
好きな音楽とか(基本的に全肯定)
The Chemical BrothersとSonic Maniaを蹴っていってきました。
飯田圭織卒コンへ。チケ代は1万5000円です。
いい席でした。
ブロックの最前列、最右列なので踊りまくり(狂いまくりといった方が正しい)です。
連番が僕のモーヲタの師匠なのでさらにテンションあがりまくりです。
涙と汗と鼻水を絞り出して来ました。隣で腕だけを振っていた人の眼には
さぞかし気持ち悪い生物が映っていたことでしょう。
思い起こせば飯田圭織さんがいたから僕は娘。にはまりました。
そのあと市井→チャーミー(石川のこと)→こんこん(紺野のこと)→ミキティ(藤本のこと)と
いくつかの変遷をたどって参りましたが、バンドでいうところのベースである飯田さんの姿には
一種の物語性がありました。常に陰にあって土台を支え続けた飯田さん。
なっちが陽であるならば、飯田さんは陰の存在です。
それでも僕にとってモー娘。とは、飯田さんそのものでした。
グッズも買わない、CDも買わない。
それでもテレビとコンサにだけは通っていた理由はこの物語性です。
こんこんがカラオケボックスで嵐のメンバーのナニをしゃぶっていたとか
いろいろな噂がありますが、僕は紺野あさ美が演じるこんこんが好きなのであって
メンバーがジャニーズとつきあおうが、なっちが押尾学と一晩中プレステをしていようが
ブラウン管とステージで娘。を演じてくれればそれでいいのです。
重要なのは娘が織りなす物語で、舞台を降りればトイレで何を出そうが
何をつっこまれようが、僕は見ないふりができます。
この先、どう考えても活躍できるとは思えない飯田さん。
卒コンで僕が流した涙は複雑でした。それでも最後、彼女がステージを降りるとき
「お疲れ様!」と叫んだときに僕が流した涙はたぶん純粋なものだったはずで。
今年中に決めて下さい。あなたには幸せになる権利がある。
応援しています。あなたがいたから娘。があるんだと。
モーヲタは今日で卒業するだろう。帰りの電車の中で漠然と感じました。
これからも娘を応援し続けます。それでも飯田さんがいなくなった時
7年前に始まったモーニング娘。は終わったんだなあと。
ありがとうございました。なんかよく分かりませんが。
(05/01/31)
まずはこちらを。オレンジレンジの「以心伝心」と
くるりの「ワンゲル」が酷似しているという件について。
こういう狭い音楽ファンを見るたびに、切なくなる。
狭いついでに無知で、それをたしなめてくれる人もいない現状。
ここを見ている人の大多数は、僕よりも音楽について深い造詣があるので
あまり音楽論のことでどうこう言うつもりもないのだけれど。
でもやはりこれだけは言っておかないと気が済まないので。
音楽の方法論なんて、所詮そんなに多くないわけで
そうした中で彼はルーツも分かってないのにパクるのは志が低いという。
インタビューで公然とパクってますといいきる彼らの「曲作りの倫理基準」は
ロックが突き詰めるところの志とか云々の問題ではない。
議論はそもそも話の立脚点がおかしいし、何よりも狭量にすぎる。
いまYUKIの新曲がくるりと似てるからとか言う話が盛り上がってたりする。
言われてみればよく似ているが、この手の音楽の構成なんて限りがある。
くるりだって所詮は何かのパクリにすぎないし、中村一義だってしかり。
何かをたどればどこかに行き着く。重要なことは
オリジナルをいかに発展させて自分のものにできるかだ。
ルーツだの何だのという面倒な話は小難しい音楽誌でやればいい。
僕が聞きたいのはいい音楽で、パクリであろうが何であろうが
それを作ってくれる人にパクリだの何だのというのは何かが違う気がする。
(05/01/31)
極めてうざったらしい話の書き出しで大変申し訳ないのだが
例えて言うなら既にこの市場は飽和状態にあるという事。
であれば、市場が売り出すべき優先順位があり
そうやって考えていくとこのバンドは多分、優先順位はまだまだ低い。
バンプがどっかと座り込み、レミオが登りついている。
さらにその下にシロップやらアートスクールやらがいるこのシーンにおいて、
どれだけのバンドが未消化に終わってしまうのか。
とりあえずバンドの青田買いに警鐘を鳴らしておきながら
それでもいいものはいいので紹介せざるをえない。
結論から言えば
今の心境は落ちている十円玉を靴でそっと踏みしめるような。
そう考えること自体が既に負け戦である気もするのだけれど
一応聞いておいて損はない。とだけは言える。
