イベント・ホライゾン Event Horizon 〜ハードSFの復活

監督:ポール・アンダーソン(同姓同名のSF作家とは無関係だそうです(笑))

1997年作品

 SF好きには、「クラーク派」と「ブラッドベリ派」の2種類がいるそうです。まず最初は、だいたいみんなアシモフのジュブナイル版あたりからSFにハマる。アシモフの短編集などを一通り読んだ後、次にどの作家のご贔屓になるか? ここでA・C・クラークを選んだ人はその後ハードSFの道を歩み、ブラッドベリを選んだ人はファンタジー系SFの道を歩みつつタニス・リーあたりにもハマる(笑)とまぁこういう具合だそうな。女性のSF者の大半はブラッドベリ派だそうですが、私はどちらかというとクラーク派ですかね。ブラッドベリ系SFの雰囲気も嫌いではありませんが、ハードSFが醸し出す硬質な世界観や魅力的なガジェット、どこまで本当でどこから嘘かわからない最新理論(?)など、いかにもSFSFした雰囲気が大好きなんです。

 しかし、まもなく21世紀を迎えようとする現在、既にリアルはSFを超越してしまいました。かつてはSF定番の夢物語だった宇宙ステーションや火星旅行だって予算さえ付けばいつでも実現してしまう現代にあって、ハードSFは大変な苦戦を強いられています。SFというジャンルそのものが沈滞化してしまった今では、SFのテーマは自然科学から人文社会科学方面へと拡散を続けていますが、以前の元気はどこへやら・・・そんな中、ハードSFという最も難易度の高いジャンルに敢えて真っ向から挑戦した映画が久しぶりに登場しました。それが、「イベント・ホライゾン」です。

・・・が、この作品のクセモノなところは、ストーリー自体はバリバリ「ブラッドベリ系」だということです(^_^;。もはやブラッドベリを超えてオカルトの域に達してます。印象を一言で言えば、「J・P・ホーガンが書いた「惑星ソラリス」」って感じですかね(「ソラリス」はオカルトじゃないですけどね)。はっきり言ってワン・アイデア・ストーリーなので、そのアイデアを受け入れられるかどうかでかなり印象が異なってくると思います。SFとオカルトという両極端なジャンルを融合させようとしたチャレンジ精神は称賛に値しますが、残念ながら私にはどうも最後まで違和感が拭い切れませんでした。後半に進むに従ってオカルト度が加速度的にアップするのですが、オカルティックな部分の映像表現がどうも陳腐なんですよね。SF部分の映像が非常に完成度の高いものだっただけに、ちょっと残念です。

 そう、この作品のハードSF面目躍如な点とは、まさにこの映像表現にあります。SFに登場する小道具は当然まだ実際に存在していないものばかり、でもSFとしてそれっぽい存在理由が与えられているわけです。その「実在しないけれど、一応それっぽい裏付けの理論は作られている」ものをいかにもっともらしく見せるかが、SF映画の一番の腕の見せ所であると共に、コケたら作品全体が一気に安っぽくなってしまう最大のハードルでもあります。この作品は、そのハードルをかなり高いレベルでクリアしています。SF的な嘘のつき方が、非常にスマートなんですね。物語の舞台となる恒星間宇宙船「イベント・ホライゾン号」の流麗なデザイン(まあ、ディスカバリー号の亜流と言われてしまえばそれまでなんですが(笑))から始まって、長距離宇宙飛行に耐えるための耐Gポッド、恒星間飛行により発生する磁場を拡散するための巨大な回転装置、壊れた宇宙船の修理方法、未来の医療器具、無重力の宇宙船内部に漂う生活用品の数々etc.etc.・・・こうした魅力的なガジェット群に加えて、この手のSFお約束のマッド・サイエンティストまでおまけについて(笑)、まだSFというジャンルが元気いっぱいだった一昔前のSF映画を彷彿とさせてくれる雰囲気たっぷりなのが、SF者としては嬉しい限り。特に、恒星間飛行を可能にするために作り出されたブラックホール発生装置とそれに付随する磁場拡散装置の禍々しい美しさは、特筆に値します。「SFとは絵である」ということを久々に実感させてくれるガジェットですね。

 ただの宇宙船に何故「イベント・ホライゾン」なんて意味深な名前を付けたのか、その答えがこのブラックホール発生装置なわけですが、この作品では「イベント・ホライゾン」という言葉にもう一つの意味が込められています。恒星間飛行に挑んだイベント・ホライゾン号が超えたのは、「事象の地平線」だけではなかった・・・もう一つの答えは、映画を見てのお楽しみ。

 このストーリーを面白いと見るか、荒唐無稽と見るかは貴方次第。勧めるこちらとしてはただ一言、「ガジェットに酔え!!」って感じですね(笑)。SFは絵だ!

 

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