「狼は天使の匂い」
発行・早川書房
著者・ディヴィット・グーディス
訳者・真崎義博
定価・900円+税
松村清志
≪ポケミス名画座≫第4弾はルネ・クレマン最後の傑作の霊感源となったディヴィット・グーディスの小説である。ここには
クライマックスの「店開き」はないし、ルイス・キャロルも引用されてはいない。
映画のシナリオを執筆したセバスチャン・ジャップリゾ自身が小説化したものは「ウサギは野を駆ける」という書名で、映画公開時に
やはりポケミスで発行されている。おそらく絶版だろうが同時期に刊行された「世界ミステリ全集 15」に収録されてもいるので、
図書館などをチェックすれば読む事は出来るはずだ。
つまり、こういう事だ。ルネ・クレマンの映画「狼は天使の匂い」(73)があり、そのシナリオを小説化した「ウサギは野を駆ける」
があり、そのオリジンであるディヴィット・グーディスの54年作の小説「BLACK FRIDAY」が今回「狼は天使の匂い」という邦題で初訳
されたというわけだ。まっ、映画「けんかえれじい」をめぐって鈴木隆の小説「けんかえれじい」があり、鈴木清順のエッセイ本
「けんかえれじい」もあり、新藤兼人の脚本もある、という関係に例えればいいか。(ちょっと違う?)
映画はルイス・キャロル「不思議の国のアリス」をまぶしたメルヘン・タッチのギャング映画であった。名優ロバート・ライアンの
遺作となった。ガンで余命1年余りと宣告され、本作に出演して世を去った。立派な引き際であった。90年代初頭に出たビデオで再見
した時は、ライアン最後の雄姿に恥ずかしながら泣いてしまった。おそらくロバート・ライアンに当て書きしたのではないか。主要舞台
をカナダに置いたのも英語の通じる土地ゆえだろう。フランス映画で仏語版と英語版があるが、日本で劇場公開されたものもビデオも共
に英語版であった。やはりライアンの生の声が聞ける英語版の方がよいだろう。グッドナイト。
オープニングにルイス・キャロルの“我々は安息の時を迎える前の、動揺する年老いた子供にすぎない”という言葉が引用されている
のだが、これは通常流布しているものでは“我々は年老いた子供、眠るのをむずがるのだ”といった風になっていて、これではどうも
しっくりこない。映画もその小説化も翻訳がかなりよかったようだ。おやすみなさあい。
さて、本書である。登場人物は映画とそっくり同じ、ストーリーもさほど違わないが、味わいはまるで違う。ぐっと非情なタッチの
クライム・ノワールとなっている。ラストのビー玉を賭けた射撃ごっこは本作にはない。映画はチャーリーの「仲間がいないってのは
惨めなものだぜ。本当の仲間がいたのは、十二歳のころまでだったな」というセリフ(本書79ページ)から発想をふくらませて、ジャン
・ルイ=トランティニァンを、年老いた子供のライアンが最後に出会った友達として設定したのであろう。
“泣き”の入る映画とは違い、小説はむしろ非情でドライだが、そこが魅力でもある。作者のディヴィット・グーディスが本国アメリカ
よりむしろフランスでの人気が高いのもうなずける。例えていえばボリス・ヴィアンがヴァーノン・サリバン名儀で書いたハードボイルド
小説のような、アメリカであってアメリカでないような味も感じるのである。トリュフォーの「ピアニストを撃て」(60)やジャン=
ジャック・ベネックスの「溝の中の月」(83)やサミュエル・フラーの「ストリート・オブ・ノーリターン」(90)などもこの人の原作
だが、本書を読む限りベネックス作品やフラー作品は、どうやら本来の持ち味を映像化しているのではないかと思われる。現在、日本では
本書しか読む事が出来ないようだが、もっと読ませて欲しいと思う。トリュフォー、ゴダールからベネックス、カラックスら多くの
フランス映画人に愛された作家なのだから。
かつてスティーブ・マックィーン主演「ゲッタウェイ」(72)の公開に合わせて原作が翻訳されたのみであったジム・トンプソンは、
今ではほとんどの作品を読む事が出来る。いずれディヴィット・グーディスもそのように定着して欲しい。ディヴィット・グーディス、
ヴィヴィットでグーです。