「本当は誰かに伝えたくて 叫びたくて 分かってほしくて
そういう気持ちを隠すことが 強さだとずっと思っていたんだ」
印象的なギターフレーズ、切なくはき出されるイノセント。
なにか物足りない感じも含めてこのバンドは聞いてみる価値がある。
フォロワーとは言い切れない。
そこに新しいギターロックの可能性を見る。
(04/02/19)
びっくりだ。まさかこんなアーティストが埋もれていたとは。
こいつは是非聴くべきですよ、奥さん。
まだまだロックも捨てたもんじゃないね。
2004年度期待のアーティストですよ。GRAPEVINE。
とまあかなりふざけた書き出しな訳ですが。
ここ最近、書き出しにこだわっているのは
ネタがつき始めてるからとか、そう言う事は言わないようにしてください。
正直いって、ファンの方には申し訳ないんですが
僕はグレイプバインはすでに「終わった」バンドだと思っていた。
客がアイドルの追っかけ化しているのも気にくわないし、
ボーカルがその客に担がれているのも気にくわない。
別にロックがアイドル化しているだのどうだのというつもりはないが、
「LIFETIME」を聴いてバインの世界観にふるえた僕としては、
その後の彼らの展開が見るに耐えなかったわけだ。
何でそんな甘ったるい恋の世界を描いているんだと。
「LIFETIME」に固執していた僕は
まるで客層の変質に伴う変化が世界観への迎合であるかのように見えていた。
なので今回の脱退騒動に関しても、僕はどうでもいいというスタンスだった。
で、今回のシングル「ぼくらなら」にたどり着く。
前作の「会いに行く」から見え隠れしていた一種のカタルシスは、
ここにきて僕の「grapevine」観に光を落としてくれた。
たぶんタワレコのpillowsの試聴機の中に紛れ込んでなかったら、聴かなかった事は間違いない。
そう言う意味でタワレコの店員さんには心からの感謝を述べたい。
世界観が元に戻ったわけではない。
ただ、甘い恋愛を歌っているわけでもない。初期の彼らについて回った閉塞感がそこにある。
かといって、その閉塞感は悲観的なものではなく、むしろ笑い飛ばしていけるかのような。
「ただ この冬の過ごし方を
二人だけ見えやしないのなら この手を繋いでいこう」
一言で言えば、かつての文学青年は、やっと分かり合える人を見つけたのだなあと。
それが脱退による効能なのかはわからないけれども。
まあ1年近くのブランクを持つ人間が何を言っても釈迦に説法ともなりかねないわけだけど、
結局何が言いたかったのかというと、これからは応援するよ、と。
「お帰り」とはおこがましくて言えないけれども、
改めてこのバンドを追いかけていきたいと思ったわけですよ。
で、馬鹿にしててゴメンナサイ、と。
そう言う反省文として今回この文章を上げさせて頂きます。
「君を失うよりはいっそ 目を閉ざして」
かつて「reverb」で見せた、目をつぶっていた彼らではない。
しらふじゃ駄目だよと「discord」で強がっていた彼らでもない。
それが少し寂しくもあり、嬉しくもあり。
(03/11/17)
珍しく挑戦的な言葉で始めてしまったわけだけど。
何の事かといえばJAPANの9月号の記事にむかっと来てしまったわけです。
何だ、えらく古い話を持ってきたなあと言われるのは、まあ言う機会がなかったという事なんだけど、
それにしてもタイトルがふるっている。
「限界なんて、こんなもんじゃない」
はっきり言ってよけいなお世話である。あなたがどういう事を言われたのかは知らないが、
ピロウズを一発屋みたいに言うのはやめてほしいんです。
記事は最後にこう締めくくる。
「絶対もうひと山やってくるはずだ。見てろよ」
いいんだけど。あなたの意見としてそう思ってるならそれでいいんだけど、
それをさも全ファンの意見を代弁しているかのように言うのはやめてほしいんです。
もういいんですよ。そういうところに価値を見いださなくてもファンをやってる人間がいるわけで
CDを聴いて、ライブを想像するだけで十分楽しい時間を過ごしているわけですよ。
で、ライブに行ってさわおさんと時間を共有できる。
逆にひと山当てられたら、ただでさえ手に入りにくいチケットがさらに取れなくなる。
まあそう言うわけで新しいアルバム「PENALTY LIFE」。
詩がいいとか曲がいいとかそう言う次元じゃない。
ライブに行ったらわかるうれしさ度数。いいとかじゃなくて、嬉しいんです。
まあ単なる自己満足の文章を書いてしまいましたが。
