カフェマニア宣言
 [1] はじめに、または22世紀のカフェ考古学者に宛てた手紙

■INDEX

[1] はじめに

[2] 東京カフェの分類

[3] 東京カフェの歴史
(本に収録しました)

[4] カフェマニアの分類
(本に収録しました)

[5] カフェマニアのゴールデンルール
(本に収録しました)
22世紀のカフェ考古学者へ
●ごあいさつ

こんにちは、サマンサこと川口葉子です。このページを見てくださってありがとう。恥ずかしいので小声でごあいさつしますね。小学生の頃は考古学者になりたいと思っていました。




●生まれては消えていく街猫たち

カフェは街の猫のようなもの。ある日急に思いがけない路地に現れて、散策者を誘います。
愛嬌たっぷりの猫。つれない猫。気持ちの通いあう猫。身繕いに余念のない猫。誘われるままに腰をおろして、猫と一緒に街を眺めると、歩行するだけでは見えない風景が見えてきます。

けれども、猫はいつか必ずふっと姿を消してしまいます。私たちは彼らが消えたことを知らないまま生活を続けていきます。
別れたことに気づかずに、永遠に別れてしまったものたち。


●Gnossiennes
ひとつ、どうしても名前の思い出せないカフェがあります。

15年ばかり前のこと。クレヨンハウスの先に、表参道の喧噪を離れてひっそりと、蔦に覆い隠されたカフェがありました。当時の彼と二人で愛用したお店です。

アンティークの椅子を配した店内。コーヒーを飲みながら聴くともなく聴いていたサティのグノシェンヌ。……それはゆるやかな散歩のリズムで進んでいく音楽でした。思えばサティもまた、毎日のように安カフェに通い続けた都市歩行者だったのです。

現在、すでにそのカフェは存在していません。そして私はその名前すら覚えていません。だからといって、とりたてて感傷があるわけでもなく。…もうあの場所と時間はないんだな、と思うにすぎません。


●幸福の無数の断片
2000年。東京には新しいスタイルのカフェが生まれています。長命か短命かわからないたくさんの猫たち。いつも行くあのカフェも、1ヶ月後にはなくなっているかもしれません。
だから言葉で、カメラで、今ここにしかないカフェの空気を切りとっておきたいのです。懐かしむためではなく、ただ「あのとき、東京にはこんな風景があった」と言うために。

とうてい私1人で記録しきれるものではありません。だから、現在のカフェの空気を知っていて、その中で憩う人々が、この場で一緒にお喋りしてくださったらと思います。カフェについて語られた言葉のひとつひとつが、カフェのかけらだから。


●22世紀のカフェ考古学者に宛てた手紙
22世紀になってもまだカフェは生き続けているでしょうか? 100年後の首都は東京?

私はひそかに、100年後に誰かがふと「21世紀はじめのカフェにはどんな空気が流れていたのだろう?」と思って、幻の東京カフェ調査に乗り出す日を夢想します。

私の大いなる野望は、その誰かが、インターネットの海底深くにひっそりと眠るこのページにたどりついて、21世紀のはじめに確かに東京に存在した風景を発掘してくれることなのです。
 東京カフェマニア
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