アトランタ・シカゴ・ケベック訪問記(6月下旬〜7月上旬)(2005.6.24〜7.7)



6/24 強盗目撃で始まり、アトランタの鯰で終わる長い一日

 結局昨晩は仮眠も取らず、シャワーだけ浴びて午前1時に家を出る。バスステーションに向かって歩いていると、市の中心部近く、Zushiの角を曲がったところで強盗が逃げるところを目撃。しばらくコーチを待って、1:45のコーチに乗る。こんな時刻なのにほぼ一杯!隣に人が座っているとやはりゆっくりは眠れず。ウトウトしたぐらいで何度も目ざめる。予定よりも早く、4:45にヒースローに到着。コーチに乗っている人の半分はヒースローで降りなかったから、ガトウィックに行くらしい。こんなにガトウィックに行く人が多いのは初めて。ターミナル3に向かうも、途中の動く歩道も動いていない。閑散としている。当然ながら、まだカウンターは開いておらず、しばらく待つ。5時になると係の人が並ぶためのポールを立て始めると、それにあわせて並ぶ人たちが出始める。すこし遅れて親方も並ぶ。しかし、結局Air Canadaのカウンターが開いたのは5:50分過ぎ。ここで1時間待っていたことになる。結果論で言えば、1:10分後に出る次のバスでも同じだった。しかし、次のバスだと時刻表どおりに運行したとして、出発の2時間前をすこし切るから万が一を考えると不安。
早くから並んでいただけあってカウンターが開けば手続きはすぐ。出国審査と手荷物審査を済ませ、パニーニとコーヒーで朝食。5.85ポンド。おいしかった。ターミナル3でしたが、パニーニ屋、ベーグル屋、フランス系のバゲット屋、それにスターバックスと、違う傾向の店があってどれにするか迷うねえ。しばらくゲートの番号が表示されるまで待ち、ゲートが表示されていくと、10人くらい待っている人がいて、すぐにゲートに入れ始める。と言いながら、各人のパスポートのチェックだけではなく、いろいろ質問をしてチェック。親方も、今日はどこから来ている?カーディフで何をしているの?と聞かれる。待合室でBBCをやっているのを見たら、ちょうどカーディフは猛烈な雷雨だったそうな。危うく逃げたようです。ゲートの待合室で待っていると、隣の人がチケットを見ているので、何気なく見たら、親方にチケットに書いてあるボーディングの時刻よりも10分早い時刻が書かれている!何ででしょうねえ?結局ボーディングをはじめたのは親方のチケットに書かれている7:45よりも遅い8時。親方の席は前のほうだったので気がつかなかったが、後ろの方は結構空席もあったみたい。早目に気がついて移れば楽だったのに失敗。隣に人もいるし、時差もあるし、1時間半ほど寝たが、後は眠れず。気流も悪いところが多く、結構ゆれた。7時間半のフライトで11時にトロントに到着。
 トロントで一旦カナダに入国した後米国の入国審査をここでしたので、忙しくばたばたする。なんとか13:35分発のAir Canadaに乗ることができる。アトランタ行きの飛行機はCFJとかいうメーカーの60人ぐらいしか乗れない小型機。左右2列ずつ4列しかない。翼の上の非常口のところの席の通路側だったが、窓側のおじさんは席に着くなりDVDプレイヤーをいじってなにかやっている。反対側は結局誰も来なかったので、そちらの通路側の席に移って座っていると、乗務員が窓側に行けという。なぜかと思ったら、そこは乗務員のひとりが座る席だったんですね。比較的低空を飛ぶので下が見えて面白かった。2時間ちょっとのフライトで4時前に到着。食べ物は途中何も出なかった。飛行機の旅は食事も不規則ですよね。
 アトランタの空港では、到着ゲートから荷物受け取るところまでが遠い!電車に乗るとは思いませんでした。ようやくたどり着いたらもう荷物は出ていた。入国審査はトロントでやったので到着時は必要なし。しかし、両替をしようとしたが、近くに銀行が見つからない。ウロウロ探してやっと見つける。すると、両替のブースはひとつしか開いておらず、そこで一人の客が大量のさまざまな国のお金を両替している。えらい迷惑。
 米ドルを入手してMARTAという地下鉄というか鉄道でホテルのあるDownTownに行こうとしたら、目の前を見たことがある人が歩いている。前の職場の同僚I氏とそこの新しい所長のS先生でした。アトランタの会議に来るというのは聞いてはいたが、まさか空港で会うとはね。1.75ドルのトークンを買ってMARTAに乗る。いろいろ動くなら週末(金〜日)乗り放題のチケットとか、1週間チケットとかあったけど、ホテルと学会会場の移動が中心なので親方には不要だった。はじめはI氏やS先生と話していたが、電車も混んで、唯一の乗換駅であるFive Points駅では大量の人が乗ってきて超満員。次のPeeachtree Centerの駅で降りて、ヒルトン組のI氏、S先生とは分かれてホテルへ。ホテルは大通りから少し入ったところにあるQuality Hotel。この一年何度もこのチェーン系列のホテルにはお世話になったが、ここはどうでしょう?
 少し休んでからフロントで観光案内を探し、それから街をうろつく。オリンピックの記念公園を眺め、近くのインフォメーションにはいり、パンフレットのなかに地図を見つけてそれをもらう。と言っても厚い冊子なので地図のところだけを残して破って捨てる。それから少しうろうろ歩いて、ガイドブックに出ていたエレガントなソウルフードを出す店というところまできたがそんな店はなく、24時間営業のチェーン店があるだけ。後日電話帳でもこの店はなかったのでつぶれたらしい。なのでDowntownのFive pointsにあるUnderground AtlantaでCatfishのサンドイッチとビールの夕食。
 店を出たら7時半。もうさすがに日差しはなく、風も涼しくて気持ちがよい。歩いてホテルまで帰る。部屋で少し日記を書くが、さすがに8時半にダウン。ここで寝ると時差ぼけが解消できないとは思いながらも、前日は寝ていないし(飛行機では少し寝たけど)、さすがに疲れて。10:30に目覚めて、ちゃんと寝なおす。

