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 このページはバックナンバー04です。
07.11.16  最近の医療の惨状に憤りを感じています。
07.11.12  雨宮さんのこと、(MY)さん、ご意見ありがとうございました。
07.11.09  教宗寺見学会、高槻のいにしえの文化に浸ってみませんか
07.11.08  児童養護施設の子ども達に、不要になった楽器を提供頂けませんか。
07.11.06  NTさんのメッセージ・「雨宮処凛」さんのこと
07.11.02  雨宮処凛さんの話で思う事 10~11(完結)
07.11.02  「わくわくストリート」から思うこと
07.11.02  「ひらかたNPOフェスタ2007(10月21日)」の見学
07.10.27  雨宮処凛さんの話で思う事 6~9
07.10.26  「みんなの家」に刻字看板ができました!

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071116

最近の医療の惨状に憤りを感じています。

 新聞にも近頃は地方の記事が載るようになり、全国のあちこちで市や町が運営する病院に医師がいなくなって、診療が侭ならず潰れてしまうケースが続発しているようです。
 大体が200
床から300床の総合病院です。
このためにそこに入院していた人や、通院していた人はもっと遠い病院に移るか通う羽目に陥る。
あるいは通うにもその交通手段が無くて、実態は病人の棄民状態が起こっている。
なんともひどい話
ですねえ。
たまたま私は都会に住んでいるから、被害に遭っていないけれど、もしもと考えると、身体が震えます。
 
 どうしてこんな陰惨なことになってしまったんでしょう?
政治が悪いんです。そうとしか言いようが無いじゃありませんか!
前の政府は、やりたい放題を、それも郵政以外のことにも手をつけて、その結果がこれです。

 第一は研修医制度の改革
です。

 それをやるにはそれなりの理由はあったものの、
やればどういう結果を招来するかまでは考えずに、やってしまった。
このために研修医が有名病院や
大学に集中して、地方の小病院から姿を消しちゃった。
 
 そのためにいままで医者が10人いた病院が5人になったとか、一人になっちゃったとか・・・という現象が出るようになり、診療が出来なくなっちゃった。
残った医者はその分
無茶苦茶に働かなくちゃならない。
 
 長期療養の人ばかりでなく、救急患者も捨てられる。
 なにしろ、地域から中核的な救急施設が、ある日忽然となくなっちゃうから、、、。
 産科も例外じゃない。死ぬ妊産婦が
出たって可笑しくない。

 政府はこれだけじゃ満足できなくて、大学病院の独立法人化をやってしまった。
これが病院を
ホテルなみの経営に切り替えさせ、儲からない患者を病院から放り出すようにしてしまった。
地方に派遣していた
医者を大学病院に戻すようにしてしまった。
大学病院
だって儲けなくちゃ潰れちゃいますからね。
 
 その上に決定的な駄目押しをしてくれましたよね。

 補助金の削減と交付金の削減。これで、地方は財政的
にも、追い込まれて、慈善性の強い行政を放棄せざるを得なくなってしまった・・・のと違いますか!?
 
 物事は悪い方に悪い方に働いて、病院は潰れ、患者は放り出され・・・私としては、この悪さをした連中を市中引き回ししたいですね(笑)。
 そうそう、そんなこと、言って
大臣辞める羽目になった人、いたっけね。(匿名)
   














071112

 雨宮さんのこと、、、ご意見ありがとうございました!(MY)さんに感謝しています!

 心の籠もった投書で、納得!!です。
11月6日の(MY)さんの投書に感謝しています!ありがとうございました!
 
 高槻市内にも第二の雨宮さんは沢山いるのではないでしょうか?そうした人たちを力を合わせて支援する団体はないでしょうか?そういう人たちからのメッセージが入るようになると、一段といいですね!
 それを期待しています、それにはもっと大きな呼びかけが必要な気がしますが・・・。
骨折っていただけないでしょうか!? 高槻市の市民の皆さんが声を挙げるには、これから先どうしたら、いいのか?
     
