「男の争い」
発行・早川書房
作者・オーギュスト・ル・ブルトン
訳者・野口雄司
定価・1000円+税
松村清志
≪ポケミス名画座≫第7弾はフィルム・ノワールの名作として名高い伝説の映画「男の争い」の原作である。
さて、「男の争い」の映画の方はハリウッドの“赤狩り”を逃れてイギリスを経てフランスに渡ったジュールズ・ダッシン監督が55年
に発表し、やはり同年公開のジャック・ベッケル監督作「現金に手を出すな」と並んでフランス製フィルム・ノワールの誕生を告げた
名作と評価されている。原作の方は53年、やはり「現金に手を出すな」(ハヤカワ・ミステリ1249で既発売)と同じ年の発表である。
つまり53年から55年にかけて、アメリカの輸入/模倣からスタートしたフランスの犯罪小説/映画が自国の暗黒街を「発見」したのだと
いえよう。
「男の争い」「現金に手を出すな」の小説・映画での成功が後のメルヴィルやジョゼ・ジョヴァンニの登場への道を切り開いた
わけだ。「男の争い」の作者オーギュスト・ル・ブルトンも「現金に手を出すな」の作者アルベール・シナモンも、共に暗黒街出身で
ある。後のジョヴァンニ、そして純文学の方ではジャン・ジュネと、フランスは世界で最も前科者の作家が多い国なのかも知れない。
本書の、今日の目で読んでも凄惨な暴力描写や、男たちを律する、アメリカのギャングとは違った独自の掟など、本当にその世界を
熟知していなければ書けないようなリアリティがあり、犯罪者の心理と肉体が迫真性を持って描破されている。血の匂いのする小説で
あり、いっきに読ませる力がある。
映画の方は未見だが、公開当時の衝撃は作品が各種ベストテン入りしていたり、名前を聞いても顔も思い出せない主演のジャン・
セルヴェが「スクリーン」誌のスターの人気投票でベストテン入りしていたり、といったあたりからも判断出来ようというものだ。
「現金に手を出すな」はたびたび上映されているのに「男の争い」は再上映されていない。本書の刊行を機にぜひ再上映を実現して
欲しい。そして、「裸の町」(48)でセミ・ドキュメンタリーの先駆者となり「男の争い」でフィルム・ノワールの先駆者となり
ながらも、今日、忘れ去られているといってもいいジュールズ・ダッシン(やはりギリシャに渡ってメルナ・メルクーリとくっついた
のが間違いだったか?)というシネアストにも再注目すべきであろう。