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6/25 学会初日とレゲエとジャズ

 時差ぼけがあるので2時半に目ざめて、水を飲む。しかし再度寝て5時半起床。このまま時差ぼけしないならいいのですが。昨日の日記を書く。6時半に電話回線でインターネットにつなぐと一発でつながる。メールがたくさん来ている。春以降全く音沙汰なしだった学生までメールを送ってくる。どうして自宅でゆっくりインターネットにつないでいられるときをわざわざはずしてメールを送って来るんだぁ!緊急の用事(とその学生)以外は返事を書かず。朝食を7時15分に食べに行く。なにも書かれていないのでフロントで尋ねると、ランドリーサービスは月から金までだけだとのこと。まあこれはよくあることで想定内。日曜日はまず絶対にできないだろうから、もしも土曜日の今日にできるのなら頼もうかと思っただけ。
 すこし早いけど8時にホテルを出て学会会場のHyatt Regency Atlantaへ。すでに申し込んであったので名前を言って学会参加キットを受け取る。中身を見てみたが予稿集がない。聞いてみたら、参加費とは別だったんだそうな。ちゃんと見てなかったです。なので、そこでカードで支払ってCD-ROMを購入。いけませんね、チェック漏れは。参加費に含まれてることが多いので、当然そうだと思っていた。それだけではなく、ここは朝も昼も食事を出さない学会だった。途中のコーヒーサービスぐらい。これも珍しく、その後のシカゴもモントリオールも昼も朝も会場で出すはずなので、最近それが当たり前に思ってしまっている。9時からの特別講演は大変面白かったし、その後の午前の教育講演も大変ためになった。親方の知らない最新の情報が聞けて参加してよかった。
 すこし業者の展示などを見てから、会場の隣にあるPeachtree Centerのフードコートで昼食にする。6ドルちょっとと英国に比べて食費がずいぶん安い。英国なら6ポンドでも普通ですからねえ。どうもまだドルのレート計算を間違い、無意識にポンド風に200倍してしまう。ここで日本人のS先生、O先生などと会う。学会会場ではなかなか会わないのに。あと、S先生の下に新しく来られたF先生と名刺交換。食事中でもこうやって名刺交換するのはつくづく日本人。
 食事後、会場に戻って、業者の出展をまた眺めたのと、ポスター発表を見て回る。あまり興味のある発表はなかったが、日本人の奥さんがいて京都大好きという人に半分日本語半分英語で話しかけられる。この秋から半年ちょっと東京の大学に来ることが決まっているそうなので、名刺を渡して日本に来たときによかったら尋ねてくるように話す。それから午後最初のセッションへ。ところがこれが全く面白くない。テーマは面白いのだが、話が一方的で疑問の山なのにどんどん先へ進んでしまう。一番の基本の疑問は最後まで解決せず。その上時間は延びるし。
 次の時間は聞きたい話がなく、3時過ぎに会場を出て、Martin Luther King Jr.の記念の場所がある地域Sweet Auburnへ歩いて向かう。朝はいなかったけど、会場の近くには車いすに乗った物乞いを二人見た。多いようですね、この町は。途中ホテルの近くでなにか騒ぎに遭遇。
 それからAuburn Avenueという道を東に歩いていく。Auburn Avenue Research Libraryという建物の先で、このLibraryの4階で4時からIn Celebration of Black Music Monthというイベントのひとつの音楽を無料でやるから来ないかと、パンフレットをもらったのが、3時25分。どうせMartin Luther King Jr.の記念館とかも5時には閉まるし、全部は見られないのはわかっているし、すこしその雰囲気だけ見てから戻ってこれに参加しようと考え直し、まずはMartin Luther King Jr.のNational Histric Siteへ向かう。ところが、ここから物乞いなどに何度も道で声をかけられる。無視して歩き、時間がないのでお墓だけ見て、一本南の通りを使って戻り、4時ちょうどに会場のAuburn Avenue Research Libraryに到着し、レゲエ音楽を楽しむ。水を買ってからホテルに戻る。
 8時半にホテルを出てまた学会会場へ。9時から学会の25周年記念パーティーがあるので、それに参加するため。どんなものが出るのかもわからないので何も食べずに行ったら、出たのはフルーツとかデザート類だけ。悲しいけどそれだけつまむ。最後に1杯7ドル(チップ含まず)のワインを一杯だけ飲んで、それだけ。さすがにちょっとさびしいねえ。確かにここはそういう宴会を基本的にしない学会でしたからねえ。軽く食べてから行けばよかった。ジャズの演奏は楽しかったけど。いろいろ話をして11時に会場を出てホテルに戻ってくる。

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6/26 Martin Luther King Jr.の理念と業績に感銘を受ける

 4時半に目ざめる。その後寝られないので5時に起きる。今日は天気が悪い。気温もそれほどは上がらないらしい。日曜日だけあってメールはジャンクのみ。7時半に朝食を食べ、8時半にホテルを出る。学会は朝は面白くないので、サボることにして、小雨の中をMartin Luther King Jr.のNational Histric Siteへ歩いていく。途中で黒人の若い車いすの女の子の物乞いにあうがきっぱり断る。
 Visitor Centerには開館直前の8:50に到着。周囲をウロウロ歩いて、開館と同時に入り、まずMartin Luther King Jr.の生家のツアーの予約。展示を見てから集合場所というHistoric Fire Station No.6へ行く。このころには雨は激しく降っている。ツアーで生家の中を見学する。ツアーが終わって、再度Historic Fire Station No.6に戻って、演説のDVDと、子供向けの障害者や人種による差別のない社会のためのテキストを購入。あわせて35ドルくらい。それからVisitor Centerに戻ると、10時半で見学者の山。The King Centerの展示も見たあと、Histric Ebenezer Baptest Churchに行くも、日曜日の朝なので見学はできず。残念。仕方がなく雨の中をホテルまで歩いて帰る。
 すこし休んでから、昨日もお昼を食べたPeachtree Centerのフードコートに行くと、日曜日なので休みの店が多い。開いている店は限られている。なので、Yakitori Chicken+チャーハン+Mix Vegetable、それにCoke(アトランタですから!)で6.90ドル。Yakitori Chickenってのは焼き鳥のようなサイズに切ったチキンを、照り焼きソース系の甘めのたれを絡めて鉄板で焼いたもの。これをチャーハンと野菜の上にどばっと敷き詰めたもの。ちょっと味が濃いけど、まあこんなものでしょう。フードコートに今日は学会関係者が少ないと思ったら、珍しく会場でサンドイッチを出してました。日曜日だからでしょうか?午前中サボっていたからわかりません。
 それからポスター発表のところへ行って、しばらく発表者と話し込む。その人はシカゴも行くそうなので、ぜひ俺の発表も聞きに来てくれとアッピール。それからあわてて午後の発表会場へ。ところがこれが面白くない。親方のあまり興味のない研究テーマでした。はじめからそれだと知っていたら他に行ったのに。本当はそれは4時半まであるのを3時前には部屋を出て、また違うポスター発表の話を聞いて、それからインターネットのできる部屋でメールのチェックやニュースを読んでから、もう今日は学会は終わりと4時には会場を出てホテルへ戻る。
 ガイドブックには「日曜日にはDinnerを早くに、昼過ぎに食べる習慣があるので、レストランはほとんどが日曜は3時か4時では終わり」と書かれていたのだが、帰る途中でウロウロしたけど本当にやっている店が少ない。親方の泊まっているホテルにはレストランはないし、学会会場のホテルのレストランも、イタリア料理屋とハンバーガーやサラダなどのカフェだけみたいだったし。ホテルで一息ついてから、またDowntownの中心部を歩いて、どこかおいしそうなところが開いていないか探して歩く。すると、またしつこい物乞いにつきまとわれる。
 近くの大型ホテルに逃げ込んだが、そのホテルも、あるのはステーキレストランとハンバーガーの店だけ。まあ、ホテルでソールフードが食べられるとは思わないけど、なにか他にないのかねえ?とウロウロ歩きまわって、結局店が開いていて、かつ、親方の食べたい料理の店ということで、Peachtree Centerの正面にあるRay's in the Cityという店に入って、牡蠣とMountain Troutを食べる。こちらの習慣に合わせて早く食べたので、食べ終わったら6時。うむむ、さすがに早すぎたか・・・。