071109

 教宗寺見学会、高槻のいにしえの文化に浸ってみませんか

 教宗寺<改修工事中現場>見学案内について たかつき市民活動ネットワーク(TCAN)会員の “幸せな家庭環境を作る会・北大阪支部 倉本喜八郎さん(成喜建設)”からご連絡頂きました。
 JT産業株式会社・生命誌研究館の南にあります、 教宗寺の改修工事現場見学会のご案内です。


日時:平成19年11月13日(火) 9:00〜17:00
 
会場:教宗寺<成喜建設(株)改修工事中現場>
  住所:高槻市芥川町4-6-3(JR高槻市駅徒歩10分)

 
            -----------------
13日火曜日に加えて14日水曜日も見学日として 予定しているとのことです。
また、11月中であれば、可とするとのことですが、 倉本さんとメールまたは携帯電話にて、 連絡確認をとることを条件とさせてください。

 メールアドレス;k.kuramoto@polka.ocn.ne.jp
     またはwebmaster@seikikensetsu.co.jp
 携帯電話番号;090-1243-3156
            -----------------

<以下、倉本さんからの紹介です>

工事もかなり進行して、御高覧いただける段階になってまいりました。
教宗寺は1,200年代創建、元禄年間に再建とされている 高槻の古刹です。

詳細は以下のサイトを参考になさって下さい。(地図もあります)

http://www.y-morimoto.com/saiiseki/kyosoji.html

 
あまり堅苦しくなく御自由にごらんいただく形式となるかと存じますが、 静かな秋のひと時を、どうぞごゆっくりと 木造建築の、いにしえと現代の技の接点を お楽しみいただければと思います。
 
高槻のいにしえの文化に浸ってみるのもいかがでしょうか。 今回、私共のキャッチコピー「ふるい”は”あたらしい」 古いものを生かし、新しく開発するというコンセプトを、 お伝えする機会を与えて頂きました。
高槻の秋をお楽しみいただき、御感想を伺えれば幸かと思います。

***************************************
成喜建設(株)倉本喜八郎   
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071108

 アジア子供支援フジワーク基金では、 地域の児童養護施設の子ども達へ支援活動を 行なっております。
 その施設の1つであります水上隣保館 遥学園では、子どもたちからの要望があり、 小学生を中心にした「音楽隊」を立ち上げました。
  同施設では、小学生67名が保護され生活しています。
  「音楽隊」に入りたい子ども達は沢山いますが、 肝心の楽器が不足しています。
 
楽器なら何でも結構ですので、ご不要の 楽器があれば、提供して頂けないでしょうか。

 
中古楽器の例: リコーダー、ハーモニカ、カスタネット、 ピアニカ、鈴、オカリナ、ギター、マラカス、 タンバリンなど ご提供していただける方のご連絡を お待ちしております。

 連絡先:アジア子供支援フジワーク基金
 住所:高槻市高槻町11−2
 電話:072−686−5751 FAX:072−686−5752
  email: tetsumoto@asia-kids.or.jp

 ご参考: 水上隣保館遥学園       
       大阪府三島郡島本町山崎5−3−18
        http://www.suijo-rinpokan.com/jidouyougo.html

*************************************
NPO法人 アジア子供支援フジワーク基金
URL: http://www.asia-kids.or.jp
事務局 鉄本 秀夫(てつもとひでお)
e-mail tetsumoto@fujiwork.com
tel 072-686-5751/fax 072-676-5752
〒569-0803大阪府高槻市高槻町11-2 5F
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071106

NTさんのメッセージ・「雨宮」さんのこと

 雨宮処凜(かりん)さんを、これまで遠くから見ていたと思っている。彼女のことは、知らないと言った範囲ではない。彼女の思想というよりも、行動漂流での体験が累積されて、一気に吹き出た。それがワーキングプアーを生み出した時代背景の中で、突き上げた形でスポットが当たった認識なのである。北海道の旅立ちから、瞬間瞬間のなかで、真剣にぶつかって生きてきた。東京での初期の少し危険な時期もあったが。それにしても生半可ではない。言葉や行動の節々から感じ取れる、そのエネルギーを羨ましくもある。

 NTさんのこれまで数回にわたる熱心な論評を「なるほど」と頷きながら、読ませていただいたことに御礼を申し上げたい。特に「社会から5センチほど浮き上がった浮遊感」(これが沈んだ、でないだけにホット)の一文はグサットきた。

 だが、告白になるが直ぐにはメッセージを交換する気にはならなかった。なにかしら、心低でダルイ、重い気持ちをひきずっていた。完結のメッセージが出たので、思い切っての発信になった。

