ミ サ(エウカリスチアの秘跡)
教会は、神を礼拝する祈りの共同体です。父である神、その独り子である主イエス、聖
霊を礼拝します。この三位一体である神を礼拝して、その神の愛の溢れから注ぎ出される
命にあずらせていただきます。
三位一体である神を礼拝させていただけること自体、神の恵みによります。それはひと
えに人となってくださったその独り子、主イエスによるのです。それゆえ、わたしたちは
、この主イエスをとおして、聖霊を受けて、父である神を礼拝します。
わたしたちの礼拝の中で、その主イエスがわたしたちの救いのためにいけにえとなって
なし遂げてくださった十字架上の死と復活の記念が中心です。(洗礼の秘跡の項を参照)
。その記念を行なうのが、ミサです。ミサはその死と復活の単なる記念ではなく、この出
来事の再現、現在化です。ミサの中で、わたしたちはその主イエスと共に父なる神を礼拝
します。
ミサは、教会の初期から「主の日」と呼ばれる日曜日にキリスト教徒が集まって祝われ
てきました。わたしたちも、日曜日を「主日」と呼んで、毎日曜日ミサを祝っています。
主日のミサに集(つど)うことにより、わたしたちは復活者として現存なさる主イエ
スを中心とした「神の民」になるのです。このミサの締めくくりは、聖別されたパンとぶ
どう酒の装いのもとにわたしたちの食べ物となられた主イエスの御体と御血を拝領し、主
イエスと一致することです。このように主イエスを頭とし、わたしたち信仰者を肢体とす
る「キリストの体」になるのです。教会とは、この「神の民」であり、「キリストの体」
のことです。
こうしてミサの中で主イエスを中心として信仰を同じくする兄弟姉妹たちと「共に」祈
ることができることは、大きな喜びであり、慰めであり、励みになるにちがいありません
。主日を中心として、ミサは週日も毎日祝われます。週日の間に、イエスと聖母マリアの
生涯に起きた出来事、それに使徒たちをはじめ聖人、聖女を記念する日があり、その日に
はそれを記念してミサが行なわれます。
ミサの時間:現在、通常のミサの時間は、「ミサの時間」にあるとおり。
毎月1回、日曜日に「子供と共にささげるミサ」が行なわれます。
クリスマスや聖週間、復活祭など、特別な祝祭日には、別にミサの時間
が設定されます。月間予定またはお知らせを見てください。
洗礼の秘跡
この世界に起こる悲しい出来事や恐ろしい事件は、すべて人類を覆う根源的な罪の結果
です。聖書に書かれている人祖アダムとエワが犯した罪にその根源的な罪を見て、これを
原罪といいます。この原罪から救うために、父なる神の独り子は人となり、死の運命に服
して、死を克服してくださったのです。これが人の救いのためにイエスの死と復活がもつ
意味です。この主イエスの救いの御業(みわざ)にあずからせていただき、新しい命を生
きるようにされるのが、洗礼の秘跡です。
人生のいろいろな機会に、呼びかける神の声を心に聞いて、信仰者になろうと思う人は
、神とはいかなるおかたであるかを学び、同じ信仰の共同体(教会)と共に祈りながら、
洗礼を受ける準備をします。その準備ができた人は、信仰を宣言して、洗礼の水で原罪と
自分が犯したすべての罪から洗われて、聖霊を受け、主イエスの命を生きるものとなりま
す。この秘跡を受けることにより教会の一員となり、さらにほかの秘跡により豊かな恵み
を受けることができるようになります。
箕面教会では、洗礼の秘跡は、復活の徹夜祭の典礼の中で行なわれるのが、基本です。
しかし、それに限りません。特に幼児洗礼は、ご両親の申し出により、日曜日のミサの中
で行なわれることもあります。
なお、洗礼をお望みになるかたのために、毎週土曜日午後に信仰教育のための時間があ
ります。洗礼をお望みにならなくても、キリスト教信仰を学んでみようと思われるかたも
、それに参加してください。土曜日の午後では都合の悪い方のためには、ほかの時間も考
慮しますので、司祭に申し出てください。
ゆるしの秘跡
神から受けた恵みに答えて、わたしたちは生きなければならないでしょう。神から命そ
