この年に、ネムルート山の申し込みをしていたが、催行できず、こちらになりました。参加者は、添乗員を含めて、9名という、少人数。これくらいだと自由も利きますよねえ。
第二希望でしたが、ペトラやパルミラに行ってみたかったので、もちろんOK。確か、パルミラはNHKのシルクロードでも紹介されたなあ。
96/08/07 成田-(MS865)-カイロ(機内泊)マニラ・バンコクにてトランジット
96/08/08 →カイロ(ピラミッド観光など)-(MS814)-クイーン・アリア国際空港→アンマン
96/08/09 アンマン→ネボ山→マダバ→死海→ペトラ
96/08/10 ペトラ1日観光
96/08/11 ペトラ→ワディ・ラム→アンマン
96/08/12 アンマン→ジェラシュ→ラムザ(国境)ダラ→ボスラ→ダマスカス
96/08/13 ダマスカス→マアルーラ→クラックス・ド・シュバリエ→パルミラ
96/08/14 パルミラ1日観光
96/08/15 パルミラ→ダマスカス-(MS751)-カイロ
96/08/16 カイロ-(MS864)-〜機内泊
96/08/17 →成田
再びイスラム圏の旅をすることになった。しかし、今度は最初からエジプト航空という、アルコールを出さない航空会社だ。混雑期に当たるも、隣にいたタイ人らしきオッサンは、仲間のところに移動して、最初から3席を独占できたのはラッキー。マニラ到着。サンミゲルを楽しみにしていたのに、機内待機だとぉ。
仕方なく、バンコクまで我慢。エジプト航空の紅茶がなかなか美味い。バンコクでは、あわただしいトランジットであったが、無事ハイネケンを手に入れる。ここでもあまり乗客は乗ってこず、横になってゆっくり休めた。
途中揺れはしたものの、無事カイロ到着。しかし、我々はビザの申請のため、しばらく待機となる。それにしても、イミグレーションの内部にまで、現地の旅行社の人間が入ってこられることじたい不思議な気がする。まだ真っ暗なカイロ市街をホテルへ。長旅ということでか、ホテルが取ってあった。あてがわれた部屋は、スイートルームの片割れで、かなり広大なスペース。バスルームもあるのだが、なんとベッドがなかった。慌ただしく、シャワーを浴びると、もうオプショナルのピラミッド・スフィンクス観光の時間になっていた。
ギザまでのガイドは日本人だった。パノラマポイントで、20£のTシャツを3枚で50£に負けさせる。一通り観光を終え、ぼーっとしていると、「プレゼント」男が登場。普段なら手を出さないところだが、時差ボケの頭は働かず、つい受け取ってしまう。ここからがトラブル。何とか振り切ったものの、安物の、カフィーヤが手元に残った。
午後からは、昼寝を決め込む。ベッドがないので、ソファーに横になるが、カイロ市街のクラクションになかなか寝付かれない。
再び空港へ。道の両側を警官が数mおきに並んでいる。これが延々と続く。ムバラク大統領の警備らしい。空港に到着。これから慌ただしく、ヨルダンに飛ぶ。案の定のディレイ。アンマンでかなり遅い夕食を取り、部屋に戻るとほとんど日付が変わっていた。家を出てから、かなり時間がたっていたが、長い一日だったと振り返る暇もなく、眠りに落ちる。
ヨルダンの朝食は、カークという香辛料のついたパンから始まった。バスを待っていると、夕べのフライトで隣に座った子供が。ふと傍らを見ると、その母親らしき女性が。あれ、今日はパンツルックか。昨日は、アラブ服だったのに。しかも髪の毛まで出している。まったくアラブもやるときはやるものだ。
ネボ山へ。ここは、モーゼ終焉の地といわれている。遠くに死海も見え、遙かパレスチナやイスラエルも眺められる。帰ってから、「十戎」あたりのビデオでも見ようと思っていたが、これは果たせないでいる。
続いて、マダバへ。聖ジョージ教会(ギリシャ正教)に教会に、世界最古のモザイク地図があるという(右)。なるほど、まだ地図の概念がはっきりしなかった頃のもので、北が上にはなっていない。このあたりから、ナイル川流域、現在のトルコ南部あたりまでを描いたものである。また、死海に流れ込む川に当時あったとされる、逆流現象なども表されていた。魚の絵なども描いてある。
ここをあとに、死海へ。ビクトリア湖から始まる、大地溝帯と呼ばれる断層に水が溜まったのが死海である。標高が海面下にもなるため、急激にバスは下る。鍋の底にあたるようなもので、このあたりは、ものすごく暑い。
とりあえず昼食である。ヨルダンでは、なすや胡麻、豆などをペースト状にしたものが出される(左)。これをホブスと呼ばれる丸くて薄いパンに付けたりして食べる。この時は、切
ってあり、ビニール袋に入っていた<ホブス。そして、この時のメインディッシュは、ムグラビィーヤ(右)。こちら版のクスクスと考えてもらえばいいだろうか。
食事も終わって、いよいよ死海での浮遊体験である。まるで海の家を思い出させる、更衣室に行き着替える。足下がざらついて、あまり衣類をつけたくないなぁという雰囲気。係のオヤジがなかなかロッカーの鍵を見つけられない。
死海は、塩分がものすごく濃いので、目に入らないようにとの注意がある。この日のために、ゴーグルまで用意してきた。浜(?)に出るが、ものすごく暑い。砂も熱い。入ると、水は適度。背中を下にして足を上げる。簡単に浮かんだ。こ
の姿勢を続けているのは、かなり腹筋が鍛えられそうである。途中死海の泥パックエステ洋品が売られていて、特に女性陣に人気であったが、こちらの方が利きそうでもある。
水のシャワーを浴びたものの、塩分がまだ残っているような気もした。しかし、とても乾燥しているのだろう、そんな気分はしなくなってきた。途中の休憩で、カフィーヤを強引にかぶせられる。記念と思い、ひとつ買う。それにしても、巻き方がよくわからない。決して暑くはないのだが、やや蒸れる感じがした。
ペトラには、夕方到着。