 若者達の中でフリーターという言葉を聞いてから、早や10年が経過しつつある。当時は10万人位の印象が残っている。雨宮さんの20代前半の頃だ。このころのフリターにはまだ、芸能、職人志向の夢追い型が2〜3割は内在していたのである。

 一方、労働者派遣法が施行されて21年目を向かえた。当初は専門的な業務しかみとめられなかったが、フリーターが人口に膾炙されるようになった1999年に製造業を除いての広がり、その製造業も2004年に解禁になった。雨宮さんが体験した時代はこの頃なのだ。

 公=法という公式を当てるならば、この規制の緩和はちょっと急ぎすぎの感だ。連合の元笹森会長は「製造業の解禁は早まった」と何かのシンポジュームで語っていたが、小生もそう思う。日本は製造立国であったことを忘れてしまったのか。NTさんの言葉を借りれば、財政界の癒着どころか、日経連が1995年に提言した「新時代の日本的経営」の3層構造化(長期蓄積・高度専門・雇用柔軟型)に、労働界も荷担したということなのだ。

 10年以上を経過し、その時期が失われた10年と重なったことが、ワーキングプアー層を拡大させた。ここに至ってフリターは220万人を超えたと云われている。派遣労働者は255万人、派遣事業者は6万という。フリターの数と派遣労働者の数がオーバラップしていることをみると、派遣法のあり方がフリターの増加を促進したと云えなくもない。そこで、労働者派遣法を緩和した90年代後半の政策が誤りであったことに気づかねばならない。“企業栄えて、個人滅ぶ”の感を禁じ得ない。福沢諭吉は“立国は公にあらず、私なり”(やせ我慢の記)といっている。

 偽装派遣の違法性は勿論、登録型派遣(8割がそうだが)の有り様を、私の観点から夢と希望の出るものに組みかえて行くのは、今から早急に手を打つべきだ。現実のハローワークの求人件数の5割前後が派遣事業者からのものであることに注視していただきたい。(MY)
  











071102

 「バブル崩壊以降、この国では「働くこと」が根本的に変わっていた。
 非正規雇用は人件費削減のためにあっさりと使い捨てられ、正社員層はというと成果主義に追われ、心身ともに極限まで追い詰められている。

 その背景には「競争に勝ち抜いて大金を得るのも自己責任。競争に負けてホームレスになり、餓死する
のも自己責任」という身も蓋もない残酷な考え方がある。

 ただ「生きる」こと、ただ「働く」ことが、トンデモなく難しくなってしまった。その背景にあるネオリベラリズム。私達の生きづらさの原因の一つは、明確に存在した。」
 
 雨宮さんは、確実に最大の根本原因を言い当てているんですね。(TN)


 「{完全自殺マニュアル}前書きには・・・60歳で定年退職して、その後10年か20年趣味を生かした生活を送って死ぬ・・・とある。しかし、フリーターには定年はない。もちろん、昇給もない。100万円台の年収(フリーターの平均年収は106万円)では結婚して家庭を持つことも難しい。
 定年退職
したあとに趣味を生かした生活なんて夢のまた夢だ。
 年金未納率が抜群に高いフリーターはどんなに老いても死ぬその日、或いは倒れるその日まで低賃金の単純労働に従事しなければならない。」

 「どうすれば最低限、喰いっぱぐれることなく、過労死するなく、そしてホームレスにもならずに餓死もせずに「安心して」生きられるのか・・・未だにその方法は発見されていない。
 その上、教育課程では、「やりたい
ことを見つけろ」「好きなことを探せ」「そしてそれで自己実現しろ」なんて無理難題を嫌というほど刷り込まれている」

 「その結果どうなるか・・・「自分探し」をしたり「夢」を追ったり、諦めて「下流」として生きることを「選択」したり、「右傾化」するという「作法」を身にまとったり、スピリチュアル系にハマってみたりと模索を繰り返している。
 強要された「自分探し」。いや「生き方探し」。」


 
 雨宮さんの告白をこれまで11回に亘って読んできました。
 
 フリーター、派遣、請負など不安な働き方をしている若者を・・・いやいまじゃ中高年まで含めて、さらに
正社員の中にも不安を抱え、企業から不当な不安定な働き方を強いられる人が沢山出ている・・・こうした人たちを支援する・・・そんな立派な人たちが澎湃と輩出してきている。

