「ドクトル・マブゼ」 

発行・早川書房
著者・木下昌明
訳者・平井吉夫
定価・1000円+税

松村清志



 第1次大戦が終了しナチスの影がちらついていた頃のドイツに、こつ然と表れた謎の怪人、ドクトル・マブゼ、本書はフリッツ・
ラング監督の有名映画の原作小説の本邦初訳、《ポケミス名画座》の12冊めである。
 「ドクトル・マブゼ」はフリッツ・ラングのサイレントからトーキー初期時代の大ヒット作であり、晩年にドイツに帰ったラングに
よって再び映画化されている。いわばラングのライフワーク(?)といってもいいようなシリーズなのだが、恥ずかしながら僕は1本も
見ていない。僕にとってもドクトル・マブゼは名前は聞けども姿は見えずの幻の怪人であったわけで、ともかくその原作小説に接する
事が出来たのはうれしい。
 催眠術で人心を繰る怪人というキャラクターには、この時代のドイツを侵食しつつあったファシズムへの恐怖やさまざまな腐敗が
重ね合わせられている事は言うまでもないだろう。そうした時代の恐怖をメタファーとして、芸術映画のスタイルで描いて見せたのが
ガロベルト・ヴィーネ監督「カリガリ博士」であり、エンターテインメントのスタイルで描いて見せたのが「ドクトル・マブゼ」なの
だといえるのかも知れない。
 変装の名人で神出鬼没、正体不明の怪人というのは従来の怪盗小説のまんまだが、ここでのマブゼが《世界征服の野望》を抱いて
いるあたりが、20世紀的だといえようか。後の007シリーズに登場するような《悪の巨頭》のイメージなのである。
 やや古風な文体によるロマン主義的冒険活劇とでもいうべき小説だが、犯罪小説とスパイ小説を融合した、かの作品世界や007
シリーズの先がけのような仕掛けなど、色々と楽しめる小説である。


戻る