなってしまった。始めてみると日本語がわかり、難しい言葉さえ使わなければ大丈夫でした。4人組の娘さんたちでまだ10代でしょう。どちらから、という質問に答は返るのだが聴き取れない。とうとう筆談になりました。江西省です。固有名詞を日本語で言うとどうしても原音が入るようです。
仕事ですか、と訊ねたら通じない。筆談で、学?労?と書いたら労を指差しました。飲み込みも早くテキパキとして、多くの希望者から選抜されたものと想像されます。
終わってから緋毛氈で折ったばらを出して、仲良く分けなさいといったら、一人が私が貰うとひったくって取りました。他の3人もそれで気分を害した様子もない。表面だけでも一応譲り合うという形式はないようです。単なる生存競争ではなく、民族性とでも言うほかはないのでしょう。
会場を昨年の2倍の広さにして、助っ人でカバーしました。市内の中学校からの15名のボランティアです。うちの女性会員が、本当に気が利かないと怒っていましたが、みんな素直でよく動くので不満はありません。ただ指示しないと動かないというのも事実ですが、社会経験から言えば見守って育てるべきでしょう。
彼らが教室でオヤツを食べ始めたので叱りました。すっ飛んで逃げましたが別に気を悪くした様子もないので、自分の落度だということは理解しているのでしょう。引率の先生も、遊びじゃない、これは仕事なんだと繰り返しているのに、と。
2007/05/17/jau.
本日の分は、
210. 「870000kmの軌跡」が一冊の本に へ移しました。
2007/05/16/mer.
ダイエットは休憩に入ると4日で3kgリバウンドしました。差引き3kgの減量です。別に大食したわけではなく最低量に抑えているのに、身体の生きる本能なのでしょうか。経験してみると、絶食に近い減食は簡単に出来るのに、家族と同じメニューでの節食は難しいですね。
もう少しして、第2段の減食を実行してみます。
2007/05/15/mar.
町内の神社の法人化の手続きのため県庁まで出かけました。具体的に行うことの説明を聞きます。特に難しいことはなく、真面目に実行すればよいとのこと。帰ってから氏子の集まりで納得してもらえそうです。
広島へ来ると平和公園に寄るのは定番です。0900にはバスで来た団体がいます。いつものとおり祈念碑に香を手向けました。私にとっては公園の一草一木が爆心地にいた父の鎮魂碑であり、世界に戦火が絶えたときに消しますという、平和の火の消えるのを祈る場でもあります。
帰り道に、デパートで開かれていたグレース・ケリー展に入りました。若くしてモナコ公国の公妃となったため、出演の映画は案外少ないのです。スクリーンでの面影に再会を期待して入ったのに、公妃時代の記録がほとんどで少し物足りない思いが残りました。女優としての年代はオードリー・ヘプバーンと同じころです。
あらためて広告を見ると、後援者にモナコ公国関係の名がありました。なるほどハリウッド時代のことは大きく扱いたくないのでしょう。
彼女の造った押し花作品や衣装類などにはご婦人方が押しかけていました。いえ、入場者は女性ばかりでした。気恥ずかしい感じでしたが、こういうときは背が高いのが役に立って後からでも眺められます。
53歳で逝った佳人を偲ぶひとときを過ごしました。
2007/05/13/dim.
ダイエットを中止しました。数日前に書店にいたとき、フッと頭が軽くなりました。熱中症の経験から意識が薄れる前触れだと直感してその場に座り込み、最寄のベンチへ避難しました。すぐに直りましたが、血中糖度低下によるものと推定します。
帰宅後に砂糖湯を飲んで落ち着きましたが、やはり過激な減量は無理だったようです。ともかく2週間で6kgというのが非常識でした。これからは普通食で量を減らすことにします。この飢餓ダイエットを止めたとたんに体重が1.5kg復帰しました。これは空っぽだった消化器に内容が詰まったための由です。
長期戦で頑張り、また時機を見て飢餓ダイエットに挑戦します。
きょう、Gパンを試着したところ36インチに体が入りました。今までは無理だったものです。嬉しくなってすぐに購入しました。リバウンド防止への決意表明でもあります。
2007/05/12/sab.