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6/27 日本料理よりも南部の料理

 5時半に目ざめる。学生からのメールではいい質問が来ていて、うれしく思う。ていねいに答えて着眼点を誉めるメールを送り返す。今日のホテルの朝食は手抜き。ジュースの機械は止まっている、ナイフとスプーンだけでフォークがないなど。ジュースは後から来た人が言ったので、ホテルの人間が「ジュースをのみたいって言うのは誰!」なんて言いながら機械を作動させていただけど、コーヒーだけでいいと思っていたのでしょうか?昨日まであったけどなくなったメニューがあるし、用意してある数も少ない。月曜の朝は客が少ないのでしょうか?ランドリーサービスについて聞くと、おととい聞いたときには部屋まで取りにいくって言っていたのに、今日の違う担当者はフロントまで持ってこいだって。よくわかりませんけど、8時前に持っていって頼む。昨日まではポロシャツを着ていたが(それでOKという会議なので)、持ってきたのがもうないので今日はYシャツにネクタイにする。月曜日だし。
 8時半にホテルを出て、会場には早く着いたのでネットで再度メールだけ確認しようとして、コンピュータの部屋へ行くと、今日はインターネットへの接続はないという。全くもう。昨日なんてインターネットに接続せずにゲームで遊んでいるのとかがコンピュータを占有していて迷惑だったし、使おうと思うと使えないし。で、朝の会場に行こうとしたら、雰囲気が違う。プログラムでチェックしようとして、プログラムをホテルに忘れてきたことに気がつく。まあ、見てあるので部屋だけちょっと探さないといけないけど、何とかなるとは思うけど。しかし、朝の講演の会場は全く違う場所に移っていた。どうも昨日までの週末とは違って医療職などでは月曜日は休めずに参加できないのがいるから狭い会場にしたようです。だけど案内が悪い。一度地下から1階に移動し、また違うエスカレータで違う場所の地下へ行くというわかりにくさ。今朝の特別講演は、生まれつき障害があって、両手は義手・片足義足で、現在は政府の障害者関係の部門の上の方の人。なので面白い話が聞けると思ったのだが、だめ。スクリーンも資料も用意せずに、一方的に用意した原稿を読むようなのではね。まるで政治家の演説を聞かされているよう。結構聴衆には受ける話をしていたが、親方には説得力が乏しいようにしか思えなかった。単に親方が政治家を胡散臭く思っているだけ?しかも時間をオーバーするようでは準備不足としか言いようがない。そんな話が聞くに値する場合はめったにない。
 次のセッションの場所を探すがなかなか見つからず。廊下で同様に場所を探している日本人のS先生に会ったのでプログラムを見せてもらって場所を確認したが、期待していたものとやっているものとが違った。なので早々に退散。困って、結局早めのお昼に行くことにする。
 まだこちらの南部地域の典型的な食事を食べていないので、会場ホテルのコンシェルジュに訊きに行こうと思ったら、コンシェルジュの横にホテルのお勧めレストランの一覧があり、ほとんどのメニューまで置いてあった。Hyatt Regencyはすばらしいですねえ、気が利いていて。そのリストでは南部料理の店は6店かなあったけど、遠い店が多い。メニューと近さから、Mary Mac's Tea Roomという店に行く。学会会場の近くまで戻ってくると、Peechtree St.沿いのひとつの建物の前で20人ぐらいの人たちが抗議行動らしいことをしている。隣のフードコートを通る途中で、食事を持って席を探すI先生を見かけたので、I先生といろいろお互いの近況やその他の話をする。日本ではゆっくり話す機会がなかなかないけど、海外だとゆっくり話すことができるってのはよくある話。
 ひとつセッションに参加した後、3時ごろに一昨日も話したF氏とまた話し込んでしまい、最後のセッションは参加できず。まあ、いいでしょう。S先生に、日本人で集まって夕飯でも食べないかと誘われる。なかなか会えない先生方と話をするチャンスでもあるので、参加しようかと思ったが、話を聞くと日本食を食べに行くと言うのでパス!日本からやってきたI先生など、もう日本食が恋しいのだそうな。親方とは全く違います。親方は日本食大好きだけど、海外でまがい物の日本食を食べたいとは思わないので。それよりも口に合わなくてもいいから現地でしか食べられないものを食べてみたい。本当はえらいS先生に誘われたのに断って失礼なのだが、S先生には許していただけた。
 ホテルに一旦帰ってすこし休憩してから、5時半前にホテルを出て夕飯を食べるところ探し。ホテルのあたりからFive Pointsのあたりをウロウロするも、気に入った店がない。昼間のような南部の料理、特に、臓物と豆を煮込んだようなのがあったら食べたいと思ったのだが、見つからず。仕方がなく、MARTAに乗ってNorth Ave.の駅に行きそのあたりで店を探しながら、なければ昼間のMary Mac's Tea Roomに行こうと考える。しかし結局、Mary Mac's Tea Roomまで気に入った店がなく、再度この店に入る。
 食べ終わったのが7時ぐらいで、のんびり歩いてホテルまで帰る。ホテルで朝の洗濯物ができているはずなので聞くとやはりフロントにあった。部屋に持ってきてくれるわけではなかった。

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6/28 シカゴへ移動して夜景を楽しむ

 6時までよく眠る。メールをチェックすると返事をすべきものが多く、7時半までかかって返事を送る。8時に食事をしてから荷物をパック。今日は国内線なのでそんなには時間はかからないだろうから早すぎるのはわかっているけど、9時前にホテルを出る。この辺は親方の性格。Peechtree Center駅まで行って1.75ドルのトークンを買い、車いすや大きな荷物のための入り口から入ろうとしたけど入れず。閉まっている。困ったものです。仕方がなく狭いゲートに大きなバッグをなんとか通して入場。途中でFire Station NO.7というのが見えた。ここでは消防署の名前は地名ではなく番号なんですね。空港には9時半過ぎに到着。
 カウンターでチケットをもらって、荷物にタグをつけてもらってから、その荷物を持って自分で荷物を検査のところへ運ぶ。鍵はかけているかと言うので、NO。アメリカのこの鍵をかけないシステムは慣れないけど仕方がないですね。それと銃は入れているか?これもNO。これで荷物は預け終え、検査場へ。結構はじめから靴は脱いで手荷物と一緒に送る人が多数。なかにははじめからビーチサンダルを持っていてそれに履きかえる人も。慣れてますねえ。親方は今日は初めからサンダルなので問題ないですが。検査の前にチケットとパスポートを見せると、他の人は押されてなかったけど、TSA ATLという赤い印をチケットに押される。これは何の意味なんでしょうね?で、検査場に入ると、荷物もOKでブザーもならない。けど、チケットの赤い印を見て、こっちで2nd Checkを受けろと言われる。まずいすに座って片足ずつ上げろと言われ、サンダルの周囲の検査。次に手を左右に広げて立て、と言われて金属の検査。時々自分の身に着けている金属部分でちゃんと作動することを確認しながらやるんですね。次に触って検査。それからベルトのバックルは鳴るので、バックルをはずせと言われ、その下を触わって検査。それからまた座れと言われ、両足の足をそれぞれ上げさせてサンダルの何ヶ所かにろ紙のようなのを当てて、たぶん麻薬か覚せい剤か何かの検査。それから荷物のところに行って、これがお前のかと言ってそれぞれ検査。ポスター用の筒は眺めただけ。バッグは大きく開けて、一番底の部分と上の角のところをろ紙でチェック。あと小物入れのようなポケットのところを開けて中身を触ったり見たりして検査。ただし、親方のバッグは小さなポケットなども入れて5ヶ所入れるところがあるのですが、2ヶ所は全くそこにポケットがあるのに気がついてませんでしたね。それからノートパソコンのチェック。立ち上げることはないが、ふたを開け、前面や側面を触りながらチェック。触っただけで何がわかるのでしょうか?これでようやく無罪放免。ここを通過するのに15分弱くらいかかったかな?
 朝で人が少ないから待つこともなかったし、これでちょうど10時ぐらい。見たら、今日使う同じUnitedの早い時刻のシカゴ行きがありました。しまった。チケットのところで早い便に替えられないか、交渉してみればよかった。思いつきませんでした。まあ、はじめから空港では時間があるだろうから、パソコンですこし書き物をしようと思っていたので、全く問題ないのだけど。ということで予定通り書き物。11時過ぎに南部のサンドイッチ屋というので昼食。あとはバーガーキングかスターバックスだから。ああ、安いサンドイッチも通路で売っているけど。スパイシーなチキンウィングにしようと思ったらないといわれたので、仕方がなくチキンのサンドイッチとコークで10ドル。サンドイッチはほんの少しだけスパイシーなトマト系のソースで煮込まれたチキンのサンドイッチで美味しかった。豆がすこしとポテトチップがついて。値段が高いのは空港の中だから仕方がない。<BR>  乗る予定の飛行機は到着が遅れる。今回はUnitedだったけど、搭乗してみるとアトランタに着いたときと同じCFJ700という飛行機で、しかもまた非常口の窓際。しかし、Air Canadaに比べていすのシートもいいし、非常口の前だから前の席との距離も離れている。その代わり、Meal Trayは前の席の背中ではなく、肘掛に仕込まれているタイプ。1時5分に30分遅れでゲートを離れ、出発。途中でスナックと飲み物のサービスがあった。ところが隣の席のMeal Trayが壊れているらしく、二人で使ってくれないかと言われるのでOK。肘掛から出すと半分のサイズのトレイで、普通は飲み物だけならそれで十分だが、二人分ということで広げる。ただし、この席は非常口ということで窓側には肘掛がなく、通常は広げたときには反対側の肘掛の上で支える構造なんだけどそれができない。ということで、非常口の側面にMeal Tray Supportっていうのがついていた。ここで反対側を支えるんですね。これは席に着いたときに気がついたので、トレイを広げる際にこのサポートを開いて支えたら、フライトアテンダントが、「えっ!そんなことして大丈夫?」って小声でだけど叫ぶ。なのでもう一度テーブルを戻してMeal Tray Supportって書いてあるのを見せたら、初めてそんなのがあるのに気がついたんだそうな。何やっているんでしょうかね。飛行機からの眺めは悪く、気流も悪いところがあったけど、問題なくシカゴに2時間で到着。シカゴに降りる直前で摩天楼がきれいに見えた。
 時差が1時間あるので2時5分到着。15分ぐらい荷物が出てくるのを待って、CTA Blue Lineという電車でシカゴの中心部へ向かう。今日はホテルの到着後にすこしうろうろしようかとも思っているので、1日券5ドルを購入。結局はその後は一度も使わなかったので選択ミスでしたが。3時に電車は出発。途中WashingtonでRed Lineに乗り換えるがここはバリアフル!階段をスーツケースを抱えて上り下り。Red LineのChicago駅で下車。ここの駅はエスカレータが停まっていたが、エレベータが動いたので問題なし。ここから歩いてRadissonホテルにチェックインしたのが4時。ちょうどチェックインしているときにReadingからN先生夫妻が到着。一旦部屋に入って、まずパソコンをインターネットにつなぐ。メールをチェックして、一本返事を書く。
 N先生から電話が来て、一緒に学会会場へ。会場で参加者キットを受け取ってから、N先生と研究費の申請の件で打ち合わせ。そのうち日本のS先生も現れ、話をしているうちにWelcome Partyの時刻6時になる。ワインを一杯だけ飲んで、野菜類だけちょっとつまみながら、日本人のO先生、K先生、違うO先生、韓国人B先生、M先生、親方の大学に短期で来ていたアメリカ人B氏、カーディフのS先生らと挨拶&さまざまな話をする。
 7時15分ころに会場を失礼して、ホテルに戻りエレベーターを乗ろうとしたら、ちょうど先に戻っていたN先生夫妻とばったり。一緒に食事に行こうということになり、N先生夫妻の意向で中華かタイ料理にしようということで、ホテルのフロントで聞いた近くのタイ料理屋Daoへ行く。前菜の春巻き、トムヤンクンと適当に何品かとって三人で分けて食べる。ビールも飲み、全部でチップなしで60ドル弱。味はまあ、特に美味しいとかまずいとかと言うものはなかった。9時15分ほどに店を出て、タクシーを拾ってJohn Hancock CenterのObservatoryに行く。夜景を十分に楽しんでから、おりてN夫妻が絵葉書を買い、また飲み物を買ってからホテルに戻ったのが10時半前。人通りは多く、明るいが、そのころにはホテルの近くにも物乞いが複数いる。やはりアメリカはどこでもホームレスが多い。メールの返事を書き、財団の研究費の申請書類の一部を書いてから、1時前に寝る。

