「恐怖の詩学 ジョン・カーペンター」
発行・フィルムアート社
編・ジル・ブーランジェ
訳者・井上正昭
定価・2500円+税
松村清志
「ゴースト・オブ・マーズ」(01)によって蓮實重彦に「もう認めるしかない」といわしめ、阿部和重・中原昌也・青山真治らから
絶賛されたジョン・カーペンターのインタビュー本。まさにグットタイミングの翻訳出版である。
訳者の井上正昭による「あとがき」が素晴らしい。本書の魅力を見事に要約してあり、この「あとがき」がそのまま本書の゛書評゛
として最良のものとなっていると言ってもいいほどだ。
そんなわけで、僕が付け加える事はほとんどない。ともかく本を買って読んで欲しい。
だが、それで終わってしまっては本文は゛書評゛の体をなさないので、いくつか私見を述べておこう。カーペンターがその反時代性
においてクリント・イーストウッドと並ぶ存在であると言う意見に異存はないが、僕はカーペンターをイーストウッドほど重要な存在
だとは思わない。イーストウッドはおそらく映画史上においてハワード・ホークスやオーソン・ウェルズに匹敵する作家として認識
すべきだろうが、カーペンターは自身がそのドリー・インとドリー・アウトの技法が好きだと語っている。(183ページ)、マイケル・
カーチスに例えられるべきではあるまいか。
ジョン・カーペンター監督、カート・ラッセル主演の映画は、さながらマイケル・カーチス監督、エロール・フリン主演の映画の
ように楽しめるのだ。ジョン・カーペンターはマイケル・カーチスがそうであるような意味で貴重な存在として捉えるべきだと思う。
そうした観点で考えてみると、「ハロウイン」(78)「遊星からの物体X」(82)によって、ホラー、スプラッターの作家といった烙印
を押されてしまったことが、本人のこだわりにもかかわらず、やはりマイナスとなってしまったのではないかとも思われるのである。
プログラム・ピクチュアの職人、アクション、西部劇的世界への志向などでカーペンターを捉えなおして見るべきなのかも
知れない。
簡単に私見を述べてみたが、僕にとってカーペンターは、マーティン・スコセッシやテイム・バートンらと比べてもさほど重要な
作家ではないが、本書は先行する「バートン・オン・バートン」「スコセッシ・オン・スコセッシ」と同じくらい興味深く読めた。
編者のジル・ブーランジェのカーペンターに対する誠実な愛情が感じられるのだ。読ませる本である。