 けれど、その力は弱い。まことに弱い。そうした支援活動
は、まだまだその人たちの極々周辺でしか起こっていない。
 決して社会全体が声を上げて抗議をし、改変を迫っているわけじゃない。孤立無援の状態といっていいだろう。

 私は一人でも多くの人が、一日も早く今ことに気付き、連帯して、奴隷労働社会を打ち破り、奴隷によって潤って胡坐を掻き、ふんぞり返っている亜犯罪者達を懲らしめて欲しいと願っているんです・・・よ。
 まずはこの問題に関心を
抱き、無関心を捨てて欲しいと、願っています。

 そこからしか、
すべてのことは始まらないから・・・。07/10/25〜26寄稿 (NT)

      





















071102

 「わくわくストリート」から思うこと

 高槻センター街の天井を美術館に見立てた、第7回「わくわくストリート21」が開催されている。
 幼稚園、小学校、中学校美術部、若者の同好会等の34団体が参加している。
 それぞれの団体の中に、言い出しっぺがおり “ああでもない、こうでもない” と団体内で討議を重ね制作に至ったことだろう。それを想像すると愉快になる。「動物会議」「未来の希望」とか勝手にタイトルを付けてみるのも楽しくなる。

 今、このようなイベントが、地方都市の中心市街地で、暮らしに便利な「まちなか」を再生させる取り組みとして話題になっている。
 高槻市もこのような活性化をねらって、4年前からTMO構想(Towm Management Organization)を実施中だ。
 これは、高槻市が策定した中心市街地活性化基本計画に基づき、まちの持つ独自の文化、歴史等の資源や商業をはじめとした多くの機能を生かして、賑わいのある魅力的なまちづくりを行うために商工会議所の中に設置されている。
 「わくわく」は地域のイメージアップ事業や販売促進活動なのであろうが、すっかり定着したといっても良いのではないか。

 日本全国で商店街や中心街の空洞化が話題になって久しい。
 98年施行の「中心市街地活性化法」に基づき、全国約700地区が活性化計画をまとめ上げたが、実績、成果を上げたのは数都市であったという。
 最近の商店街の話題はもっぱら大阪天神橋界隈だ。日本一長い商店街を誇る天神橋筋は、これまで色々と知恵を絞ってきた。空き店舗をカルチャーセンターに衣替えし、「赤ちゃん写真展と育児相談」「大塩平八郎の反乱」「修学旅行生の一日丁稚」「天満切り子の復活」等の地域活性化の試行錯誤を重ねてきている。

 天満宮の敷地に上方落語の小屋「天満天神繁昌亭」が出来て丸一年。
 連日満員御礼とか。この建設費の寄付金集めにも商店街は積極的に買って出た。その結果、繁昌亭がもたらした経済効果は新聞報道だが116億円だとか。一日の通行量も2万人を超えるようになったとか。(MY)

   


071102

「ひらかたNPOフェスタ2007(10月21日)」の見学

 「たかつき市民活動ネットワーク」の理事として、いつもご支援いただいている堀野さんのフィールド・サプリ村野で開催されたフェスタを見学してきました。

 まずは、旧中学校の校舎が丸ごと市民活動の場になっていることに、うらやましく感じました。高槻のサポートセンターとの予算の規模(約4倍弱)と比較するのはどうかと想うが、運営の規模や多面性そして内容面はそれ以上だ。

 特に感じ入ったことは、2階以上の各教室が登録団体の居場所となっていることだ。フェスタ全体の印象はちょっと懐かしい「学校・文化祭」を彷彿させました。1日だけのイベントでしたが、「市政施行60周年記念事業」として、1ヶ月間に渡って実施される「子ども応援ビッグフェスタ」のオープンの一コマとして、位置付けられていました。セレモニーに続いて消防団の放水から始まり、ボーイスカウト、全労共済、菊人形の会、近郊農家の朝市等広く関連団体を呼び込んでいること。後援が大阪府というのも、さすがのセンスですね。