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6/29 学会の忙しいスケジュールの中、ベルトを買いに行く

 5時起床。さすがにちと眠い。メールの返事書きなどをする。着替えてからスーツケースを動かそうとしたら、なんとベルトが切れた!ベルトのバックルの爪が結構鋭かったので前からベルトが痛んでいたのは知っていたけど、さすがに仕事で出かける朝に切れるとはねえ。シカゴは5年前に来たときも、来る途中でスーツケースのキャスターが壊れて、仕方がなく今のスーツケースを買った。どうもこの町に来ると何かが壊れるようです。
 7時半に歩いて2分ほどの学会会場へ。そこで用意されたコーヒーとドーナツ・パンなどで朝食。学会会場でワイヤレスLANにつなぐと、すこし遅いけど問題なくつながる。これなら明日からはホテルから15ドルもかけてつながなくってもいいや。はじめの招待講演はまあまあの内容だったけど眠くてたまらない。その次のセッションはいくつか面白い話が聞けた。休憩でまた何人かと話をした後、町にベルトを買いに。会場の近くはMagnificent Mileと呼ばれる有名なショッピングストリート。なので、どこかにはあるだろうと思った。まず見つけたデパートのような大きな店では女性物しか置いてなかった。その店の男性用の店舗に行ったらべルトはあったけど、手に持ってみたのが220ドル!なんだそりゃってなものです。ほかも安くても120ドルくらい。あきれて他の店を探し、24時間スーパーのようなところで6ドルのベルトがあったのでこれを購入。とりあえずはこれでOK。しかし、昼でもMagnificent Mileには物乞いが何人もいる。なにか一心不乱に書き物をしながら、片手だけはカップを差し出しているのとか。盲人がキーボード弾いていたり。アトランタとはまた物乞いの感じがずいぶん違う。
 会場に戻ると12時。すこしセッションを聞いて、12:45からの予定が延びて13:10ごろから次回の大会を決める会議に日本人の代表として出席。投票の結果次回がオランダに決まったのが14:10。それからランチ。なので昼に行われたポスターセッションには参加できず。明日はポスター発表なのでその雰囲気を見ておきたかったのだが。それからN先生の研究費の申請の手伝いをしようとして財団のHPにアクセスしたら、実にひどいホームページ。入力フォームにながながとデータを入れさせられて、それを送ろうとしたら、自宅のFAX番号が入っていないという理由でエラーになる。自宅にFAXがない人はどうするの?それでそれまでに入れたデータが消えてすべて再度入れなおさないといけない。あきれてやめる。あとは夕方まで講演を聞く。面白い話もあればそうでない話も多い。この会議の話題が過去に比べて今回はずいぶん片寄っている。おそらくアメリカの補助金がまた片寄ってついているのでしょう。
 6時に学会会場を出てバスで市の南側の湖沿いにある懇親会場のAdler Planetariumへ。ワインと料理と音楽と会話を楽しみ、9時15分に帰るバスに乗ってホテルに戻る。5年前のシカゴでワインを飲みすぎて帰りのバスから降りるときに転んで額に青痣を作ったけど、今日は大丈夫。部屋で靴下を洗濯する。ワインの飲みすぎですぐに眠る。

