「残酷の映画の源流」

発行・新樹社
著者・アンドレ・バザン
 訳者・佐藤東洋麿・西村幸子
 定価・1800円+税
 
松村清志

 



 ポーリン・ケイルの著作の翻訳に喜んだばかりだというのに続いてアンドレ・バザンの著作の翻訳出版である。映画好きなら必携の1冊
である事はいうまでもない。1800円という手頃な値段であるのもうれしい。ロードショー1本ガマンしてでも本書は買っておくべき権利と
義務がある。出版元の新樹社には心から感謝したい。
 なんてったってアンドレ・バザンだ。ヌーヴェル・ヴァークの論理的指導者だ、フランソワ・トリュフォーの精神的な父だ──本書も
トリュフォーの序文つき、原著の編者もトリュフォー──それだけで、内容を紹介せずとも映画好きなら誰もが読みたいと思うだろうし、
事実、読む価値のある本である。
 取り上げられているのはシュトロハイム、ドライヤー、プレストン・スタージェス、ブニュエル、ヒッチコック、黒澤明、という6人
の作家、ここで扱われている作品は今ではほとんど見る事が出来る。見たら読み読んだら見てと、繰り返し活用すべきハンド・ブックと
なるであろう。特に、バザン自身はあまり高評価をしていなかったというヒッチコックに関する文章が、逆に最も興味深く読めてしまう
あたりは、トリュフォーも序文で述べているように、無条件の賛美者よりもバザンの方がヒッチコック映画をよく描いている、からなの
だろう。さすがバザンである。
 だが、先頃訳出されたポーリン・ケイル「明かりが消えて映画がはじまる」の、ベストといっていい素晴らしい翻訳ぶりに比べると、
申しわけないが本書はいささか翻訳に難がある。むろん、70年代に出版されていた「映画とは何か」のような悪訳ではないにせよ、
例えば<写界><非写界>ではちょっと判りにくいのではないか。作品名も日本公開されたものはその公開題名で統一すべきである
だろう。「ジルダ」、ウィリアム・ワイラーの「小狼」、ジャン・ヴィゴー「ゼロの統治」あたりは、映画ファンなら察しがつくが、
「湖水の淑女」というのはいくら何でも小説も有名なのだから「湖中の女」と訳すべきなのではないか。
 すまん、こんな事はいいたくない。僕がフランス語が判るわけではないし……。しかし、せっかく高名な批評家の名著が、ほとんど
初訳されたというのに、読みづらい、難解、といったイメージが定着してしまっては困るのである。やはり監修者として山田宏一クラス、
もしくは梅本洋一やフィルムセンターの某でもよいが、きちんと映画通のチェックと校正が欲しかったと思うのである。
 むろん、腐ってもアンドレ・バザンである。映画ファンは必読・必携である。出版元の新樹社には重ねて感謝したい。それゆえにこそ、
翻訳の不備が残念でならないのである。


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