のものをはじめ、たくさんのお恵みを頂いているのですから、神のお望みになるように生
きなければならないでしょう。ところが目先の関心事に心惹かれて、わたしたちは神のお
望みなど無視したり、背いたりしてしまいます。神から受けた恵みに答えないところに、
罪があるのです。神は心を痛めておられます。
ですから、わたしたちは過去を振り返り、犯した罪があれば、これを悔やみ、今後は犯
さないように決心しましょう。実は、過去を振り返ることは、だれにとってもきわめて重
要なことです。こうすることにより、新しい未来が開かれるからです。それに、もっと大
切なことがあります。罪を犯すことは不幸なことですが、犯した罪を認めて悔やむことに
より、神がどれほど慈悲深いおかたであるかがわかるのです。神は、どんな罪も赦してく
ださいます。この神の慈悲を体験するのが、ゆるしの秘跡です。実は、ゆるしの秘跡こそ
、わたしたちの霊的活力の源泉なのです。ゆるしの秘跡では、洗礼を受けたあと犯した罪
を司祭をとおして神に告白し、ゆるしの恵みをいただきます。
ゆるしの秘跡の時間
日曜日のミサの30分前、8:30AMから聖堂の告解場に聴罪司祭がおります。
待降節と四旬節には、外から司祭を招いて、ゆるしの秘跡を受ける機会があります。
そのほか申し出てくされば、いつでも司祭はそれに答えます。特に土曜日午後には待機
しております。箕面教会所属でない信徒の皆様もお気軽にどうぞ。
教会の祈り
ミサと並んで教会の公式の祈りとして、『教会の祈り』があります。これは従来、司祭
と修道者が義務としてラテン語で毎日唱えてきた祈りです。第2ヴァチカン公会議(19
62−1965年)で、それが各国語で唱えられるようになり、信徒も共にこの祈りを唱
えることができるようになりました。このことは、司祭と修道者が減少した今日、摂理的
なことではないでしょうか。
教会の祈りは、毎日唱える祈りとして「朝の祈り」(朝課、ラウデス)と「夕の祈り」
(晩課、ヴェスペレ)を中心に、読書課、小時課(昼の祈り)、それに「寝る前の祈り」
からなっています。こうして1日の時間を神さまにささげて、聖化しようとします。
箕面教会では、その中の「朝の祈り」を、週日の朝のミサの前に、6:15―30AM
に唱えるようにしています。このようにこれに参加できる信徒は僅か
でも、参加できない小教区民のため、また全教会のために祈っています。また大祝日など
前晩のミサがあるときには、「夕の祈り」を唱えることにしたいと思っています。なお、
『教会の祈り』は、個人的に祈ることもできます。
聖 時 間
ミサの中でパンの装いのもとに現存することになられた主イエスを、ご聖体といいます
。このご聖体を顕示して礼拝する信心業を「聖時間」といいます。ご聖体を顕示して、そ
の前で静かに瞑想しながら礼拝します。それは聖体賛美式をもって締めくくられます。
箕面教会では大祝日の前晩のミサがある時や、待降節と四旬節の最後の土曜日の夕など
に行うことにしています。
ロザリオ
ロザリオは、イエスの母マリアの目でイエスの御顔を瞑想しながら、聖母マリアに天使
祝詞を繰り返し唱える信心業です。これは、全世界のカトリック教徒に広く親しまれてい
ます。この簡単な祈りに日頃親しんでおくことは、人生のさまざまな危機に遭遇するとき
、大きな慰めと励みになります。ロザリオの祈りは個人的に慣れ親しんでおきたいもので
すが、そのためにも共同でロザリオを唱える機会があれば、それは大きな助けになります
。箕面教会では毎週金曜日午前9:30から共同でロザリオを唱えることにしています。
続いて10時からミサを行なっております。
初金曜日
毎月最初の金曜日は「初金」といって、イエスの至聖なる御心を思い、特にわたしたち
がその御心を痛ませた忘恩と冒涜の罪を悔やみ、償いの祈りをささげる日です。この日、
世界中で犯されるその数々の罪の赦しを願います。
箕面教会では、初金にはこの意向をもってロザリオを唱え、ミサに参加します。
十字架の道行