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6/30 発表と見学と会議とワインでヘトヘト

 3時半にのどが渇いて目ざめる。ワインの飲みすぎ。5時半に再度目ざめたが、今朝はホテルからはインターネットにつながない予定なので、まだ余裕があるなあと、ベッドの中にいると、窓の外ですごい音。ものすごい雷雨。ビル街ですし必ずしも稲妻は見えないけど、風は強く、横殴りの雨。出かけるまでにはやんでほしいと思う。結局起きる。ランドリーサービスを電話で依頼。昨日は発表がないので上着は着ていかなかったが、今日は発表もするので上着を着る。なにせ英国に夏物のジャケットを持ってこなかったからねえ。買うというのもあったんだけど。会場はすこし冷房が効きすぎぐらいなので、大丈夫でしょう。
 雨がやんで、7時半に会場へ行って発表用ポスターを掲示。それから会場で朝食を食べる。ワイヤレスLANでインターネットにはつながってメールの返事を書くも、日記がUPできない。なぜだかホストコンピュータにつながらない。その後も同じ。朝の招待講演は大変面白かった。よくできた発表で勉強になった。ちょっと内容が多すぎて消化不良だけど。午前のその後の講演はあまり面白くなかった。興味の無いテーマなもので。デモをみたり、講演を聴いたりして、午前の最後の講演が終わるすこし前の12時半に会場で用意された昼食を食べ、13時からのポスター発表に備える。
 13時のころはほとんど見に来る人もなかったが、15分ほど過ぎてからは次々と見に来てくれた人に説明。終了時刻の2時半には疲れきる。次のセッションは半分寝ている。あとはデモを見たり、研究費申請の打ち合わせ、ポスターの撤収など。5時からは2ブロックほど離れた建物の見学。いやあ、研究費が潤沢なところは違いますね。とんでもない値段のものが各部屋に鎮座しているのを見て呆れました。すごいものです。臨床場面で使えるかどうかはともかく、論文はたくさん書けそう。すばらしいアイデアっていうよりも、財政力に任せた力技という印象であまり感心はしなかった。
 6時半に一度ホテルに戻って荷物を置いてから、再度学会会場の1階へ。6時45分集合のはずなのに数人集合するのが遅れたので結局出発は7:15。ここから15分ほど歩いて、会議をするレストランへ。レストランはCite Fine Diningという店。すばらしい眺望とワインを楽しんだ後、8時半ごろに着席して食事。このころの夕焼けもきれいだった。夜景ではJohn Hancock CenterのObservatoryからのほうが断然いい。食事のときに親方の隣は次回の大会開催が決まっているオランダのメンバーの一人で、その人の前が今回の大会の秘書をした人、その隣、つまり親方の正面の人も今回の大会のメインスタッフの一人。ということで、大会開催のノウハウの話を拝聴する。大変面白かった。ホテルは今回通常価格よりもずいぶん安かったのだが、これはホテルとずいぶん交渉をした結果だそうな。それとか、今回ははじめてIEEEという巨大な学会と契約を結んでそこの下の会議という位置づけにしたが、そのメリットとデメリットとか。デメリットは何といっても全経費の15%を上納金として支払う契約なこと。なお、今月からは20%に上がったんだそうな。これはとんでもない額。ただし、たとえば9.11の直後にトルコで会議があったが、親方も参加をやめたし、大多数の日本人は参加しなかった。世界的にも予定の半分も参加しなかったはず。なので大赤字だったわけだが、それは全部この学会が補填をしたので、開催者は損はしなかったんだそうな。などなど。それと日系2世なのかな?M先生と挨拶。M先生が学生だった6年前に顔は見かけていたが、挨拶はしなかった。今回はちゃんと挨拶。関西にある親方の大学の所在地を新潟のそばですよね?と言われたが、仕方がないねえ。日本で生まれ育ってもどこにあるか知らない人もいるからねえ。ずいぶんいい大学のポストについていたのでがんばっているのでしょう。双子の赤ちゃん連れで大変みたいだけど、旦那が面倒見てた。
 10時ごろに食事が終わって、それからまじめな会議。もう疲れているのに。将来のこの国際会議をどういう方向に持っていくかという議論。たとえば前述のIEEEとの関係をどうするかとか、そういう内容。結局11時半過ぎまでやって、もう親方は最後は眠くてたまらなかった。ホテルには12時過ぎに戻って、バタンキュー。

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7/1 午前の学会参加後、Montrealへ移動

 6時前に目覚める。眠いけど仕方がない。荷物を作って7時半前にホテルをチェックアウト。荷物を持って学会の場所に行き、荷物を預かってもらってから朝食。それから無線LANでインターネットにつなぎ、メールの返事。今日も日記のUPはつながらなくてできず。やはり無線LANの制限なんでしょうか。そうこうしているうちにいつの間にか朝一番の特別講演が始まっていたのであわてて会場へ。
 特別講演を含めてあまり親方の興味のない話が多い。N先生を探すが会場には見つからず。おかしいなあ、申請書に親方のサインが必要なはずなんだが。12時半に預かってもらっていた荷物を受け取り、歩いてCTA Red LineのChicago駅へ。エスカレーターには下りがないが、エレベーターがあるのでそれで下りると車いすでも通れる大きな入り口の目の前に出る。2ドルのカードを買う。これは勘違いみたいで、乗り換えのない場合は1.75ドルだが、ここでの乗換えとは地下鉄とバスの乗り換えのことらしい。だから1.75ドルでよかったらしい。この辺の案内はすごく悪い。改札を通り、再度エレベーターでホームへ。またWashington駅で乗り換えだが、ホームに下りると、Red Lineとの接続はやはり階段のみ。ここは車いすマークがあるんだけど、どうもエレベーターを使って一度改札を出るルートならば行けるということらしい。荷物を担いで階段で乗り換える。この駅はBlue Lineのホームではギターを弾いて歌っている人が、Red Lineの駅にはカラオケで歌っている人がいる。
 Chicago Ohare空港駅には2時前に到着。第3ターミナルへ行ってチェックインしたのが2時。相変わらず早すぎますけどね。荷物にタグをつけてもらったのをX線検査に持っていく。ここでは銃を入れてないかは聞かれなかったけど、写真のフィルムは入れてないかと聞かれる。不思議。銃はいいのね・・・。で、手荷物検査場へ。革靴をサンダルに履き替えて通ろうとしたら、大変丁寧に拒絶される。布とゴムだけのサンダルなのにね。なので脱いでサンダルもX線検査へ。ゲートを通ったらベルトのバックルに反応。これも取ってX線検査へ。要はすべてならなくなるまで全部ひんむくらしい。親方はベルトを取ったら問題なかったけど。
 で、中に入って手近なレストランに入って食事。シカゴのローカルなビールGoose Island Honker's Aleを頼んだら、パスポートを見せろと言われる。実は話には聞いていたけど、親方には初めての体験!そんなに若く見えましたかね?ほぼ全員に見せるように言ってましたけどね。あとは野菜スープとSouthwestern Saladをもらう。合計で21ドル。野菜スープは普通のトマト系。サラダはスパイスの効いたひき肉が乗っているところがSouthwesternらしい。ふた皿食べて、野菜でおなかが一杯になる。ここは当然ナイフなどの食器は空港の中なのでプラスチックだが、そうでない場所でもアメリカではプラスチックの食器ばかりだった。例外は本当にいいレストランだけだった。アメリカは使い捨ての極地だなとつくづく実感したアメリカ滞在だった。
 あとは出発時刻まで日記書きや写真の編集などをしてすごす。5:15発のAmerican Airlineだが、ゲートイン時刻の4:30になってもゲートの向こうに飛行機はいない。結局飛行機がそのゲートに到着したのが5:05。当然搭乗開始が遅れて5:20。ゲートを離れたのが5:50。離陸直後はすこし雲があったけどシカゴの街がきれいに見えた。しかし、すぐに雲の上に。親方の隣は空席で楽だった。30分ほど眠る。飛行時間は約2時間弱だが時差が1時間あるので着陸は夜の8:40。このときモントリオールは激しい雨。着陸直前に虹が見えた。だけどゲートの準備が終わっておらず、ゲートの手前で飛行機が止まったまましばらく待たされて、ゲートに着いたのが9:05ごろ。このころには雨脚も弱くなっている。しかし、やるなと放送されても機内で携帯電話で電話するのとかがあちこちに。みんなフランス語の人間。
 入国審査で国際会議できたって言うと、どこでやるんだと言うので、Magogと答えると、笑いながら、ああ、小さな町だよ、楽しんでくれ、だそうな。そんな笑うような町なんでしょうか?すぐには荷物は出てきそうもなかったので、まずは両替。そしてすこし待ったら親方の荷物は意外に早く出てきたので、それを拾い上げる。すると、向こうから、「それはお前のじゃなくって俺のだ」って叫んで近づいてくる怪しいフランス人が一人。午前まで会議で一緒だったM先生でした。一緒のフライトだったんですね。気づきませんでした。すこし話して、ご家族が一緒らしいM先生とは別れて、タクシー乗り場へ。バスも安くていいのだけど、飛行機が遅れて遅くなったし、弱くなったとはいえ小雨の中を知らない町をホテルを探すのも面倒だし。31カナダドル+チップ。Downtownまでのタクシー運賃がきちんと決まっているってのはいいですね。泊まったホテルはBest Western Europa Downtown。10時にチェックイン。
 この時刻から夕飯を食べるところを探しに出かける。結構街は人通りも多く、金曜日の夜ということもあるのか騒がしい雰囲気。店もやっているところが多く、安心。街によってはこの時刻では暖かいものがもう食べられないところも結構多いですから。ホテルの1ブロック裏にあったイタリア料理屋BISというところに入ってみる。周囲のバーなどの飲み屋とは違って暖かい料理を食べられそうだったし、まだ入れそうだったから。ちょっと高そうではあったけど。それと、ガイドブックを見たのだが、モントリオールらしい料理というのはなかなかないと書いてあったのと、ガイドブックに載っていた店の中で、興味を引いた店がなかったというのもあった。そうしたら期待した以上の料理に大満足だった。
 少しうろうろして水を買う。ここでは店員に、「お前はモスリムか?」と聞かれる。親方のひげのせいでしょうけど、そう正面から聞かれたのは初めての経験。「いや違う」と言うと、「じゃあ宗教はなにか?」と聞かれるので「仏教だが、日本の特殊な仏教だ」と答えておいたけど、あの人はそれでモスリムかどうかで、何を聞きたかったのでしょうね?それとともに、断食月に高緯度の地域で日が長かったらたいへんだなあ、とか考える。ホテルに戻ると12時前。すぐに眠る。