水難民について。オーバーな表現ですが広島県の水事情です。県の北部の水は江の川となって島根県へ流れて日本海へ去り、東部の水は岡山県へ流下して高梁川となって瀬戸内海に注ぎます。
福山市の母なる川、芦田川の水源は海岸から僅か40に位置して水量はささやかな川です。おだやかな気候に恵まれた代償なのでしょうか。神は公平なのかもしれません。
いま問題となっている河川の汚染についても、芦田川はいつもワーストリストに載り、行政やメディアの話題になっています。何も汚水が多いわけではなく、希釈する川の水量が少ないだけのことです。でも言い訳はできません。
日本の降水量がもっと少なければ、降った雨の所有権の争いが全国で起きたことと想像しています。
2007/05/11/ven.
左膝の手術は免れました。痛みが軽くなり日常生活に支障ないことと、手術しても現在より良くなる保証ができないことの2点から、当面は現状のまま経過を見ることになりました。ふだんでも走らないことというドクターの指示かあり、レガッタは永久禁止の宣告を受けました。8月に開催される市民レガッタで、シニアクラス優勝が夢のまま終わったのが残念なことです。
60歳の定年退職からあと、待ったいたように白内障をはじめ次々と身体のトラブルに見舞われました。もう数年早かったら、涙を呑んで早期退職に応じるか、運転以外の配転に応じたことでしょう。天の配剤のような幸運に恵まれたことに感謝あるのみです。
2007/05/10/jau.
東南アジアの鉄道の改良について、いろいろな援助が行われています。タイなどでは枕木のコンクリート化も進んでいる由です。
一番気がかりなのはゲージ1000mmのまま進められていることです。長期計画として標準軌に統一する構想はあるそうですが、ベトナム・カンボジア・タイ・・マレーシアはレールが繋がっているだけに、このまま近代化が進んでしまうと手遅れにならないかと危惧を感じています。
タイではプミポン国王の健康問題が伝えられましたが、クーデターさえ左右するという王室の在り方には興味があります。戦前の日本の天皇制とは異なる国民の支持があるようです。
国王がスイス留学中に交通事故に逢い、そのとき介護した駐スイス大使の娘が現在のシリキット王妃だというエピソードも好きです。
2007/05/09/mer.
近くにある住宅団地の知人から聞いた話です。排水路に水溜りができて衛生上よろしくない。清掃に町内会が追われているというグチです。
問題は傾斜地に造成した住宅地なのに、道路が出来るだけ水平に設置されていることです。僅かの傾斜を設ければ排水の問題は解決します。その方面に詳しい人に訊ねたら常識以前の話だそうで、どんな計画にそって造ったのか不可解だそうです。
こういうノウハウは蓄積があってこそ活きてきます。その人の一代で終わるのか、多くの知識をまとめるシステムがあるのか、企業ならば将来の死活につながる問題でしょう。
JR西日本も、経験を後任者に伝える点では落第でした。知識を広めると自分が不利になるからです。経験とは失敗談であり、それを記録して後任者に残すことが大事だという主張は顧みられ無かったのは残念です。
結果として後任者は先任者の失敗を繰り返すことになり、これではノウハウの蓄積など夢の話だといささか落ち込んだことがあります。
2007/05/08/mar.
減量は本日5.2kg。調子が良すぎるので無理をしないように食事を増やしました。朝はうるめ生干し2尾、昼はゆでタマゴ2個、夕は豆腐1丁、野菜ジュースはたっぷり欲しいけれどカロリーを読んでほどほどに。身体はますます軽く心は五月晴れ。夕方近くになると腹がグーと鳴りますが、減量の音だと思えばまた楽しいものです。
2007/05/07/lun.
フランスの大統領が決まりました。うちの新聞にはフルネームが乗っておらず他の新聞を見て、ニコラ・サルコジさんと判りました。セゴレーヌ・ロワイヤルさんとの得票差は53%と46%、新聞は大差でと書いていましたが何故?
ロワイヤルさんが当選すれば、ドイツのメルケルさんと並んで仏独の首脳が女性という歴史ができたのに、今回は見ることができませんでした。
2007/05/06/dim.
