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島梟
しまふくろう
石垣市大川
293-1
シネマ万世館東
11:30〜翌3:00
不定休
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| Tel 0980-83-1711 |
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いつも思うことですが、散歩中に偶然カフェを見つける嬉しさは、雑誌でカフェを探すことの百倍以上。散歩中にはっとする人に出会うほうが、結婚相談所で出会うよりきっと嬉しいのにも似ているでしょうか(笑)
その喜びを甘受するために、私はなるべく情報を遮断するようになりました。自分の足で街をぶらぶらして、ご縁のあるカフェに出会うべくして出会う、それが一番楽しい。旅先でも同じです。(この頁を読んでくださったかたも、石垣島にいらっしゃる機会があったら、いったん忘れていただければ嬉しいのです)
石垣島の民宿の庭先はどこも濃い紅色のブーゲンビリアやハイビスカスの花に覆われていて、遠くからでも目をひきます。民宿「楽天荘」を包み込む鮮やかな花々に誘われてなんの気なしに入り込んだ小路に、こんな良いカフェを見つけた嬉しさときたら!
流れているのはJAZZ。イームズの椅子と白いガーデンチェアが無造作が並ぶカウンター、ゆったりした中古ソファと木のテーブル、玉砂利を敷いた突き当たりのコーナーに柳宗里のバタフライスツール。自然な色調の木の床も、なんともいい感じです。
窓側の椅子に腰をおろし、3種類あるケーキの中から一番人気というパンプキンケーキを選んで、チャイとセットで注文(\600)。正直、味にはそれほど期待を抱いていなかったのに、ひんやりしたケーキはカボチャの密度となめらかさ、自然な甘みが絶品でした。メニューは他に日替わりご飯(\800)や「ちょっとごはん(\500)」など。
笑顔で応対してくれたのは、ご夫婦でお店を経営している石垣ヒサヨさん。オープンは2003年11月とのこと。
「お店を始めた動機ですか? そうですね、自分がくつろげる場所が欲しかったのかな。私は石垣島の人間ですが、10年前に東京の奥沢に住んで3年間働いたことがあるんですよ。最初の2年は高速道路を点検する仕事(笑) 最後の1年はあちこちの飲食店の厨房で働きました」
お店のインテリアを手がけたのはヒサヨさん。もともと趣味で集めていた椅子をお店に運び入れたのだそう。
「自宅は畳なんです。そこに椅子を置いていたら、主人に『いつか畳の神様のバチが当たるぞ!』と脅かされて(笑)しまいこんでいたのですが、お店を始めたので椅子を置く場所ができました」
夜はお酒主体になります、と教わり、数日後、西表島に2泊してから再び石垣島に戻って、夜8時過ぎに島梟を訪れてみました。食べ物のメニューは島豆腐やスクガラスなどのおつまみ系。泡盛をロックで飲みながら(\500)、もずく(私はもずくマニア)と、わたをのせた島豆腐をつついていると、体操服姿の4人の男性が現れました。くつろいだ様子で宴会を始めた彼らは、なんと石垣市教育委員会の人々。彼らはすばやく椅子を寄せて私の席をつくり、どうぞご一緒にと声をかけてくれました。
持参の「塩せんべい」をかじりながら泡盛のお湯割りを飲む彼らは(一袋は私におみやげだといって持たせてくれました)、穏やかで気持ちのいい人たち。
話の途中で<この島で一番多い姓>である宮良さんがおっしゃった「明日東京に帰るって? いい出会いっていうのは、必ず旅の最後の日にあるんだよね。そして決まって、ああ、もう1日あったらなあ…って思うんだよね」は、このうえない真実味を帯びた言葉として私の胸に残りました。
途中からヒサヨさんも宴席に加わったのですが、驚いたことに、彼女はBEGINのギタリストの妹さんであることが発覚。同席した人々が教えてくれなければ、そのままずっと知らずにいたでしょう。(東京に戻ってからやっと、島梟という店名は「島袋」の…?!と思い当たりました)
おまけに彼女はBLUE CAFEの大田さんのいとこ! 島では芋づる式(?)に友人知人ご親戚がひろがっているようです。
お店の片隅にはギターがたてかけられていましたが、貸スタジオも経営しているJAZZ好きのオーナー(ご主人)が気が向けば手にとって弾き、お客として訪れるミュージシャンたちも加わったりするのだそう。このカフェの夜の風景、それは島の空気と音楽と、人のつながりに満ちているのです。そんな風景の一部に自分も少し参加していたことを、今、東京であたたかな湯気に包まれるような気持ちと共に思い出しています。
TEXT and PHOTO by SAMANTHA , 2004-01 |
| ▼場所:「ゆいロード」の一本北側の細道。「スーパーホテル石垣島」の近く。 |
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