復活祭前の40日を四旬節と言います。この四旬節にはイエスさまの御受難を黙想して
、金曜日毎に、夕刻に「十字架の道行(みちゆき)」(ラテン語でVia Crucis) が行
なわれます。
結婚式
カトリック教徒の男女が夫婦の契りを誓うとき、それは秘跡となります。これを婚姻の
秘跡と言います。これは正式な手続きと心の準備をもって行なわれます。一方がカトリッ
ク教徒でない場合、秘跡とはなりませんが、祝福を受けることができます。この場合も、
正式な手続きと心の準備をもって行なわれます。両方がカトリック教徒でない場合も、そ
れに準じて教会で結婚式を行なうことができることもあります。いずれの場合も、司祭に
申し出てください。
葬 儀
カトリック教徒がこの世の人生を終わると、その魂のために永遠の安らぎを願って葬儀
ミサがささげられます。人間の救いのために、父なる神が主イエスを遣わして達成された
使命の中に、確かに死の克服があります。それがその十字架上の死と復活の意味です。こ
の主イエスを信じて、イエスの受難を思いながら自分の人生の苦難を甘んじ受けたカトリ
ック教徒はその復活の命に与り、神のもとに生きているはずです。もしこの世に生きてい
たときに犯した罪があれば、わたしたちは神さまに罪の赦しを願います。
病者の塗油の秘跡
カトリック教徒が大病を患うとき、特に命の危険が迫っているとき、教会は司祭を遣わ
して、その命の危機にある信徒に、いつどんなことが起こっても、首尾よく人生を締めく
くることができるよう、心の準備の手助けをします。その最も典型的なものが、「病者の
塗油の秘跡」です。大病を患っているとき、手術を受ける前などに、命の危険がなくても
、この秘跡を受けるができます。
カトリック教徒の中に大病を患う者がいるとき、特に死が迫っているとき、その家族や
友人はそのことを司祭に知らせていただきたい。死が迫っているときは、いつでも、それ
が夜中でも司祭に知らせていただきたい。
箕面教会では司祭が常駐していますから、死が迫っている信徒がいれば、いつでも教会
に電話してください。司祭が不在の場合、箕面教会所属の信徒のどなたかに知らせてくだ
さい。箕面教会所属でない信徒で、自分の所属教会の司祭が不在の場合も、ご連絡くださ
い。この信徒の所属教会の司祭と連絡を取るようにいたします。
教会用語
エウカリスチア(ラテン語で Eucharistia)とは何ですか。
イエスは最後の晩餐のとき、「パンを取って感謝の祈りをささげ、『これはわたしの体
である』と言われました。またぶどう酒の入った「杯を取って、『これはわたしの血であ
る』と言い、これをわたしの記念として行ないなさい」と使徒たちにお命じになりました
。ここにミサの起源があります。ミサは、古くからその「感謝の祈りをささげ」のギリシ
ア語エウカリステーサスから
取った「エウカリスチア」(感謝の祭儀)と呼ばれてきました。したがって、これはミサ
のことです。ただし、それはイエスが最後の晩餐のときにお命じになったことの豊かな意
味内容を包括して言うものです。エウカリスチアは、ミサとも言われるというほうが適切
です。またそれはキリストの体、つまり「ご聖体」とも言われるのです。
秘跡(ラテン語でSacramentum)とは何ですか。
秘跡の定義は、「秘跡とは恩恵の効力ある感覚的なしるしであって、主イエスによって
制定されたもの」です。したがって秘跡とは、イエスに起源をもつ象徴行為のことです。
この象徴行為があれば、必ず神の恩恵が与えられます。この効力にこそ秘跡の特徴があ
り、これは秘跡を行なう人の聖性に関わりなく、その象徴行為があればその行為そのもの
から、恩恵が与えられます。それは秘跡が秘跡の儀式を行なう人の行為ではなく、主イエ
スの行為、働きであることを意味しています。秘跡は7つあって、それは洗礼、堅信、エ
ウカリスチア(聖体)、ゆるし、病者の塗油、結婚、叙階です。
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