「怪人フー・マンチュー」 

発行・早川書房
著者・サックス・ローマー
訳者・嵯峨静江
定価・1100円+税

松村清志




 遂に登場、怪人フー・マンチューである。フー・マンチューといえば現在40〜50代の映画ファンにとっては「吸血鬼
ドラキュラ」と並ぶ、クリストファー・リーの代表作といつたイメージがあるのではないか。多くの映画人からリスペクトを受け
80歳をすぎて尚、「ロード・オブ・リング」シリーズや「クりムゾン・リバー2」などにスペシャル・ゲスト的に出演を続けて
いる名優、クリストファー・リーが脂の乗りきった60年代に何作か主演したフー・マンチュー・シリーズは、僕などもTV放映で
親しんだものだし、そのうち、現在、中原昌也などにプッシュされているスペイン出身の多作監督、ジエス・フランコによる
「女奴隷の復習」などは、きちんとスクリーンで見てもいるのである。
 そんなわけで、本書の発行はともかくうれしい。まさに《ポケミス名画座》の真打ち登場だといえる。先に翻訳された「ドクトル
・マブゼ」など、いささかドイツ的な(?)、純重さも感じられたが、本書はいい意味で通俗的な連続活劇の味わいがあって面白い。
007シリーズのドクター・ノオのオリジンがフー・マンチューである事はいうまでもないだろうが、本書自体もイアン・
フレミングによる007の原作小説を読むかのように楽しめる。   シリーズ第1弾である本書は1913年に発表されたものだが、
さほど古びた感じはない。いくつかのエピソードをテキパキとつなぎ合わせて、まさに連続活劇としてスピーディに読みとばせる
のである。
 《世界征服の野望》を抱く《悪の巨頭》との対決を描いて、19世紀的で局地戦的な冒険活劇と20世紀的なスパイ活劇とをブリッジ
する、大衆娯楽の金字塔だといえよう。
 ロンドンを《現代のバクダッド》に見立てたり、毒サソリをもちいた殺人や謎の美女の暗躍などといったロマネスクな趣向もいい。
 僕たちの見る事の出来ない戦前の映画化で有名であったり、ミステリのマエストロ、ディクスン・カーが少年時代に愛読した小説
だというので、第2次大戦前に原作は終了していたとばかり思っていたのだが、シリーズ全13作、最終作は何と1959年まで書き
続けられているのである。
 幾多のスパイ小説や映画にも多大な影響を与えたであろうこのシリーズの世界観が第2次停戦を経て、どのように変貌していった
のかは、とても興味深い。シリーズ全作の翻訳を切望したい。


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