ニューヨーク直行の友人は無事に帰って来ました。往路は航空路が変わって、アラスカ・カナダ経由ではなく、太平洋をシアトルへ飛び、そのままアメリカを横断したそうです。別に予定変更ではなく、複数のルートの中から選ぶ由で、天候の関係なのか、セキュリティのためなのか、乗務員も歯切れの悪い返事だったそうです
そのため前半は海ばかり、後半はミズーリ川、ミシシッピ川、ミシガン湖、デトロイトの街、エリー湖が判ったとのことでした。
帰路は、私のガイドと最大30分の誤差だったとほめてくれました。見知らぬところを作ったのだから99点だとも。ニューヨークから成田までずっと昼間で、さすがに途中で寝たそうです。
減量5kgを達成しました。ベルトだけでなく、ふだんの立居振舞いが本当に身軽になりました。気分爽快です。ドクターから1kgのウェイトを肩に乗せられて、その重さに30分我慢できなかった経験を思い出して、納得しています。現在84.0kg。しかし、体調が良いのは何故だろう? 他の原因でやせているのでは?、との疑心暗鬼も湧いています。
2007/05/05/sab.
野菜ジュースを毎日飲んでいますが、手にとって見るとカロリーに大きな差があります。試飲の結果では、果汁が加わるとてきめんにカロリーアップで口当たりも良くなります。原料・成分・カロリーをよく読んで買うようになりました。
広島のデパートでグレース・ケリー展が始まりました。ちょうど県庁に用事ができたので見る機会が得られそうです。え、グレース・ケリーをご存じない? こりゃまた失礼しました。
県庁への用事は、神社の法人化です。土地と建物があり、きちんと祭礼行事を行っているのに、宗教法人になっていないのです。とりあえず建物の登記に困っています。県庁の担当課の話では、金儲けのための怪しげな法人を警戒しているので、そういう真面目な神社は手続きをきちんとすれば大丈夫ですよと。
宗教法人の認可は文部科学大臣と県知事であり、その規模や活動によって区分していますと教えられました。主要宗派は国の認可ですが、創価学会は大組織だけれど東京都知事の認可法人だとも聞きました。
2007/05/04/ven.
早朝の4時に目が覚めて、ニューヨークから帰る友人のフライト予定を見たら、カナダのマニトバ州を飛んでいます。針葉樹の森林が地平線まで続く光景はどんな様子でしょうか。好奇心を失わずに窓にかじりついているか、くたびれ果てて寝ているか、きょう夕方には判明します。
今は0930、日付変更線で昨日から今日へ飛び移る頃です。左側の席ならばいつまでも進まぬ正午の太陽がまぶしいことでしょう。
2007/05/03/jau.
広島市はきょうから3日間、フラワーフェスティバルで賑わいます。毎年のように雨のお祝いを受けるのですが、今年は幸運に恵まれそうです。その会場での折りばらブースはお休みになりました。福山市観光課のお手伝いという立場なので、私たちからあれこれとは言えません。財政上の事情なら残念なことです。
2007/05/02/mer.
市内の沼隈図書館で開かれた藤井軍三郎先生の遺品展を見て来ました。昨年11/27に亡くなられた小学校の恩師です。ご家族の挨拶の、故人は「燃える」という言葉が好きでしたとのとおり、鞆の浦を描いた力作が並んでいました。いずれも地元の個人や団体の所蔵品です。
遺品となった描きかけのカンバスは半分の仕上がりで、亡くなる前日まで筆を執られた由です。出来上がった様子を想像しながら先生を偲んで来ました。
2007/05/01/mar.
何かヘンだと思ったらベルトがゆるんでいました。報告が遅れましたが、先週からダイエット食事を実行しています。膝を診たドクターから、左膝を手術した3年前から全然やせていませんね、と叱られたからです。
朝はメザシ1尾、昼はゆで卵1個、夕は豆腐1丁。あとは野菜ジュース。空腹を覚えたらキャベツをかじること。
キャベツはじっくり食べると甘みがあって美味しいですね。甘みが強いのは有機栽培だと聞きました。ただし、満腹するまえに噛むことで顎がくたびれて、思うほど腹に入りません。ふだんの食事は噛まずに呑み込んでいるのが多いのでしょう。肉や御飯と違って生のキャベツの塊を呑み込むのは不可能です。
ただいま3.3kgの減量に成功。これだけでベルトをゆるく感じるとは人間の神経は鋭いものです。不思議なことにまったく飢餓感がありません。食品売り場を歩いて、肉や魚はもちろん、御飯や甘いものを見ても羨望感が湧きません。口の悪いのが、そりゃあ生存本能が失われつつあるのじゃないかと。
本人はいたって気分爽快、動くのも大儀ではありません。受けたアドバイスに、当面の目標を○kg減量ではなく、この方式を1カ月やろう、と定めなさいとありました。心身にトラブルを生じないかぎり続けてみます。
2007/04/30.lun.
