監督:トニー・スコット
出演:カトリーヌ・ドヌーヴ/デヴィッド・ボウイ
1983年作品
また吸血鬼モノです。が、前回レビューした作品とは180度異なる作品です(笑)。見て下さい、上記の出演者。この二人が、話の中心となる吸血鬼カップルを演じます。まさに絵に描いたような美男美女の吸血鬼、前回レビューした作品とは違って吸血鬼モノの王道を走ってますね(しつこい(笑))。だからといって、中身も吸血鬼モノの王道を走っているのかと思いきや、そうは問屋が卸さないところが、この作品をここで取り上げる所以です。
現代のニューヨークで人間に紛れてひっそりと暮らす美貌の女吸血鬼・ミリアム。傍らに寄り添う愛人の吸血鬼・ジョンは、中世のヨーロッパでミリアムと出会い、彼女に愛されることによって吸血鬼の力を得、以来ずっと彼女と共にいる。しかし、生まれながらの吸血鬼であるミリアムと後天的に吸血鬼となったジョンとでは、その力に大きな差があった。ミリアムは定期的に人間の生き血を吸うことで永遠の若さを保つことができるが、ジョンは若さに限りがあるのだ。いくら生き血を吸ってもそれは防げない。そして、ジョンには遂にその時が−−−老いる時がやって来たのだった。数百年保ち続けてきた自らの美貌に固執し、悪あがきしながらもみるみる年老いていくジョン。そんなジョンの姿を見てミリアムは涙を流すが、彼女の心は既にジョンの元にはなかった。老いさらばえて動けなくなったジョンを霊安室の棺に押し込めると、ミリアムは新たな愛の対象を狩り始める。彼女の目に留まったのは、現代的でかつ知的な女医・セーラだった......
作品のタイトル"The Hunger"は、直訳すれば「渇望」。このタイトルを見て、最初は「吸血鬼モノだし、やっぱり『血への渇望』を表してるんだろうな〜」と軽く考えていたのですが、実はさにあらず。血を吸うシーンはそれなりに登場しますが、吸血鬼モノ特有のオカルティックな描写はそんなにありません。また、ミリアムもジョンも、若さを保つために血を吸いはしますが、決して血に飢えている、といった浅ましい行為は微塵も見せません。二人とも実に古風で優雅、泰然と構えています。では、何に対する「渇望」なのか?......吸血鬼・人間の別に関わらず、この作品に登場するキャラクター全てが飢えているもの、それは「愛」なのです。
そういう意味で、この作品はホラーではありません。純然たる恋愛モノです。しかも、現実の恋愛が往々にしてそうであるように、愛する者と愛される者のすれ違いが破滅を招き、哀しい結末を迎えます。中でも一番印象的かつ難解だったのが、ミリアムの愛。生まれながらの吸血鬼であり、永遠に歳をとることのない彼女は、まるで新しいおもちゃに飛びつく我儘な子供のように次々と愛人を作り、その愛人が年老いるとおもちゃを捨てるように棺に閉じこめ、新たな若い愛人を作ってまたそばに侍らせます。彼女の屋敷の霊安室には、彼女がこれまで愛してきた愛人たちの亡骸が...いえ、年老いたとはいえ生命だけは永遠なのですから、彼ら/彼女らは棺の中で動けないまま生きているのですが...累々と並べられています。こうしてみると、ミリアムはただの飽きっぽくて浮気症な我儘女にしか見えないのですが、老いぼれてミイラのように縮んでしまったジョンを抱きしめてさめざめと泣く彼女の姿には、どうも嘘は感じられないのです。ここから先は私の主観的な想像なのですが(^_^ゞ、彼女にとっては、これまで捨て去ってきた愛人達への愛も、ジョンへの愛も、紛れもなく真実なのですね。そんな彼女の愛が結果的に破滅を招いた理由は、彼女が常に自分の愛に対して「責任」を感じていなかったこと...彼女の愛はいつも自己の心の空虚を生めることにのみ力が注がれ、相手の心のフォローをするところまで気が回らなかったから、と私には思えたのです。
なんといっても不老不死の吸血鬼ですから、人間である私がその心中を100%想像するのは絶対に不可能なのですが(笑)、愛する者が老いていくのを目の当たりにしながらも自分だけは美しいまま永遠に生きていかねばならない、というシチュエーションは、たぶん想像を絶するほど辛いことなのでしょう。それは心情としてわかるのですが、ミリアムの愛はあまりに無責任すぎました。ジョンを捨てた後、易々と手中に収めたはずのセーラは、自らのうちに残された最後の良心を振り絞ってミリアムの目の前で自害します。ここではじめて、ミリアムは「自分の愛が自分自身にしか向けられていなかったこと」「愛人達の心が満たされていなかったこと」に気づくのです。このシーンでのミリアムの表情は、哀しみでも驚きでもありません。まさに「恐怖」の表情そのものです。茫然自失となって屋敷内を彷徨うミリアムの背後に忍び寄る数多くの黒い影...霊安室の愛人達が、ジョンを先頭に、ミリアムの愛を求めて蘇ってきたのです。ゾンビのような醜い姿をさらして、「愛してくれ」と手を差し伸べながら...恐怖のあまり階段を転げ落ち、みるみる急速に老いていくミリアム。それを見守る愛人達。愛人達の表情は老醜の余り定かではありませんが、私には何だか「ほっとしている」ような表情に見えました。きっと、このシーンは見る人によって感じるものが違うんじゃないかと思います。
不老不死のミリアムが、階段から落ちて頭を強打したぐらいで老衰して死ぬ、という結末はちょっと変なんじゃないか?とも言えないことはないのですが、ミリアムはたぶん怪我で死んだのではなくて、恐怖と悔恨の念に押し潰されて死んだのでしょうね。愛することの責任を取ることができなかった者と、愛されることに頼り切ってしまった者たちとが引き起こした悲劇。最近は「恋愛結婚」が流行なんだそうで(流行って言うのか、そういうモン?(^_^;))、TVでも雑誌でも街角でもラブラブな恋人達が花盛りですが、愛ってほんとはそんなに気軽で楽しいものじゃないはず。愛する側にも愛される側にも、相当の覚悟と責任感が必要なはずです。そんなことをつらつらと思い出させてくれるこの作品、いま恋をしている人に是非見てもらいたいですね。でも、ミリアムとジョンの二の舞はしないでね(^_^ゞ