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7/2 Old MontrealとJazz Festivalを楽しむ

 朝5時に目ざめたが、土曜日だし、旅の疲れがたまっているし、どうしてもという予定があるわけでもなし、また寝て、8時に起きる。9時半前にホテルを出て、すこしホテルの周辺を歩きまわってからTourist Informationへ。ここは大きいですね。これだけ大きなTourist Informationはそうはない。しかも10時の市内の観光バスの出発の直前なのでチケット購入の客などでも混んでいる。親方もざっとパンフレットなどを見た後、障害者のアクセシビリティーに関していつもの質問。すると番号を渡されて待てとのこと。15分ほど待って担当に人に聞くと、そういうパンフレットがあるから待てと言われたが、もらったのは薄い一枚のパンフレット。地下鉄は古くてアクセシブルじゃないとのこと。あとの詳しい情報は、直接電話するかメールアドレスに問い合わせろと言われる。待たされた割には大した情報はない。まあ、大都市はどこもそんなものだが。
 それからすこし山の方へ行くと、道の角にうまそうなDeliがあったのでそこで朝食を食べることにする。Ben'sというデリカテッセン。本当にここのSmaked-Meatは美味しかった。普通に毎日食べたい味。
 11時前に食べ終わり、今度は川のほうへ向かって歩き、Old Montrealを散策。いろいろ見て歩き、3時前に遅い昼食を食べる。それから歩くと、結婚式あり、なにかの行列あり、チャイナタウンありで、歩き回っているうちに、Festival International de Jazz de Montrealの会場まで到着。4時15分ごろついて、7時半まで会場エリアでジャズを楽しみ、8時前にホテルに一旦戻る。
 明日の打ち合わせをしようとS先生に電話したが、ホテルには到着したようだが、部屋にいない。なので、それまでのラフな服装からすこしちゃんとした服装に着替えてから(と言ってもTシャツ・半ズボンからポロシャツ・長ズボンにしただけですが)、昨日のBISレストランに行く。また大満足して、また水を買ってからホテルに戻ると10時前。ホテルの部屋の電話機が点滅しているので、S先生からのメッセージだと思って、メッセージのボタンを押したが、フランス語の案内しか流れてこない。どうも何か操作しないとメッセージが聞けないらしい。面倒なので直接S先生に電話すると今度は部屋にいて、明日何時に集合するかの打ち合わせ。そのあと少し日記を書いて、途中で11時過ぎに眠くなったので就寝。

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7/3 怒りをJazzで癒してから学会会場のMagogへ移動

 このホテルはうるさい。何度か目ざめては寝て、結局起きたのは8時半。時間の割りに寝た感じがしない。荷物の整理などして、11時前にチェックアウト。荷物をフロントで預かってもらって、歩いて昨日も行ったBen'sデリカテッセンへ。ところがここで不愉快な対応をされる。料理がうまくてもサービスがひどいのではねえ。
 不愉快な思いを引きづったままJazzの会場へ。音楽を聴いているうちに不快な気持ちも治まり、Jazzを楽しむ。結局3時過ぎまで会場にいて、それから歩いてホテルまで帰り、預けていた荷物を受け取る。タクシーを呼んでもらって、バスターミナルに向かったのが3時半前。タクシーはチップを含めて11カナダドルだった。バスターミナルは案内がフランス語なのでわかりにくいが、チケット売り場はすぐにわかった。ここでMagog行きの往復チケットを買うと、帰りの予約は必要ないという。1年間のオープンチケットということ。49カナダドル弱。ゲートで4:30発のバスを待っていると、S先生も到着。しばらく話をしているうちに出発時刻になり、乗車。席は6割くらいの埋まり具合。
 1時間半乗車してMagogへ。S先生がターミナルのカフェの中に入ってタクシーを呼んでもらい、乗車したのが6時10分。10分ほど乗って、学会会場兼宿泊場所のHotel Cheribourgに到着。タクシー代は約12カナダドル。フロントでしばらく待たされて、チェックイン。相変わらずS先生は変わっているというか、いまどきクレジットカードではなく現金で払うとはねえ。クレジットカード持っているのに。ホテルとかで使わなかったらどこで使っているのでしょうねえ?一旦荷物を部屋に置いて、半ズボンとサンダルなのを長ズボンと革靴に履き替え、学会の登録所へ。名前を言って学会キットの入ったバッグを受け取る。ここでS先生と待ち合わせだが、いつものことでS先生はすぐ来るような口ぶりだけど来ない。こちらも慣れてきたので、一度部屋に戻って不要なバッグ類は置いて、戻ったけどまだ来ないので、先にWelcome Party会場へ。
 ここでサングリアを一杯のみ、バフェ形式の軽食を食べながら、アメリカや韓国などからの学会参加者と歓談していると、S先生もようやくやってくる。食べて、いろいろな人と話をして、最後はしばらくS先生と話をする。まだ話をしている人も多いが、8時半過ぎに「インターネットにつないでメールを書くから」と言って部屋に戻る。しかし、まずはお洗濯。洗濯物を干してから、インターネットにつなごうとトライするが、無線LANにはつなげず。なので結局は電話回線でつなぐ。こちらは問題なくつながった。