友人がニューヨークへ旅立つと決まって、往復の機上から見える景色ガイドを依頼されました。いささか借りがあるので無理な話を断れず、地球儀と地図にスケールを当て電卓で時差計算をしながら見当をつけるしかありません。ご覧のとおり、自分は行ったこともないのに見てきたようなガイドが出来上がりました。正確な実地時間をメモするように命じておきましたから、それを基にジャンボ機の速度を逆算する楽しみが待っています。
日本時間4月28日1100成田発、以下の「0-00後」は成田発後の時間経過を表わし、時刻とは関係ありません。
1-10後---北海道を離れて国後・択捉が始まる。次の得撫(ウルップ)島からはロシア領ですが、飛行コースはロシア領を避けると想像されるので、見える距離まで近寄ることはないでしょう。
2-30後---千島列島が終り、カムチャツカ半島に沿う。カムチャツカ半島は地図で確認するとわが本州よりも大きいのを知りました。
3-20後---アリューシャン列島を横切ってベーリング海に入る。ペーリング海についても認識を新たにしました。日本海より広いオホーツク海よりもなお広いのです。
4-50後---4/28の日暮れ。日没は左後方。左側の窓側席を希望するといっていましたから、日没が見られるかも。この時刻から眠れるだろうか?
5-00後---日付変更線を越えて4/27に戻る。
5-10後---ベーリング海が終り、アメリカのアラスカ州へ上陸。シベリアとの境であるベーリング海峡は深さ50m。氷河期には陸続きになってモンゴロイドがアメリカへ移住する道となりました。
アラスカではユーコン川から離れずに飛ぶ筈なので、旧暦12日の月光を浴びた大河が見える可能性がある。さらにコースは南北アメリカ全体の最高峰マッキンリー(6194m)の傍を通っている。昼間なら見えそう。
6-30後---アメリカのアラスカ州から国境を越えてカナダのユーコン準州に入る。地理資料によるとこのあたりは草地となっていて、森林が生えないほど酷寒の地のようです。
6-40後--- 右手はるかにカナダの最高峰ローガン(6050m)が位置している。現地の時刻は0000なので月は南天高く輝いている筈。天候がよければ地上が見えるかも知れない。
7-30後---ノースウェスト準州に入る。日本の私は夕食タイムで美味しいビールをたしなんでいる筈。
8-00後---グレートスレーヴ湖を越える。ここの水はマッケンジー川となって北極海に注いでいます。
8-20後---アルバータ州に入る。この州には福山の折りばらの会のメンバーだったエヴリン・ツァングさんが住んでいます。元気でしょうか。年頃だからもう結婚したかも知れない。
8-40後---サスカチェワン州に入る。
9-00後---マニトバ州に入る。
9-20後---4/28の夜明け。日暮れから僅か4時間半で迎える朝で、日本を発った昨日が再び始まります。どういうメモを持って帰るか、詰問するのが楽しみです。日の出は左ほぼ真横から。眼下は針葉樹のタイガでしょうか。それとも白一色の雪景色でしょうか。
9-30後---ウィニペグ湖を越える。
10-10後---オンタリオ州に入る。もう少し左へ寄ればケベック州です。ケベックの公用語はフランス語で言語意識の強い所ですから、州内での機内放送はフランス語を義務付けられるかもしれません。
10-40後---五大湖が始まる。まずスペリオル湖。湖だけれど瀬戸内海よりはるかに広い。いや瀬戸内海どころか、近畿中国四国がすっぽり納まる広さです。あとはヒューロン湖上を通るかどうか。
11-40後---オンタリオ湖を越えてアメリカのニューヨーク州に入る。ニューヨーク州はニューヨーク市を中心とした海岸の州かと思ったら、東西・南北とも500kmの広い州で、ナイアガラ瀑布もこの州になります。知らなかった。
12-30後---ケネディ空港に着陸。直線ならニューヨーク州から出ることはないが、海岸の空港に到着するために大西洋へ迂回して、コネティカット州かニュージャージー州を通る可能性が大です。現地時刻は1030、サマータイム中ですから実質は0930です。
ケネディ空港は殉職した大統領にちなんで改名されるまで、アイドルワイルド空港という名でした。少年の頃に読んだ、すべての道はアイドルワイルドに通ず、というアメリカ航空界のキャッチフレーズを覚えています。
成田を昼前の1100に出てから12時間30分後ですから、日本時間では2330という眠い時刻にニューヨークの第1日の朝が始まるわけです。初日からバテなければよいけれど。