そう言うわけで、山なんて来なくてもいいんです。
他の人はどうか知りませんけど、これからも嬉しくさせてくれたらそれでいいんです。
蛇足なんですけど。
彼の言うところの「ひと山」って、どのへんの事を言ってたんでしょうか。
やっぱり「ガールフレンド」ですかね。
(03/11/10)
| などと下では言いつつも、結局このレビューのオチは「ロック最高!」 と言うことになってしまうから質が悪い。自分の底の浅さには常々落ち込むのだが、 それとこれとはまた別の話なので、とりあえず最高、と一言だけ言わせてもらいます。 トップにも書いていたとおり、最高の祝祭空間であり、空気が幸せでした。 今回は1日目と3日目に行ったのだけれど、とりあえず今回は1日目。 大学時代のサークルの仲間たちと東京駅で合流、 そのまま会場入りするときからすでに車の中ではロック以外禁止令が発布されていたので さらに気分はハイテンション。 他の同乗者が盛り上がってたかどうかは別問題だけど、 とりあえず僕は盛り上がっていたので問題なしということで。 とりあえず会場に着いたのは開演間近。 とりあえずダッシュでオフィシャルグッズ売り場に走る。 ![]() 画面端に写ってる人は気にしないでください。顔は修正済。なんだ修正って(笑)。 去年はゆっくり目に行って結局欲しいグッズが買えなかったので、 中村一義を尻目にグッズ売り場に並ぶ。 何やってんだろう、僕。と思わないでもなかったけれども、 グッズ売り場からでも音楽が聞こえていたからまあいいやと納得してみる。 と、オープニングいきなり聞き覚えのあるギターリフ。 「しょっぱなキャノンボールかい!」 めちゃくちゃグラスステージに走りたい衝動に駆られるも理性を振り絞って我慢我慢。 いいよなあ、中村一義。去年はラストで桑田さんに泣かされたけど 今日はしょっぱな中村君に泣かされたよ。 ![]() 昼間は本当に晴れ上がったんです。気持ちよかったー。 曇っていた空もいつの間にか晴れ上がり、 ただただ広い草原に響く中村君の声が何処までも何処までも届いていました。 あえてステージには行かずにテントゾーンをうろうろと。 その間にも1.2.3、ジュビリー、セブンスター、君ノ声、新世界。 おいおい、なんだそのセットリストは。やばいよ。嬉しすぎてにやにやが止まらないよ。 もうみんなフェスモード。テントの中で寝っ転がりながら中村一義をきく。 なんて贅沢なんだ。想像してみてくださいよ。絶対気持ちいいって! よし、来年はテント持参だ!と心に決めてみたり。 で、ちょっと早い昼ご飯。 今年から森の奥にハングリーフィールドができて、プチ森林浴でピクニック気分。 食べたのは台湾料理。もちろんビールはハイネケン! 何で野外で飲むビールってこんなにうまいんだろう。 友達とふたりでしばしの幸福に浸ってみました。 などとまったりしていると、いつの間にレイクステージの GOING UNDER GROUNDが終了間近! やばい!後で気がつくと、僕が時間を30分間違っていたという、なんともかんとも。 「電車に乗る?」 「乗ろう!」 みたいな感じで遊園地においてあるようなお猿のシャトルバスに乗って 歩くと意外とあるグラスからレイクの時間短縮。 何とか名曲タッシに間に合う。ほっとしたのもつかの間。 最後の最後でGOINGの本領が爆発した! 「この曲は5人では成り立たないんです。みんなステージに上がって〜!」 素生さんのあおり。すげー、フェスぽいよ〜。 いっせいにみんなが手を挙げる。あれよあれよという間に即席合唱団が完成。 ステージの上も、下も、全員でタッシ合唱。 わーくわーっくすーるのは、どーきどーっきしーながら。 みんなで手を振って応える。いい空間。空気が幸福になる瞬間。 きもちい〜!これが見れただけでも頑張った甲斐があったよ。 ありがとう。なんて幸せな祝祭空間なんだ。 「あ〜、いいよなあ〜」 自然に伸びやかに声が漏れた。来て良かったです。ほんとに。 さて、ここで他のみんなはO.P.KINGのためにグラスステージへ。 僕は一人残ってHermann.H& The Pacemakersでレイク待ち。 奥田民生とYO−KINGに佐藤シンイチロウ・・・。うおお見て〜! でも、ここは我慢してHermannを選ぶ。授業参観に行く親の気分。 いや、そんな気分で見られたら迷惑以外の何者でもないんだろうけど。 Hermann終わり次第でHYを見にグラスに走ろう。 そんなことを考えていたんですけど。 それはともかくHermann!