「映画を見ればわかること」
出版社・キネマ旬報社
著者・川本三郎
丸山 哲也
川本氏の本を読むのは楽しい。大げさでわかりにくい表現はないし、「辛口」などと称して人様の作品を一方的に断罪するような
不埒さもない。「映画を論評する」と言うよりも、映画の中にちりばめられている宝物の断片を丁寧に拾い集めるという作業を
コツコツと続けているかのようだ。映画のロケ地や登場人物の使った小道具、読んでいた本、聴いていた音楽にこだわっているのを
見ていると、そんな気がする。
私自身、映画のディテールや背景が気になってしょうがないタチなので、こういう本を読むと、たまらなく幸福な気分になる。
本書の効用はもう一つある。それは「この映画、観たい!」という気持ちを読者に起こさせることだ。最近、新聞や雑誌、ネットの
「レビュー」なるものを読んでみると、これはもう、「言葉の暴力」ではないか、と思われるものに出喰わすことがある。批評という
レベルに達していない、単なる罵倒、中傷の類いである。書いてあることが的を射ているものならまだ納得できるが(それにした
ところで、ケナすにしても何にしても、もう少し言葉を選んでもらいたい)、その殆どは思い込み、勘違い、理解不足から来る劣悪な
悪口雑言でしかない。そういうものは、書いた本人のストレス解消(をやりたければ、別の手段でやるべきだろう)や、自己の安っ
ぽいプライドの満足にはなるだろうが、読む側には何のプラスにもならない。むしろ、「愛情を持って作品に接する」ことや、
「心から映画を楽しむ」ことを阻害しかねないのだ。それに比べると、本書や川本氏の他の著書には不快なケナし文句などかけらも
ないから、読んでいてとても豊かで贅沢な気分に浸らせてくれる。一本の映画から様々な世界を垣間見ることのできる幸福、小さな
ディテールから知識の幅が広がってゆく楽しさをたっぷりと味わわせてくれる。そして、紹介された作品の全てを「観たい!」という
気分にさせてくれる。
本書に取り上げられた作品は、地味で静かなものが多い。CGと立体音響で無意味にけたたましいハリウッド製お子様アクション
など、ここではお呼びではない。稀に「ギャング・オブ・ニューヨーク」のような、血と暴力に彩られた作品も紹介されるが、その
論点は「人」「歴史」「宗教」に絞られている。「ディカプリオはミスキャスト」だとか、そういうつまらない見方はここにはない。
どんなジャンルの映画であれ、語るに足るものを持っている作品があれば、それをしっかり掘り起こして味わうべし、という姿勢が
徹底して貫かれている。
その文章の平易さと柔軟さから、川本氏はきっと温厚な方なのだろうな、などと思ってしまうのだが、なかなかどうして、マナーや
プロ意識のかけらもない昨今の「試写族」に対してはかなり手厳しい。例えば、本書20Pの「最近の試写室内のマナーの悪さはもう
電車の中並み」「業務試写は評論家にとって神聖な仕事の場所だという意識がないのだろうか」という記述。下品な罵言など一切
使われていない分、かえって氏の憤りの気持ちが伝わってくる。これは全く、同感である。私も時々、生意気に試写室にお邪魔させて
いただくことがあるが、そこへ集まってくる人々の品のなさに驚かされることが少なくない。大声で業界談義をしてはしゃいでいる
人、上映中に大鼾をかいて寝ている人、ひっきりなしに携帯をいじっている人等々。明らかに映画というものを大切に思っていない
人々がうようよいるのだ。私など、「何でこんな人達が堂々と試写室に出入りして、一般観客よりも早く、そしてタダで映画を観る
ことができるのか?」と思ってしまう。
ああいう、試写族のダラけた態度に、川本氏は明らかに怒っている。映画が本当に好きな人間なればこその、これは義憤であろう。
ともあれ、本書は、これからもっと映画を深く豊かに楽しみたいと願う人全てにとって有益な書である。