日本の私は0000のニュースで航空事故の無かったことを確認して寝ます。
帰途はこの逆コースですが、ニューヨークを昼の1230に発ってから、ずっと太陽を見ながら飛び、成田へ1525に着きます。ただし日付変更線を越えるとき翌日になっています。これもどういう感覚になるのか興味津々です。全区間で窓外観察が可能ですが、私はくたびれ果てて寝ている方に賭けます。
2007/04/29.dim.
郵便局の知人から聞いた話です。年賀状は年間最大のピークでアルバイドを大動員します。ところが年が明けるとアルバイト人数が大幅に減少します。
取扱い量からいうと当然ですが、仕事の内容は全く異なります。年内の賀状は事前に準備して元旦に配達するので量が多くても何とかこなせます。ところが元旦以後に差し出された賀状は何の準備もできず、戦場のような騒ぎでこなすことになるとのことです。
彼によれば、一番手が欲しいときに減員するとは、現場のことを知らない上部が決定しているからだろう、と。
(2007/04/28.sab)
今年のシルクロードの予定が固まりました。テーマは千仏洞巡り、今回も三蔵法師の足跡をたどることになります。昨年と同じような12日間の強行軍です。
コースは、烏魯木斉 ウルムチ、庫車 クチャ、庫爾勅 コルラ、吐魯蕃 トルファン、善善
ビチャン、哈密 ハミ、敦煌 トンコウ。 ウルムチ〜クチャは14時間の列車の旅ですが、昼行の可能性はなさそうです。
全域が中華人民共和国、ほとんどが新疆維吾爾自治区、敦煌のみが甘粛省に属します。ずっとタクラマカン砂漠のほとりを歩きますので、砂漠恋しや、と待ち焦がれています。
(2007/04/27.ven)
病院で第2回の診察、右膝の水を抜いたら大分楽になりました。水が溜まる原因を突き止めなければいけないが、もう少し様子を見ましょう、とのこと。そのときの状況で内視鏡を使うか決めましょう。玄関を出たら、跳んだり跳ねたりしたいほど快調なのに気付きました。それほど悲観する必要は無いのかも知れません。
病院は改装工事が終って、玄関の正面にバスのりばを移設していました。乗客はバスを降りて10歩で玄関に入れるわけです。乗るときも同じ。マイカーやタクシーの乗り場はその両脇です。ソフト面でバリアフリーの手本だと感心しました。
(2007/04/26.jau)
同級生がなくなりました。1週間前に脳梗塞で倒れた由、酒は不足のないほど十分に飲んでいたそうです。定年の後、ホテルのフロントマンを務めていました。夜間専門なのでしんどいとは聞いていましたが・・・。
同窓会のクラス幹事を引き受けているので、全員に電話連絡を入れて、告別式への弔電の手配を済ませました。久しぶりに電話を入れると、こちらの状況など構わずに長話するのがいて閉口します。ご婦人方はもっと激しいかも。
(2007/04/25.mer)
NHKの「ひるまえワイド」は中国5県と聞いていたのに、折りばらの報道はそのまたローカルで広島県のみでした。私がしゃべったのは40秒ほど、この時間にテレビを見るのはどういう人たちでしょうか。思わぬところで冷やかされそうです。
このHPのシルクロードを見た人から、いつフランス語を習ったんだ?との質問がありました。日付の欄が目に付いたのでしょう。お客様がご承知のとおりフランス語ではありません。
(2007/04/24.mar)
岡山まで行ってきました。用事は散髪です。この日に合わせて用事をまとめるので結構忙しい時間を過ごすのですが、今日は他の用事が入らずのんびりと岡山駅の工事の進み具合を観察してきました。
使用停止して改装中の新しい上りホームは着々と工事か進み、7月の使用開始を待っています。1960年までこのホームが上り本線で、大阪・東京行の優等列車を送り出していました。47年ぶりに栄光の座に返り咲いたことになります。
工事途中に疑問に思っていた点が次々に明らかになっています。上りホームの長さは主本線のみが客車15両対応で、同じホームの反対側の副本線はわずか8両分。ここまで思い切れば配線や引上げ線の配置がずっと楽になります。考えて見れば、15両が必要なのは「富士・はやぶさ」「なは・あかつき」「サンライズ出雲・瀬戸」の3往復のみ、現実は過去の栄光を消し去って行きます。
上り本線は50kレールのまま、よく見たら工事で更新された部分は60Kレールが敷設されていました。この混乱はなんでしょう?