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7/4 学会はそれほど面白くないが会話は楽しい

 6時起床。朝メールを読んで、いくつか返事。シカゴで最終日に会えなかったN先生からメールが来たので書類をFAXで送ってほしい旨を送り返す。後は学生などから。もうひとつ証券会社から、満期になった商品をどうするか返事をしてくれという連絡も来る。朝食は学会参加者のアメリカ人夫妻と話しこむ。一度部屋に戻って証券会社へ送るFAXを書いてから、学会会場へ行って無線LANにつなぐ。
 8時半から学会に参加。まず特別講演で、その後は研究発表。しかし、どうも親方の直接の専門と違うのと、基本的な考え方の相違で、あまり面白くない。コンセプトはともかく、現実的でないので。それはお金をかければいろいろ測れるだろうけど、それって現実的なのか大いに疑問。アイデアやセンスと言うよりもお金に任せた力技ってのも多い。半分はウトウトしながら聞く。
 昼前にN先生からのFAXが早速届いていて、受け取る。コーヒーブレイクでは久しぶりに会った若い日本人研究者のT先生と話をする。所属が変わられていたのは知らなかった。昼は、フランス人・シンガポール人・フランス系アメリカ人と話をしながらごはん。シンガポール人は前回の大会長、フランス人はその前の第一回の大会長という偉いメンバー。この会は親方は初めての参加だが、毎回食べているか会場で講演を聞いているかという会議なのだという。前回もシンガポールで美味しいものを満喫したんだとか。いい会ですねえ。次回どこかな?食後、部屋に戻って、N先生からのFAXにサイン。これをフロントにもっていって日本に郵送してもらうのと、FAXを日本に送る。
 午後のセッションもあまり面白くない。会場も人数も割りに広すぎる。ホテルなので机と机の間のスペースを取りすぎるので、一列後ろに座るとスライドが非常に見えにくくなるし。S先生も発表用のスライドがおかしくなっているので、親方のパソコンでもチェックしてほしいと言うので、チェック。やはりおかしい、というよりもS先生が最終確認せずに間違って重要なスライドを一枚消しちゃったようにしか見えないけど。親方のパソコンを10分ほど貸して直す。
 一度部屋に帰って荷物を置いて、夕方のポスターセッションへ。T先生の発表は下手。英語も下手だけどアッピールの仕方も下手。若いから仕方がないとはいえ、いくらなんでも聞いていてよくわからず。しかし、2日目のはずが来てみたら日程が変わって初日になっていたっていうことで、心理的な影響もあるのだろう。その後、T先生を慰めているうちに、主な学会メンバーは大学の見学に行ってしまう。そんな予定はないのに急遽。出遅れて参加できなかったので、仕方がなく、当初の予定通りの隣のホテルでの学会のBBQパーティー会場に着いたのが7時前。7時半からのはずなのに数人しかまだ来ていない。見学に行ったメンバーは戻ってこないけど、7時半にはBBQパーティーが始まる。バーベキューっていっても、ホテルの用意したものなので、こちらが作るわけではない。ラム・ポーク・ビーフのいずれか(ないしは全部)と野菜類を好きに取って食べられる。しかし、ドリンクは無料のチケットが一杯分のみで、あとは自分で買うシステム。T先生とアメリカの大学に来ているインド人、それとオランダ人とで同じテーブルで話をしながら食べる。このオランダ人はBBQ会場のホテルに泊まっているんだそうな。隣と言っても徒歩10分だけど。でも、交渉した結果安くなったのだそうな。カナダやアメリカはレンタカーで行って、近くの各ホテル・モーテルで順番に値段交渉するのが一番安くていい、のだそうです。さすがですねえ。
 疲れたので9時にホテルに戻る。部屋から無線LANにつなぐと、珍しくつながった!メールを送る。寝る前に日記をUPしようとしたら、このときは無線LANがつながらず。

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7/5 カナダといえば虫という印象

 6時起床。外は強い雨。親方はバンガローのような離れなので困ったものです。朝無線LANにつなげたので、メールの返事。しばらくやっていると、突然また無線LANにつながらなくなる。どうも不安定。誰も無線LANを使ってないといいけど、誰かが使っているとそちらが優先されてしまう感じ。7時過ぎに食事に。すこし降っているけど小降りになったのでホテルの本館までは傘なしでも問題なし。朝一番の特別講演のシンガポール先生、中国系のフランス人、ニュージーランド人と会話をしながら朝食。一旦部屋に帰って、再度無線LANにトライするがやはりつながらず。あきらめてすこしパソコンで作業。
 それから9時すこし前に出て、朝の学会はサボって、数km離れたParc National du Mont-Orfordへ。林の中を歩くが、虫の多さに閉口。ホテルへ戻ると11時半。部屋に入るとすでにベッドメイキングは終わっている。洗濯物も部屋の中に吊るされていた。部屋の中にハエがいつの間にかは入ってうっとうしい。今日一日虫に悩まされてばかり。すこし休んでから、学会会場へ行って昼食。S先生に朝は見かけなかったが?と言われる。はっはっは!昨日も一緒だったオランダ人、カナダ人、カナダに来ているモロッコ人と同じテーブルで話をしながら食べる。オランダ人には写真を提供してもらうように交渉し、快諾を得る。それから会場の近くのいすで無線LANにつなぐと、新しい学生からのメールもきている。急いで返事を書く。
 今日の午後のセッションも面白くない。3時ごろから外は雷雨。6時過ぎても降っている。学会会場のインターネットでメールとニュースをチェックする。またうちの大学は新しいことをはじめたらしい・・。うむむ、また仕事が増えるのかな。懇親会は7時半から。はじめはストリートオルガンでケベックの歌を聞く。それから席に座って料理。今日はロブスター(という名のオマール)一匹。さすがに食べ応えがある。10:30に会場を抜け出して部屋に戻る。

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7/6 午前は学会に出てから帰国の途に着く

 6時起床。今朝は何とか無線LANがつながるのでメールの返事。気がつくと電話が点滅。またメッセージらしいが、ここもモントリオールと同じでフランス語のメッセージが流れてなにか入力しないといけないらしい。さっぱりわからず。7時過ぎに食事。あわてて部屋に戻って荷物のパック。参加した3学会の予稿集や資料などでずいぶん重くなった。
 8時半過ぎにフロントに行ってチェックアウト。ところが、伝票にランドリー代が含まれておらず、やりとり。それから学会事務局へ行って、荷物をおいておけるところがないか聞くと、ちょっと待てと言われて、場所を用意してもらう。もうひとつ、学会参加費が不明確なので質問。通常は学会の参加費に学会主催のディナーなどはすべて含まれているが、ここではなんとホテル料金に含まれているという。だとすると、この地元から参加している人はこのホテルを使わなければ、これは払わなくっていいの?って疑っちゃいますね。運営が実にまずい。ホテル代が高いのはこのせい。だけど学会参加費もけっして他に比べて安くはないからねえ。
 9時まえ再度無線LANにつないでメールをチェックし、9時から特別講演。今日の話も特に新規性があるように思えず、感心もしない。説明のしかたのテクニックはうまいと思うけど、どこにもあるアイデアのコピーにしか見えない。コーヒーブレイクでは日本人のY先生と初対面の挨拶。初日の発表は聞いていたが、話しかける機会が今までなくて。次のセッションの前に、オリンピック開催地がロンドンに決まったとスコットランドの大学から来た座長から報告。特に面白くもない発表が続いて会議終了。
 会議場で昼食を取りながら、各参加者と別れの挨拶。預けた荷物を受け取って靴を替えるなどして、S先生とホテルのフロントでタクシーを呼んでもらう。タクシーでMagogのバスステーションへに着いたのが2時。次のモントリオール行きのバスは3時半。ということでターミナルのCafeに入って缶入りのりんごジュース(1.50カナダドル)を飲みながら1時間半S先生とお話し。定刻を数分遅れてきたバスに乗り、モントリオールへ。モントリオールの近くでは平日の夕方だからか渋滞していたが、バス専用レーンなども一部にあって、ほぼ予定通り5:10にモントリオールのバスターミナルに到着。空港行きバスのチケットを買おうとチケット売り場に並んだが、開いている窓口が3ヶ所だけで15分ほど待たされて購入。片道13カナダドル。乗り場に行って待つも、予定の5:40が過ぎてもなかなかバスは来ず、来たのは50分をすこし前。6時すこし前に出発し、市内のホテルの前の乗り場を回るが、夕方のこの時刻にホテルの前から乗る人は皆無。結局6:15ぐらいにDowntownを離れ、空港へ。モントリオール国際空港には6:45過ぎに到着。
 Air Canadaのチェックインカウンターに行くが、案内が悪くてわかりにくい。聞くと、親方たちのロンドン便は列の短いところでいいことがわかる。その横に長い列があったけど、あれだと長い間待たなければならなかっただろう。S先生と二人で行ってチェックインだが、チケットを発行している会社も別だからか、別々に処理。その結果、二人は離れた別々の席に。まあ、特に問題なし。すぐに手荷物検査場へ。親方はパソコンを調べられた。まずパソコンのあちこちをろ紙のようなものでこすって検査機に。ついで、パソコンのふたを開けるように言われ、開けると、OKと言われて無罪放免。これが夕方7時前。まだチェックイン時間まで3時間ある。しかし、あまり頻度の多くないバスを使って来るから余裕をもっておいたのはいつものこと。
 S先生と二人で免税店やレストランなどを眺めるが、この空港は狭くて、店の数も少ない。食べられるところは、クッキーぐらいしか食べるもののないカフェともう一軒のレストランしかなかったので、レストランに入る。親方が頼んだのはクラブサンドイッチ。トースト・何枚もの薄切りSmoked-Meat・トースト・トマト&レタス・トーストという構造のTriple Decker。これにChipsがついて、食べ応え満点でおいしかった。コークを飲んで税を入れて15.8カナダドルほど。空港だから普通ですね。チップを入れて18カナダドル払う。しかし、S先生はいつものことでほとんどチップを置かない。ここでも1カナダドルも置かず。こういう先生と割り勘ってのが難しい。まあ、割り勘って習慣がないからいいのかな。ここは別々に支払う。ちなみにホテルへのタクシー代は行きはS先生が、帰りは親方が払ったので行きの運転手と帰りの運転手とではもらったチップがずいぶん違うはず。とはいえ、この空港のレストランも伝票の一番下に書いてある「これはチップは含まれていない料金です」というところをボールペンで丸してから伝票を渡してくるのは下品だけどねえ。
 食べ終わってから免税店を覗く。親方は空港でも免税品を買うことはめったにないのだが、気になったMaple Butterを購入。シカゴのレストランでも出てきたメイプルシロップ入りのバターですね。ここでは支払いはカナダドルと米ドルを混ぜて。残りのカナダドルを全部使い切り、残りの料金を米ドルに換算してもらって米ドルで払う。後はひたすらゲートの前で待ちながらS先生ととりとめもない会話。ゲートインはほぼ時刻どおりの9:55。飛行機に乗る直前に伝票を見せて免税品を受け取り、席へ。席は一番後ろから2番目の2列席の窓側。隣は誰も来なかったので楽だった。近くの子供も騒がなかったし。定刻の10時半にゲートを離れる。

