ウィッカーマン The Wicker Man 〜恐怖としてのモラル
監督:ロビン・ハーディー
1973年作品
世の中に「カルト」と呼ばれる映画は数々あれど、この映画は正真正銘、カルト中のカルトと呼ばれている傑作です。公開当時海外で非常に高い評価を受けたものの何故か日本では未公開、ビデオも廃盤でまさに幻の作品。今回が日本初公開です。しかも物議を醸す内容だったため、何度もカットされたり編集し直されたりして様々なバージョン違いが存在しているところも実にカルトらしくてよろしい(笑)。
ことほどさようにスゴイ作品らしい(何せ日本初公開だから私も当然見たことがない)、という噂にワクワクしながら見に行ってまいりました。こんなカルトな映画じゃ見に来る人なんてたいしていないだろう・・・とタカをくくって開演直前に上映館に行ったらなんと黒山の人だかり。客層は3割が映画マニア、7割が雑誌の情報などを見て「カルト・ホラーだって、面白そうじゃないの?」ってな軽いノリで来たと思われるカップルや女の子同士のグループといった感じで、満員御礼立ち見続出の中、私はちゃんと座ってじっくり堪能してきました。
「ウィッカーマン」は「カルト・ホラー」の傑作として知られていますが、怖い思いをしたくて見ると肩すかしを食います。いわゆるジャンル映画としてのホラー、つまり観る人をハラハラドキドキさせながらもラストには必ず善が勝ってメデタシメデタシ、というカテゴリーからは完全に逸脱しているからです。この作品にはゾンビも悪霊も殺人鬼も登場しません。でも、だからといって「怖くない」わけではまったくありません。この作品で語られているのはゾンビよりも殺人鬼よりもずっと現実的でずっとコワイもの。それは「恐怖としてのモラル」です。
ストーリーは単純。スコットランドの孤島サマーアイル島で行方不明になった少女を捜すため、本土からハウイー警部が単身捜査に訪れます。この警部は厳格なクリスチャンなのですが、彼が上陸したサマーアイル島は実は古代ケルトの男根崇拝主義的原始宗教が深く根付いている異教の島でした。島の住民達は、クリスチャンの警部にとっては理解の域を絶する変人ばかり、しかも全員事件のことを隠そうとします。疎外感を感じながらも捜査を進める警部は、行方不明の少女がどうも異教の祭りで生贄にされるらしい、という結論に達し、祭りの当日少女を救い出すことに成功します。しかし、そこには大きな罠が・・・
原始宗教を深く信仰し、声高らかに卑猥なフォークロアを歌い、夜な夜な野外で公然とセックスを楽しむ島の住民を見て、ハウイー警部は「不潔だ」「神はどこにいる」と嘆きますが、島民達には島民達の神がちゃんと存在しているわけで、猥歌も公然セックスもちっとも不潔なものではありません。彼ら島民の底抜けな明るさは、善とか悪とか正義とかといったいわゆる「モラル」がいかに相対的で頼りないものであるかということを端的に表現しています。そこに気づけば警部も多少は気が楽になったのかもしれませんが、キリスト教的モラルの呪縛から逃れることのできないハウイー警部にとっては島民が異教の蛮族にしか見えず、次第に精神的閉塞感にさいなまれていく過程はまさに「ホラー」の名に相応しく、薄ら寒い怖さがあります。
しかし、この映画の怖さはこれだけでは終わりません。「ウィッカーマン」がカルトたりえた真の理由は、モラルの相対性を暴き出しておきながら、人間はそのあやふやなモラルというものに固執しなければ共同体を維持することができない、という社会的事実を眼前に突きつけたことにあります。島の領主・サマーアイル卿(ドラキュラ役者クリストファー・リーが怪演!)は、登場人物の中でただ一人、たぶん双方のモラル(キリスト教と原始宗教)を理解している人物です。それにも関わらず、島の産業を豊かにするため原始宗教を復活させた先代領主の後継者として、彼は島民の先頭に立って生贄の儀式を指揮し、満面の笑みを浮かべながらハウイー警部を焼き殺さねばなりません。この笑顔の怖いこと! 共同体を守るためにはキリスト教でいうところの「殺人」(原始宗教のモラルではそれは「殺人」には当たらないのですが)をも厭わない、共同体の指導者の責任を背負った男の決然とした表情が印象的です。炎に包まれていく警部に向かって「これで君は殉教者だ」と叫ぶサマーアイル卿。この一言が、卿にとっては警部に対するせめてもの贖罪ではなかったのでしょうか。
この映画は、ストーリーを乱暴に簡略化すれば「キリスト者が異教徒に殺される」という話です。そのため、公開当初は欧米各国でいろいろと物議を醸し、そのために配給元がころころ変わったりもしたようです。確かに、キリスト教徒にとってはかなり気味の悪い話でしょうね。でも、この映画の怖さはキリスト教徒以外でも理解できる怖さではないでしょうか。この物語で敗北したのはキリスト教そのものではなく、キリスト教的モラルに固執して他のモラルの存在を容認することができなかった警部自身の価値観である、と私には思えたからです。警部みたいな人、現実社会にも時々いますよね。だからこそ、「ウィッカーマン」はリアルな恐怖がじわじわと身にしみる、まさに「ホラー」なのです。映画館を立ち去りながら「あんまり怖くなかったよね〜」と話していたカップルさん達、その辺に気づいて欲しかったなぁ。