
・・お金に値打ちのないことのしあわせ・・
一円玉は
千円札ほど人に苦労もかけず 一万円札ほど罪深くもなく
はだかで健康な女たちと一緒に
お風呂などにはいっている。
石垣りん:詩「銭湯で」より
一円貨幣は、明治初年には純金1500ミリグラムの本位金貨であった。
いまの一円貨幣(一円玉)は、直径20mm、厚さ1.5mm、重さ1グラムのアルミ硬貨
その強制通用限度は二十円(20枚)までとなっている。
(臨時通貨法:昭和13年6月1日公布、昭和32年5月27日第5次最終改正より)
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銭湯の湯船の底で沈んでいても誰の気にも留められず
水に浮いた!といって驚かれるくらいがせめてもの価値?
今日お賽銭に一円玉というのも憚られ
道に落ちていても踏んづけられるのが関の山の一円玉
、、、だがしかし、、、
実はこの一円玉、製造原価が約1円40銭!!
日本で唯一「政府が損をしてまで作っている貨幣」なのである。
〜ボール紙の一円玉事件〜
消費税が導入され、釣り銭として再び活躍の場を与えられた一円玉ではあるが、
一昔前、流通から見放され、机の引出しの隅っこや子供の貯金箱の中で眠ったまま
ひたすら退蔵され、市中に釣り銭が不足していた昭和30年代前半頃の話し、
「あるお店が、ボール紙の一円玉を作って、あやうく通貨偽造の罪に問われそうになった!!」
という、日本での地域通貨の先駆者?みたいな話、がある。
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国電(現在JR)川崎駅前の果物や菓子を売るあるお店、
当時、川崎は工員の多い町といこともあって、この店は100円の品を99円とか98円に割引して売っていた。お客には大いに喜ばれたが、釣り銭として一円玉がたくさん要ることになった。そして取引銀行からは毎日1000円分ぐらいの一円玉しか換金してもらえない。
そこでこのお店は、 店の名前と簡単な模様を書いたボール紙の一円玉を作って、釣り銭に代用し、これを受け取ったお客は、このお店でほんとうの一円アルミ硬貨と同様に一円として使えることとした。
ところが、このボール紙の一円玉が通貨偽造に当たるのではないかという問題がおこった。造幣局が製造し政府(硬貨は日銀ではない)が発行したものではないからという理由である。
しかし、そのお店限りで通用するものであり、お客も大いに歓迎しているので、当局はこのボール紙の一円玉を、通貨とみなさず、一種の商品券とみなすことにして、不問に付することにした。
(昭和38年7月29日、NHK『暮らしのたより』より)
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このような代用貨幣とみなされるものは、今でも見られる。
例えば、私の家の近くにある大手バス会社の営業所があるのだが、
そこに勤める社員やバスの運転手が最寄りのコンビニで100、200,50,などと記され
額によって色分けされた紙片を代金としてレジで差し出している光景をよく目にする。
またバスの運転手たち同志も、互いにその紙片で何かやりとりしていたりする。
それこそバスのキップみたいな簡単な紙片にすぎないものではあるが、
このお店(コンビニ)とバス営業所、職員の間で立派に通貨として流通しているのである。
そしてこれらの紙片は
現金よりも真っ先に使われることだろう。
ただ持っていても仕様がない退蔵されない通貨として
流通速度の最も高い紙幣通貨として流通する。
このように一円玉であっても様々な話題を提供してくれる「お金」です。
現在では、そのほとんど(98%)が単なる数字として存在しますが、
このお金は自然界にあらかじめ存在していた物質ではなく
純粋に人間が作り出したものです。
古来より誰もがその不足を嘆き、最も良く知られている存在としての「お金」。
普段その形や色に関しては皆さん良く御存知でも(そうでないと困るのですが)
それが持つ本来の働きをあまり意識することはありません。
お金はそれがどんなものかを問う前に既に皆が使っているものですし、
昔からこれは多ければ多いほど良いものと相場の決まっているお金の話です。
今更お金に疑問抱いているほど現代人は閑ではありません。
そこで地域通貨みたか会議では
このようなお金にまつわる話題を「お金の謎」と題して順次、紹介していきます。
まずは
これまでSeedsの会報や会議の資料として提出されたものの中から、、、
利子について
「世におそろしきものは、金の利にて御座候・・・」
井原西鶴
お金について
「世に銭ほど面白き物はなし・・・」
井原西鶴
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