 ブースの中で、特に興味をもって話し込んだところは、「地域通貨(ひらり)」のリーダーの方の苦労話と45の小学校を拠点に、子供達と地域大人の交流を狙った「ふれ愛・フリースクエア」事業でした。この「二つの推移を今後も観察したい」とお土産を頂いた気持ちでした。

 2時間の滞在中、堀野さんはほとんど校門の前に立って、駐車場への誘導に御奮闘でした。やはり「百聞は一見にしかず」ということでした。(MY)

  



071027

 「終身雇用が崩壊し、生き方のモデルがなくなった。フリーターになって数ヶ月で、この生活からの脱出は難しいことにも気がついていた。
 因みに06年の経団連アンケートでは、「フリーターを積極的に採用したい企業は1・6%。生殺しのように少し上のバブル世代の華やかさの幻影だけがちらついていた。バブルの時代に10代を過ごした私(雨宮さん)は、「頑張れば上昇できる」という幻想に尻を叩かれ、不毛すぎる受験戦争を戦わされてきた。中学時代はちょうど校内暴力の嵐が過ぎ去った後の超管理教育時代で、その副産物である壮絶ないじめの被害者にもなった。
 それでも「頑張れば上昇できる」努力すれば報われる」という「大人」たちの言葉を信じて、いじめで半分
ノイローゼになりながらも勉強し、成績上位をキープし続けた。いい会社という神話の中で、そうすることが
幸せになれる一番の近道のはずだった。」
 
 この文を読んで、私達大人はなんて彼に応えたらいいんでしょう?これでも私達は彼らがずるけ者だと言い張るんでしょうか?言い張れるんでしょうか?

 
 「自分が社会にでた途端に・・・頑張っても全く報われない時代・・・が到来したのだ。{完全自殺マニュアル}前書きの、「どこかの会社に入社して」というところから躓く若者たちが量産された。
 二十歳にして、私は漠然と自分の将来はホームレスだはないかと恐怖していた。なぜなら、900円程度の時給で週に5日、一日8時間働いても収入は15万円に満たないからだ。そこから家賃、光熱費、生活費、食費、各種保険料を捻出することは至難の業で、いつも親に泣きついていた。
 いまは親が働いているからいいものの、10年後、20年後、親がいなくなったときをにどうなるかを考えるとゾッとした。
 
 どんなに働いても楽にならない生活。フリーターである限り、昇給もなければボーナスもない。そして、そこからの脱出もほぼ不可能。右肩上がりなのは若年失業率だけだ。」
 
 私だったら気が狂いそうな人生に、暗澹とするばかり。
皆さんはこれを読んで、どんな感想を抱くでしょうか?この人生が自分の子に起こっているとしたら・・・そして、現実にはどうしてやることも出来ないとしたら・・・。
こどもの不甲斐なさを詰り、責め立てるでしょうか?
そして、若者がこんな状態でなぜオウムに入信していくのか、それがよく手に取るように分かってきました。
現世に極限的に絶望しているのですから、そしてオウムの中では若者は活き活きと暮らしているのですから、少なくとも目的を持って・・・。


 その後雨宮さんはリストカット・自殺・オウム・戦争映画への耽溺・右翼・左翼・北朝鮮・イラクなどに走ったり、溺れたり、強く心を惹かれたりする時期を経る・・・のでした。然し、そのどれにも、どこにも彼の居心地のよい場所を見出すことができなかったと、告白しています。
 こうした精神の模索をあてもなく続けている若者に多数出会ったと、雨宮さんは言っている。
 
 ペダンティックな言説を説き続ける左翼にも飽き足らなかったし、小林よしのりにも、新しい歴史教科書
をつくる会のも、右翼の会にも・・・心は満たされなかった等等と・・・。
 
 「99年、もう一つのインパクトがあった。それは、日経連の報告書・・・新時代の日本的経営」だ。
不況に直面し、財界は働く人を「長期蓄積能力活用型」「高度専門能力活用型」「雇用柔軟型」の三つに分けようと提言した。幹部候補生になる正社員層と高度なスキルを持つスペシャリスト、そして使い捨ての激安労働力だ。
もちろん、フリーターを始めとする非正規雇用は「雇用柔軟型」に含まれる。
このことを知った時、激しい怒りがこみ上げてきた。99年までにフリーターだった私は、いつの間にか勝手に「雇用柔軟型」に分類されていたのだ。どう努力しようと、まったくもってやはり無駄だったのだ。」
 
