「殺しの接吻」
発行・早川書房
著者・ウイリアム・ゴールドマン
訳者・酒井武志
定価・1000円+税
松村清志
僕の映画開眼の1本であり始めて映画評を書いた作品が「明日に向かって撃て!」(69)であった。「映画秘宝」誌を通じて有名に
なった業界のドンが若き宣伝部員だった頃に淀川長治をCMに引っ張り出して大ヒットさせた作品であり、現在ドンの関連会社である
らしいサンダンス」および「キヤシデイ」という社名は、同作の原題「ブッチ・キヤシデイとサンダンス・キッド」からきている事
は説明するまでもないだろう。
その「明日に向かって!」と「大統領の陰謀」(76)の脚本とで2度アカデミー脚本賞を得た脚本家、ウイリアム・ゴールドマンが
64年にわずか10日間で書き上げた小説が本書「殺しの接吻」であり、サイコ・スリラーの先駆作といっていい秀逸な
エンターテイントメントである。出版前の本書の原稿が俳優、クリフ・ロバートソンの手に渡った事がゴールドマンの映画界入りの
きっかけとなったそうだが、その辺のいきさつきは瀬名秀明による本書解説にくわしいので、そちらをお読みいただきたい。
本書は「明日…」と同じ69年に映画化され日本公開時には瀬戸川猛資、戸筑道夫というミステリ畑の゛通゛によって評価されている
が、ゴールドマンの手を離れた脚本を本人は気に入っていなかったそうだ。映画を未見のままにいうのも何だが,なるほどなと思う。
本書の、サイコ・キラーに模倣犯(コピー・キャット)が絡むというメイン・アイデイアを映画版では捨象して、刑事とサイコ・キラー
との奇妙な友情ものとしていたというのだから致し方あるまい。
刑事がジョージ・シーガル、サイコ・キラーがロッド・スタイガーというキャストによる映画版は、それでも機会があれば見てみたい
とは思うものの、おそらく本書の方がすぐれた出来映えである事は間違いないのではないか。
細かく章分けされスピーディな展開に、刑事の日記や新聞記事の文面の導入、一人称と三人称の組み合わせなど、メリハリのつけ方や
記述トリックの使い方がとてもうまいのである。サイコ・キラー小説がブームをきわめた後の現在でも、決して古びてはいない。
《ポケミス名画座》の中でも完成度と面白さではベスト・スリーに入るといってもいいし、もう1度、ゴールドマン自身の脚色で
リメイクしてもよいのではないかとさえ思える。
脚本家としてのゴールドマンは全盛期をすぎたとはいえ相変わらず健筆をふるっており、ステイーブン・キングの映画化が80年代
まではほとんど失敗作ばかりであったのにも関わらず、今尚続いているのは「ミザリー(90)の成功があったからだと思えるし、
クリント・イーストウッド監督「目撃」(97)は大好きな作品であった。何冊かある映画業界の回想録や映画エッセイは未訳だが、ぜひ
翻訳して欲しい。ついでに「明日に向かって撃て!」のニュー・プリントによるリバイバル上映もお願いしたい。