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7/7 爆弾テロのさなかに帰国

 飛んで1時間ほどで食事がでる。あとはひたすら眠る。と言ってもなんだかんだゆれたりなんだりで熟睡まではいかないが。七夕だが、外に星は見えず。飛行機の中の灯りを落とした時間は寝込んでいたし、そのうち外が明るくなったので。到着1時間半前にも食事が出たが、親方は食欲よりも睡眠でもらわず。予定よりも30分も早く、朝の9:45ごろにヒースローに着陸。ロンドンは小雨で寒い。2週間ぶりに英国を思い出した。この2週間はずっと暑かったからねえ。
 入国審査は何も問題なく、この一年で一番簡単にすむ。荷物を取りにいくと、もう荷物は出始めていて親方の荷物はすぐに出てくるが、一緒にチェックインしたS先生のは全然出てこず。最後に出てきてほっとする。到着したターミナル3からバスターミナルへ移動。するとバスターミナルへ上がるエレベーターの前に長い列。こんなに混んでいることはかつてなかったので驚く。地下通路から地上のバスターミナルに行くと、カーディフに行く201便のコーチがいるが、親方たちはこれより後の便のチケットしか持っていないので、聞いたけど乗せてはもらえず。S先生は次の12:10発のチケットを持っているが、親方はどうせ飛行機は遅れるだろうと、その次の便を予約していたので、親方だけS先生と同じ12:10発の便に変更してもらおうとチケット売り場へ。ところがこれがとんでもない長蛇の列。そこに並んでいると、その先でロンドン行きとそれ以外の二つに分かれさせられる。すると、半数はロンドン行きの乗客であることがわかる。最終的に20分待って、ようやくチケット売り場へ行き、手数料2ポンドを払って便を変更する。
 それからトイレに行こうとしたら、一番近いトイレが閉まっていた。後で考えればテロのためのチェックをしていたらしい。なので地下に降りたら、ロンドンへ行く地下鉄が全面的に止まっているという。理由はMajor Power Damageだとのこと。地下を通って隣のターミナルに行ってトイレを使い、S先生の待つバス乗り場へ。すると自宅と携帯で電話していたS先生が教えてくれた。Power Damageではなく、ロンドンの地下鉄で爆弾が爆発して死者が出たからだと。それで空港もやけにセキュリティーの人間が多く、なかには自動小銃をもった警官もちらほら見えるわけですね。
 これが11時。ここでまたコーチを1時間以上待つ。半そでの親方は寒さで震える。うっかりして薄いセーターはスーツケースの中。乗り場は人で混雑している。他のコーチなどを見送っていると、201番のコーチの乗り場である9、10番乗り場は両方ともロンドンからのバスの降り場になってふさがる。と思ったら、その隣の8番乗り場に201番のコーチが到着して、みなそちらへぞろぞろ移動。すると、係の人がSwanseaへ行く人はこちらへ乗れって9番乗り場のコーチを指す。どうも、この時刻のチケットを買った人が多いので、増便したようで、行き先ごとに分けるもよう。結局カーディフ行きは7番乗り場のNational Expressではないバス会社のコーチということで、そこに乗り込む。ほぼ満員に近い。
 12時半ごろ出発。途中の自動車専用道路A4は大渋滞。テロの影響かと思いきや、実は事故渋滞。2時にReadingの近くの反対車線で中央分離帯に激突している大型車両を撤去しているのを見た後はスムーズ。行き先別にしたので、いつもは寄るChepstowには行かず、そのままA4を直進。しかし、運転手はNewportに行ったことがないんだと。いくら臨時の増発でもそんなのでいいのか?乗客に指示されながらNewportのバスステーションへ。そのころにはまたS先生が奥様と携帯で電話して、死者が33名出ていると聞かされて暗澹たる思い。カーディフには16時到着。しかし、カーディフ中央駅も、バスターミナルも封鎖されている。コーチもバスステーションには入れず、その横で下ろされる。S先生とタクシーを相乗りで利用し、4時半前に自宅に到着。
 まず、テレビをつけてBBCのニュースを見るとともに、パソコンをネットにつないでこちらでもテロの様子を見る。こんなに何ヶ所もで爆発したとは思わなかった。まずは、それを一通り見てから、緊急のメールを処理し、親や親しい友人にメールで無事であることを伝える。それからたまっていた郵便物を見る。電話&インターネット接続会社のNTLからは、先々月の分だけ処理されて、先月の支払いができていないという催促状。ちゃんと電話しただろ!この会社にはあきれてものが言えません。それと今日の昼過ぎに荷物が届いたが、不在だったので2階の10号室に預けたというメモ。10号室の人とはちゃんと挨拶をしたこともないが、この爆弾騒ぎのときに自分宛ではない小包を預かってもらって不安ではなかったのかしら?すぐに受け取りに行き、御礼に手ぬぐいを置いていく。小包は注文していた書籍。それから、近くのShop Rightへ行って、明朝用のミルク・パンなどを購入。それから中華のTake Awayを買ってきて食べる。今日は英国時間で朝5時半に機内で食べて以来の食事だったから、さすがにおなかがすいた。そのあとはテレビのニュースをみながらウトウト。さすがに疲れた。これではいけないと、10時過ぎにベッドに入って寝ようとすると、今度は眠れず。時差ぼけが・・・。

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