新幹線コンコースは店舗広場に変わり、その隙間に階段やエスカレーターが見えます。これの先輩は新大阪駅で、広々としたコンコースのイメージはなくなっています。トイレがもっと目立つ場所にあればよいのに。
橋上部の店舗は線路を見下ろす部分に窓がなく、一休みしながら行き交う列車の観察をという夢は、夢のまま終わりました。瀬戸大橋線ホームの下り端のベンチが一等席になりそうです。
きょうは新幹線のりばへ上って、陽だまりのホームで1時間あまり列車を眺める時間を過ごしました。100系・300系・500系・700系とにぎやかです。待っていれば0系も来るはず。7月からはN700系も。
(2007/04/17.mar)
大阪駅の改修工事について述べたとき、ホーム間に3線ある区間をどうするかの疑問を呈しました。お客様からいただいたメールでは1線の上に仮ホームを作っていますよ、とのこと。考えるほどに???でした。
メディアによると、長いホームを利用して特急と新快速以下の停止位置を変える、とありました。切り欠きホーム?とまた頭を抱えましたが、先日の青春18乗り歩きで観察することが出来ました。
仮設による拡幅は多客対応のようです。列車を切れ目なく入れるダイヤを組んでも、特急客は通勤客のように機敏に流れないのでホーム状況から不可能なことがあります。そのために新11番のりばが完成するまで拡げたのでしょう。
新11番のりばは駅ビルに組み込まれるため、使用開始は当分先になりそうです。
友人たちの会話。
A:明日中に広島の支店へ届ける荷物がある。こまごましたもので手間が掛かって困る。
B:何で届けるんだ?
A:宅配便を使う。それが一番早いから。
B:無駄な金を使うんだな。お前の会社で明日広島へ行く車はないのか。
A:広島へは毎日複数の車が往復している。
B:じゃあ、その車に預けて届けさせれば経費は0じゃないか。
A:そんな部内の連絡に労力を費やすのは無駄だ。
B:お前の会社は馬鹿だ。
(2007/04/16.lun)
きのう、市民参画センターで折りばらの会の月例会と講習会を開いてきました。定例の行事で特記することはないのですが、1000個の折はらをケースにつめる作業に追われました。Jリーグのサンフレッチェの試合のうち、5月3日の試合が福山デーとされ、福山市が挙げて応援に繰り出します。そのとき、来場のお客様に応援チームの区別なく折りばらをプレゼントしようという計画です。
原価計算するとプラのコサージュケースが主体で、紙製のばらは付け足しの感になりますが、ポケットやカバンに入れて持ち帰りを願うためにはやむを得ません。折りばらは会員が特製の紙で折ったもので、私のも40個入っています。
テレビが取材に来ました。インタービューに立たされてテレビカメラと初対面の冷汗をかきました。アップの場面は本当に目の前にカメラが寄ってきます。にこやかに質問するアナウンサーに何を答えたか思い出せません。放送は5月25日1130〜NHKの「ひるまえワイド」、地域は中国5県のみ、全国に恥を広げずにすみそうです。
04/14に、懸念だった肩の荷が降りたと報告しましたが、至らぬ知恵を絞っていた次の本の素原稿が出来上がッたものです。もっとも素人の作品ですからこれからの修正作業の方が多いはずですが、一応の形が完成してあとは内容精査というのは、肩から降ろして整理陳列に移った思いがしています。
初めに紹介しましたように、中央公論新社の中公新書です。厚みは250ページくらい、価額は1000円未満なので手軽に手に取っていただけそうです。
(2007/04/15.dim)
3年前に左膝のopeを報告しましたが、去る7日に右膝に同じ現象が発生しました。ドクターから、左膝を庇って右膝に無理をがかかりやすいので注意しなさい、の忠告があったのに、予言どおりの結果となりました。