この文に出会うと、言葉を失ってしまう自分を発見しました。


 「それから12年。非正規雇用率は33・7%と、働く人の三人に一人。見事に「新時代の日本的経営」が目指した通りになっている。そして非正規雇用層からは。働いても食べていけないほどのワーキングプアが続出し、とうとう私と同世代のフリーターからホームレス化が始まった。
ネットカフェ難民という形で。私がフリーターだった10年前、恐れていた最悪の予想が的中してしまった。」
 
ーーー雨宮さんは2000年に一冊目の本を書いて脱フリーターした。以来ずっと若者の生きづらさや自殺の問題に取り組んできているーーー
 
 「死にたい、生きていたくないと訴える若者達と接しながら、出口のなさを感じている。02年から20代の死因の一位を独走する「自殺」。減らない周りの自殺者。私の視線はずっと彼らに向いている。
 しかし、その生活状況に視線を移すと、自分自身がフリーの時にそうだったように、不安定な生活が浮き彫りになってくる。
 このままではホームレスになるかもしれないという恐怖。フリーターの自分を責める気持ち。そして正社員層も過労から鬱病を発症させている。05年度、精神障害で労災申請、認定数の六割を占めるのは20代、30代だ。」
 
このような生き地獄のような生活をデザインしたのは誰?
 
少なくとも直接的には、財界に巣食う頭の切れる大卒の皆さんたち、そしてそれを督励する財界のオヤジたち・・・じゃない? それとつるんでいる政治家達じゃない? 彼らこそが社会悪の権化じゃない?その元を断たないで、真の意味の救済策なんてあるのだろうか?
ところがこうした連中は社会の上層を形成していて、尊敬なんか集めてさえいるんですよね。
そして、教育だの愛国心だの若者の精神荒廃だのと嘯いているんじゃないの?企業は株主の為にあるとか言っちゃって。
 
そしてそしてその大元にいるのがアメリカの政財界の元締め連中・・・と、まぁ、こういう構図になるんじゃないかしら。
としたら、弱い若年労働者に何が出来るっていうんでしょう?
彼ら一人一人に、あんた、努力が足りないよって、言うの?そりゃないだろうって!
 
違うだろうか?お父さん、お母さん!と、私は言いたいですね。やんぬるかな・・・今の政党にこうした若者の立場に立って彼らを本当に代弁する気概の議員は居ない!なぜなら彼らはその苦境を誰一人経験していないだろうから。働きの世界の中でいじめに遭っていないだろうから。
 07/10/20〜24寄稿 (NT)
  












































071026

「みんなの家」の刻字看板ができました!

念願の「みんなの家」の表示看板が2枚出来上がりました。
 京都府下、木津川市在住の「城野草心」先生の手になる作品です。城野先生は現在、全国刻字協会審査員、京都勤労者書道連盟・副審査委員長の役職に就かれ、宇治から京都にかけて、沢山の門下生の指導をなされています。
 毎年石山寺の奥・寿長生の郷で、個展を10年以上に渡って続けられています。また、毎日書道展の優秀作品としてセレクトされ、フランス・パリでの展覧会に招聘出品されています。

 「みんなの家」の看板がその内その内でなかなか実現しません。つい見かねて、差し支えなければと言い出したのが運の尽き。頼んでみよう、「駄目で元々」の精神で厚かましくも依頼してみることにしました。しかも、謝礼なしで。
 京都市立美術館でお会いするチャンスをいただきました。みんなの家の写真と、看板2枚の設置の位置。および大きさを説明。たかつき市民活動ネットワークの誕生からの経緯。そして、この団体が、家主さんを始め、みんなの善意の気持ちで支えられていることと併せ、まちづくりは地縁から智縁の時代になりつつあることを、情熱を込めてお話させて頂きしました。
 またまた、インビジュアル・ソフトの体験をすることが出来ました。大好きな言葉・坂村真民さんの「念ずれば花開く」を。(MY)


 坂村真民さんは、仏教詩人で、 四国松山の外れにタンポポ塾を主宰。ポピュラーなのが「念ずれば花ひらく」の詩です。「真剣に想い続けるていると、実現が叶う ものだ」の意に受け止めています。 昨年末亡くなりました。