
旅に出るほんとうの理由は、誰にも説明できないような気がします。未知の風景、人との出会い、異文化への興味、日常からのエスケープ。そんなさまざまな納得しやすい理由のほかに、別の理由が自分の中に潜んでいる気配を感じるのです。でも、その正体をどうしてもつかまえることができません。
いったいなぜ、知らない人々が住む知らない土地にわざわざ出かけ、道に迷いながらぼんやりと風景を見てまわり、風にばかり吹かれて、疲労感とともに帰ってこなければならないのか。そもそも、めざすべき目的地をどんな理由で選ぶのか。
それでも私はたびたびバッグに荷物を詰めて、ひとりで家を出ずにはいられません。旅するという行為は、ある種の人々にとってはオブセッションなのかもしれません。
「旅人というのはつまり一番だまされやすいたぐいの人間で、
もう少し先に何かあると思って一生でも歩きつづける」
旅の先達、池澤夏樹が書いた言葉。旅行中にはいつもこの一節を思い出します。いま自分が横切っている場所の美しさは充分に感じていて、一滴残らず味わいつくしたいと思っているくせに、道を曲がればさらに美しいものが隠れている気がして、その先へと移動せずにはいられないのです。もっと先へ、もっと深く。
そのような移動を繰り返すうちに、これもまたいつものように胸の奥で渦巻き始める苦い言葉があります。英国の旅行作家ブルース・
チャトウイン48歳の遺作となった本のタイトル"What am I doing here?"
―どうして僕はこんなところに。
チャトウィンが描き出したパタゴニア。オーストラリアの荒野にアボリジニの歌をたどる旅。アフリカ西海岸ではクーデターに巻き込まれ、アフガニスタンでは軍に捕えられる。彼は、移動が自分のオブセッションなのだと書き記します。
11月の終わり、東京よりずっと冷えこんだ黒磯の町は、私が生まれ育った北関東の町を小さくしただけの、およそ旅行者を惹きつける魅力とは無縁の町に思えました。そこに、このカフェ。
ドアを開けると、凛とした空気が迎えてくれました。午後2時、オープンしたばかりの時刻です。重たげな古いミシンの脚がついた小さなテーブルを選んで、森のブレンドと名づけられたコーヒーと、スタッフがすすめてくれた”黒い森”を意味するさくらんぼ入りケーキを注文。
ひっそりした気配をまとう古いモノたちに囲まれて過ごす、満ち足りた時間。この空気の気持ちのよさの正体は何なのでしょう。
そこにさりげなく満ちていたのは、<良いもの>への希求でした。おいしいコーヒー、本、心を鎮める音楽。居心地のいい片隅、スタッフの笑顔、メニューのそれぞれに添えられた小さなひとこと。角砂糖に綴られた言葉、野の花。肩肘をはらずに、でも妥協はせずに、自分が納得のできる良い場所をつくりたい、そんな作り手の真摯な希求。
このカフェがあるからこそ、黒磯に足をとめた旅人は、どうして私はこんなところにと思わなくてすむのです。一杯のコーヒーを心ゆくまで味わえる空間は、自分がそこにいる理由を与えてくれます。CAFE
SHOZOは素晴らしい吸引力をもって、黒磯の町を「訪れてみたい魅力的な目的地」に変えてしまいました。
「知らない町で一軒のカフェに出会うだけで、その町がいつまでも記憶に残る場所になることもありますよね」と、オーナーは言いました。
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