最初から飛ばす飛ばす。 ROCK IT NOW!、アクション、ラッキーボーイ、いいねえ。 平床さん脱退でクオリティが下がったのは否めないけど それでも並以上のバンドであることは間違いない。 モッシュゾーンに入って盛り上がっていたんだけど、 ラッキーボーイの途中で恐ろしい事実に気づいた。 「肩にかけてた荷物が消えてる・・・」 ビニールのナップサックだったので、ひもが切れてしまったのです。 安いナップサック作るなよ!ポカ○スエット! やばい。カードと4万円の入った財布とデジカメが・・・。 これで一気にテンションが下がってしまった。 狂乱の渦の中、本心ではステージの上に上って「跳ぶのんやめて〜!」と叫びたかったけど 勿論そんなことができるはずもなく、とりあえずすごすごとその場を退散。 結局あまつゆのバラードはインフォメーションセンターから聞くハメに。 とほほ。とんだラッキーボーイだよ。 結局HYに戻る気力もなく、Hermannを最後まで聞いてしまいました。 銀杏BOYSはどうでも良かったので、とりあえずグラスのシークレットを見に行くことに。 とぼとぼと足取りが重い。心なしか空まで曇ってきたよ。行ってみたらHYは聞けずじまい。 やばい!悪循環だ。 ちなみに悔しさのあまり、帰りの車の中で延々とHYを流し続けて 同乗者を困惑させていたことは内緒です。 そんでもってシークレットはHYDE。 うーん。ここに来るのはすごいけど、個人的にどうでも良かったので早々にレイクに戻る事に。 ラルクだったら残ったかも(爆)。 ![]() DJブース盛り上がりすぎ。 で、ここで気持ちを切り替えることにした。 グラスステージのHMVブースの裏側の壁にもたれて休憩。 ダウナーになってもアッパーになってもいる場所と時間は一緒なんだから、 財布の分も楽しまないとねえってわけで、幸い次はPOLYSICS。 切り替えるには丁度いいアクトだし。銀杏BOYS終わりで幸いそんなに人もいないので、 荷物もない身軽な(泣)体を一気に最前列に潜り込ませた。 この時間になると結構空気が冷えていたのでモッシュなのにそんなに暑くない。 ただし、例の麻波25のキャンセルのせいもあるのか、開演が延び延びに。 だるいよ〜。いくら涼しくてもモッシュで30分はきついよ〜。空気が薄いんだよ〜。 少し曇ってきた空を見上げながら、でも次のアクトへの期待でわくわくが高まる。 いよいよ開演時間が近付き、ステージからの機材のセッティングと マイクチェックの音がしだいに興奮を誘う。 でも勘のいい人なら分かると思いますけど ここまで殆どライブに参加してないんですね、これが。(つづきます) (03/09/01) |
と言う仮定を立ててみよう。
レミオロメンを仕事の車の中で聞いていてふと思ったことは、
結局ロックはどこまで行っても一つのカテゴリーに過ぎないし、
世の中にはそれ以外の音楽があふれているし、
いわゆるヒット曲はロック畑からはなかなか出てこない。
それはヒップホップであり、R&Bであり、エレクトロサウンドであり、民謡だと言うことで。
僕の中でのヒット曲はたくさんある。
多分802であり、J−WAVEを聞いているリスナーにとって、
ロックは常に驚きと感動に満ちたビジョンを見せてくれる。
他人事のようにいっているが、僕だって音楽的趣味思考をカテゴライズするならば
間違いなくその驚きを享受させてもらっている一人である。
ただ、それとは違う次元で考えたとき、結局ロックファンはロックを過大評価しすぎる。
平井堅だって、森山直太郎だって、元ちとせだって、そしてキックだって、結局はロックではない。
ここまでさんざんこの言葉を使っておいてなんだが、僕はロックという言葉が嫌いで、
でもそれ以外の言葉が見つからないから、しくじたるものを覚えながらこの言葉を使っている。
でもいいじゃないか、ロックで。
近視眼的にそこしか見てなかったら、きっといろいろなものを見落とすことになる。
手始めに、このアーティストはどうだろうか。
80年代を彷彿とさせるエレクトロサウンド。
多くの人が経験したことがあるであろう臆病な恋愛の形。
無機的で、規則的なデジタルのメロディラインの中に、
ふと気づけばそこには普遍的なメロディがたゆたう。
それは間違いなく聞き覚えのあるあのメロディで、
ああ、それが音楽においてなくてはならないものなんだと実感する。
「涙があふれ出すまえに 心が泣きださぬように
あなたが振り向いたときに 目を閉じる」(Loveless)
あふれそうな想いを、静かに隠そうとする。