半月板が損傷しており、特に原因はなく体重を減らすことが最大の治療です、と。周囲が同じことを言うのでまことに気分の沈む毎日です。本人はそれがどうした、と開き直っていますから付ける薬がないのかも知れません。
とりあえず1週間ほど経過を見て、悪化するようなら対策を考えましょう、手術もあり得ます、とドクターは冷静そのもの。階段を歩くな、坂道を歩くな、なるべく安静に、正座は禁止と絶対権力者の暴言が続きます。
ダイエットのためには歩くことが第一なのに、その歩行を禁じられて困惑しています。あとは絶食療法しか残っていません。
幸いにも車の運転に支障がありません。アクセルとブレーキのペダルを踏めますので何とかしのいでいます。しかし緊急のときブレーキ操作が遅れそうなので安全運転を徹底しています。
(2007/04/14.sab)
きょう1820頃、お客様が170000人を超えました。ありがとうございます。
もうひとつ、懸案だったことが一応片付いて余裕が戻りました。近況の報告も沢山たまっておりますし、これから毎日更新を目標に努力します。もちろん170000人へのお礼の気持ちも含んでいます。
きょう、イトーヨーカドー福山店で、折りばらの講習会を開いてきました。店の客寄せ行事の一環なので、私たちは雇われマダム。さすが行事慣れしている組織で、いい雰囲気で終わりました。参加者44名、講師は7名。
通りすがりの立見客が多く、私たちのPRになりましたが、店はそれ以上の間接効果を得たことでしょう。毎年の行事として続くことを期待しています。
大きな声では言えませんが、講師7名の引率はくたびれました。私以外は全て同年配や人生の先輩の女性方です。彼女たちの意思の強固さと正義感にはとても太刀打ちできません。ひたすら忍と従の二文字で耐えました。
(2007/04/05.jau)
しなければならないことか山積しているのですが、青春18キップが余りそうなので消化して来ました。目的なし予定なし、の気楽な乗り歩きの一日です。
近くで時間をつぶすのはもったいないので、例によって福山〜姫路は新幹線を利用します。ここからが正味の18キップのスタートです。
姫路から新快速に乗るのが常識ですが、ホームの列を見るととても座れそうにありません。予定を変更して快速(西明石まで各駅停車)に乗車しましたが、最前部車の乗客は9名で直前に出たギュウ詰めの新快速と大変な違いです。
編成は221系6両、各駅で座席が埋まって行きます。姫路貨物駅の配線は本線と平面交差で貨物列車の設定は大変でしょう。抱込み式にするか、立体交差をと思いますが、その費用を惜しんだのでしょうか。JR貨物の経営状態からはそこまでの投資が及ばないのかもしれません。
僅かに立つ乗客も出て加古川に到着、新快速に乗換の乗客が降りると車内はまたガランとしました。追い抜いた新快速は相変わらず満員で、輸送量に見合った列車設定になっているとは言えません。
加古川を出るとまた乗客が増える一方でしたが、それが西明石でドサッと降りました。まさに新快速への集客列車です。明石から快速となったのに、舞子、垂水、須磨と停車して行くと、各停とどれだけ違うのだろうと疑問です。以後に出会った各停は立客がいないほどの空きようで、ロングシートとはいえ最新の321系に乗るのが最高の贅沢と言えそうです。
神戸から立客が出ましたが満員とはほど遠く、そのままの状態で大阪に着きました。関西の東海道山陽線では旅の穴場と推奨できます。
目的なしと述べましたが第一の関心は大阪駅の改良工事です。改装の終わった新上り外側ホームではホームの店の開店準備が進んでいました。車内放送で3日後の日曜から使用開始するそうです。
そのまま新大阪へ直通し、尼崎〜新大阪を2往復して運転室背後から大阪駅の様子を探りました。前にも記しましたが、速度制限の緩和は見事です。大駅ではソロソロと進入進出するのは常識だ、という常識を覆したことに拍手しましょう。
