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東京都武蔵野市吉祥寺本町2-13-4
Tel 0422-22-9107
Open 9:30〜22:00
月休
茶房 早稲田文庫の記憶
東急本店の裏に武蔵野文庫がオープンしたのは1985年6月のこと。カレー探訪をする人々が吉祥寺に来ると、まめ蔵やくぐつ草と並んで必ず訪れることでも有名ですね。
2003年のある日、それまで「カレーの美味しい喫茶店」「古い時代の記憶が残る喫茶店」だった武蔵野文庫は、私にとってもうひとつ別の物語を持つお店になりました。それはオーナーの日下茂さんにお話をうかがったことで明らかになった、とても小さな物語です。
サマンサ:あそこに飾ってあるのは井伏鱒二の直筆ですか?
日下さん:そうです。以前新宿の美術館で「琥珀色の記憶」という展覧会が催されて、青蛾という伝説の喫茶店の店内が復元されたんですが、主催者があの額を借りにいらっしゃいましたよ。
サマンサ:へええ…。このお店を始めたきっかけは?
日下さん:もともと学生街の喫茶店で働いていて、いつか自分の店を持ちたいと思っていたんです。その店の場所? 早稲田大学の正門前にあったんですが、それが「茶房」といいまして。もう随分前になくなってしまいました。
サマンサ:あの、ローマ字でSABOと書いてあった…茶房・早稲田文庫?!
日下さん:そうそう。
サマンサ:私は早稲田の学生だったので、何度か茶房に行っています!
日下さん:ああ、そうなの! 私はずっとあそこで働いていたんですよ。井伏鱒二の額も早稲田文庫が閉店するときに譲り受けたものだし、あなたがさっき見ていた本棚の本も、早稲田文庫にあったものです。
サマンサ:うわ、そうだったんですか! 早稲田文庫はなぜ閉店したのですか?
日下さん:まず、建物が老朽化して雨漏りしてたし(笑) もともとオーナー夫婦が二人でやってたお店でね。おじさんが亡くなってからおばさんが10年くらい続けたんだけど、おばさんがまだ元気なうちに店じまいしようかと。最後の頃は売上も少なくなっていたしね。閉店のときには反対運動なんかもあったんですけどね。
サマンサ:本当にもったいなかったですよね…。このカレーは粉から手作りしているんですよね?
日下さん:はい。早稲田文庫のおばさんのレシピです。れもんケーキもそうですよ。
早稲田文庫が学生たちに憩いの場を提供した35年間と、武蔵野文庫が歩んできた18年間をあわせて、53年分の歴史を煮込んだカレー。奥深い味わいは、煮溶けてしまわないよう途中で引き上げる大きなジャガイモと鶏肉がポイントです。器も早稲田文庫が使ったのと同じ、博多の小石原焼です。
コーヒーブラウンの木が美しい店内は、日下さんが「流行に左右されず、時がたてばたつほど味わいの出る店を」とデザイナーに注文したもの。壁を塗り替えた以外は、1985年の開店当時のままだといいます。
日下さん:嬉しかったこと? そうねえ、開店して間もない頃に、夏のとても暑い日だったんですが、よぼよぼの…こんなことを言っては失礼ですが、本当によぼよぼの杖をついたおばあちゃんが入ってきて、暑さがこたえたんでしょう、「アイスクリームありますか?」と言って、アイスクリームを召し上がって帰ったのは嬉しかったですね。それだけのことなんですけどね。
茶房早稲田文庫に数えるほどしか行ったことがなく(なにしろ私の在学中になくなってしまったのです)、茶房武蔵野文庫の常連客でもない私は、生まれては消えてゆく東京の喫茶店たちの中にあって異例とも言えるその長い歴史について語ることができません。学生時代を過ごした街についても、学校についても、正直なところそれほど思い入れを持ってはいません。
それでも、20年近く昔に友達と食べたカレー、友達と飲んだコーヒーに、そうとは知らずに再会していたという驚きは、私の中に小さな小さな物語を作ってくれたのでした。 (2003/3/6)

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