動的なロックが静的なエレクトロサウンドに包み込まれる。
彼らはメッセージによってアプローチの方法論を変えることのできる
数少ないポップマエストロである。
世界はロックを中心にして動いているわけではない。
でも、やっぱりロックは絶対に欠かすことのできない、大きなピースだ。
(03/08/25)
大阪には二つの有力なFM局がある。
かつてこの二つのFM局には明確な棲み分けがあった。
802は硬派なFM局である。ジャニーズ全盛の時代、どれだけロックが斜陽の時代でも
決してアイドル路線に転ぶことなく、反セレブリティを貫いた。
fmosakaはいわばこの逆を行く路線だ。
セレブリティを重視したfmosakaは、リスナーの年齢層も広い。
リスナーが望めばジャニーズでもハロープロジェクトでも流す。
一方でAMとは一線を画した部分で、反セレブリティにも配慮した選曲がなされていた。
棲み分けと言うより、この二つに流れる理論。
ぼくはこのどちらも好きだ。
売れる曲にはそれなりの価値があるし、後の歴史がなんと言おうと
一般的な価値として「売れる曲=良い曲」と言う公式は当てはまると信じている。
現在、fmosakaはリスナーのニーズに応えるかのように
どんどんセレブリティによっている。802はその「スタンス」を今も崩さない。
だけど、現在802はGLAYをかけている。
音楽業界を見ていて一番鼻につくのは
この変化へのどん欲なまでの無頓着さだ。
変化は構わない。でも802がGLAYをかけることは
今までのリスナーを裏切っているばかりか、セレブリティへの侮辱であるように思う。
それはおそらくJAPANがモーニング娘。をロックだと言えば
一割ぐらいはそれをロックと見なしてしまうのではないかという予感だったり。
802がセレブリティに転ぶのが悪いと言うんじゃない。
そしてもちろんGLAYが悪いと言うのでもない。
GLAYはいい曲を作っている。5万人ライブとかはいやだけども。
ただ、口上でなんと言っても、802の行動がそれにあっていないと言うことに違和感を感じる。
何故GLAYと島崎ひとみがが流れてモーニング娘。が流れないのか。
この明確の違いは何なのか。
今のこのジャンル分けにとんでもない脆弱を感じる。
そしてそれは802に限った話ではない。
ちまたのロックファン、ダンスファンにも同じ事が言える気がする。
マスコミのステレオタイプを鵜呑みにして、脆弱な中身を借り物の鎧で理論武装する。
自分たちの中で納得するのは構わない。
しかしその脆弱な理論で他方を攻撃されることほど迷惑なことはない。
たぶん、ショップのジャンル分けを鵜呑みにする前に
もう一度考えるときに来てるんじゃないかと思う。
(03/04/28)
たとえばいなくなって始めて気づく人間の大切さというものがある。
6人兄弟の長男なんかだと、そんな感じなのかもしれない。
目立ちたがり屋の次男と、次男といつも一緒にいる、ちょっとから回り気味の三男。
かっこつけの四男とお姉さん肌の落ち着いた長女。
そしてマイぺースな五男。
そんな中でいつもはあまり目立たない、それでもここぞと言うときに強さを発揮する。
そんなのが長男の役目だろう。
長男が脱退したあとの彼らのライブを見た人は結構少ないかもしれない。
それが結構自慢だったりするわけだが、でも、そこで見た彼らのライブは
お世辞にも自慢できる代物ではなかった。
批判を知らない某音楽誌がなんと書くかは知らないが
BIGCATで見た彼らのライブははっきり言って期待を裏切るものだった。
ただのギターコーラスである。
FMでその平床さんが脱退すると聞いたとき
その事実がまさかここまでこのバンドのクオリティを
下げる結果になるとは予想できなかった。
かっこよさがなくなっていた。
「PINKIE'S ROCK SHOW」の英語詞の部分を聴いたとき、それを痛感した。
平床さんが担っていたその役割はウルフに引き継がれたが
それは本当に引き継がれただけのものだった。
寡黙で次男と三男を裏から支え続けた彼のポジションは
支えられてきたものが取って代わることはできないんだと思った。
今だからこそ分かる。
彼らはとても危ういバランスの上に成り立っていたバンドなんだと。
ただ、それの意味するものが期待なのか落胆なのか
それはまだここで判断するべきことではない気もする。
「オレら、なんか一人少なくねーか?」
岡本さんの大阪での最初の一言は
長男不在のなかでの、次男の精一杯の強がりに聞こえた。
(03/04/21)