環状線にご無沙汰なのでホームへ上ったら、ちょうど関空快速が入って来ました。223系8両、後3両は和歌山行きです。席が空いていたので乗りましたが、結局、終着の関西空港までかぶりつきに立ったままでした。
天王寺では阪和線への連絡線の複線化が工事中で、高架橋が立ち上がっていますが、出来上がっても阪和線との合流は平面交差のまま残ります。杉本町まで高架化が完成したばかりで、新しい高架線が続きますが、一向に速度が上りません。各駅停車との競合でしょうか。
杉本町を発車すると、とたんに120km/h運転に移りました。線形の優れた阪和線ですから快適そのもの。ただし踏切が多いのは目障りです。日根野まで停車駅が多すぎるのが気になります。空港までの乗客にとっては歯がゆいことでしょう。
空港への橋梁はスケールが大きいものの、つい瀬戸大橋と比較するのであまり強い印象は残りません。風速計の位置を変えることで、強風による運休が大幅に減少したそうです。
空港駅のホームからエスカレーターで2階の出口へ。空港ビルまで完全水平に歩いて行けます。いつも指摘されますが、ターミナルビルに航空機が見える場所がないのは不便です。遠くから見るとドーム状の屋根が優雅なのですが、見学や見送りのウェィトは大きいと思います。
3Fのレストラン街でおそい昼食。国際空港だから英語が溢れているかと想像していたら、聞こえるのはほとんど中国語と韓国語で、隣の国との交流が多いのは当然なのでしょう。
帰りは快速の先頭車の右側席へ。日根野での増結がなく、ずっと前方展望が可能でした。天王寺で降りるつもりでしたがが、ちょうど大和路快速の発車が見えたので、次の新今宮まで足を延ばしました。
大和路快速は221系6両、さっそく高速運転に移り、途中の踏切故障で徐行して遅れたため奈良まで俊足を堪能できました。竜華操車場の跡地は開発が進んでいますが、線路は蛇行してほとりを迂回した線形です。ここに限らず、中央に高架の線路を通して駅を包むように新市街を建設できないものかと不満です
王寺駅の広い構内を見たとき、洪水で滞泊中の電車が水没したのを思い出しました。奈良ではみやこ路快速が発車した直後で、20分後の次を待ちます。奈良線は1時間に快速3本、普通2本のダイヤで、主力は快速に移っているようです。
みやこ路快速は221系4両、単線ながら1線スルーの配線を気持ちよく通過します。木津川の平坦な地形を避けて山裾にカーブの連続で建設されているのは洪水の心配だったのでしょうか。
京都から地下鉄で丸田町まで、目当ての店まで600mを歩きます。通りの名を読むのが楽しく、交差点の標識を見上げながらの10分でした。帰りも同じです。
新快速に座るために上りで山科まで行き、下りを待ちました。ところが空席なし、通路中程に陣取って京都下車の乗客にはを光らせます。幸い空き席ができて右側通路側に座れました。京都から通路にギッシリとなったので、ここからの乗車では着席困難でした。。
暗くなったので窓外を流れる灯を見やるのみ。大阪で窓側に移ることが出来、姫路まで1時間半の最後の18キップ活用となりました。姫路からは再び新幹線で、300系のひかり、700系を乗り継いで帰福しました。
後半は駆け足記述になりました。この分はまた。
(2007/04/03.mar)
文房具店のBGMに「鯉のぼり」が流れていました。ちょうど3番の歌詞で、百瀬の滝を登りなば、たちまち竜になりぬべき・・・の部分でした。昨年5月にシルクロードへ鯉のぼりを持参して進呈した、キルギスのイスカンダル坊やを思い出しました。
あの鯉のぼりは、いま天山からの山風に翻っているでしょうか。
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