「死ぬまでに観たい映画1001本」

発行・ネコ・パブリッシング
総編集・スティーブン・ジェイ・シュナイダー
翻訳・笹森三和子
定価・5500円+税

松村清志



百科事典なみの豪華な装丁で写真もふんだん使用した、1000ページ近い分厚い一冊である。定価は5500円だが特別付録として
ジョルジュ・メリエスの名作「月世界旅行」ほか全13作品を丸ごと収録した約60分のDVDが付いていて、それだけでもオツリが
くる。すでに5000本以上の映画を観ているようなシネマディクトも、これから映画を観始めようとするビギナーも,ぜひ買って
持っておくべき価値のある本である。
裏カバーに印刷されているキャッチ・フレーズをそのまま引用してみると「映画を愛するすべての人に捧げる千夜一夜物語 1902年
から2003年の映画の中から、時代、国、ジャンル、ムーブメント、伝統、監督、俳優など多岐にわたる観点で1001本を厳選。 
8カ国58人の映画評論家による刺激的な寄稿。
監督、スタッフ、キャストなどをすべてアルファベットで表記。日本で観られるDVDリストを記載という本なのである。
上記のような観点で選出されているので、作品記必ずしも名作・傑作ばかりではないのが逆にうれしい。執筆人はどうやら70〜80年代
の映画を青春期に同時体験した、現在40〜50歳台が中心であるらしく、「黒いジャガー」(71)での「70年代短命に終わった(しかし
好ましく思い出される)黒人映画の爆発の契機となった作品」という記述や、「グリース」(78)での「1970年代に思春期を迎えた女の子
にとって、男の子にとっての『スター・ウォーズ』のような映画」といった記述だから、それがうかがえる。
ともかく、80年代以降でも300ぺーじ近くある本なので、80年代以降に生まれたわかき映画ファンは本書によって名作中心主義
ではひっかかってこない数多くのポピュラリティある作品を知ることが出来るであろうし,執筆陣と同世代であれば「あれもあった、
これもあった」と同窓会気分で大いに盛り上がれるであろう。
むろん,例えばロック・ドキュメントとして「ウッドストック」(70)「ローリング・ストーンズ・イン・ギミー・シェルター」(70)
を入れるなら、「ラスト・ワルツ」(78)「ストップ・メイキング・センス」(85)「U2/魂の叫び」(90)も入れて欲しかったとか、
80年代青春映画ならジョエル・シュマッカーが唯一脚本も執筆した「セント・エルモス・ファイヤー」(85)も忘れて欲しくないとか、
70年代パニック映画ブームの代表作として「ポセイドン・アドベンチャー」(73)や「タワーリング・インフェルノ」(75)も抜かす
べきではなかったとか、いくつも加えたい作品名が浮かんできてきりがないが、それがまた大いに楽しいのである。僕は本書をほぼ
4日間かかりっきりで読んだが、まったくあきる事がなかった。
本書に収録された作品のうち、TVやビデオで観たものまで含めても、まだ200本ほど未見の作品があり、その存在すら知らな
かったものもいくつかあった。例えばアンディ・ウォーホル監督による「時計じかけのオレンジ」を原作とした「ヴィニール」(67)や、
エリア・カザン夫人のバーハラ・ローデン唯一の監督作である「WANDA」(71)など、僕は恥ずかしながら全く知らなかった。僕は
すでに5000本ぐらいの映画は観ているはずだが、それでもまだまだ観ておくべき映画は多いのだと、改めて映画を観る意欲を
かき立てられた。
本書はアメリカで出版されたものの翻訳であり,アメリカでスクリーン上映された作品が選出基準となっているらしく、当然の
ようにアメリカではTV放映のみのスピルバーク「激突!」(73)が入っていないのは仕方ないとしても、黒澤明「乱」(85)に対する
「1001本のなかでも確実にトップ10に入る」といういささか高すぎる評価の反面、ヨーロッパ経由で日本での評価も定着した
北野武作品が1本も入っていなかったり、日本では大ブームの韓国映画は「下女」(60)「アタック・ザ・ガスステーション」(99)の
わずか2本のみであったり、インドのマサラ・ムービーをいくつかとり上げながらもマサラ・ムービーの2大流派といわれている
グル・ダットもラージ・カプールも、どちらも、1本も取り上げられていないなど,色々と彼我の流通と認識の違いを知る事が出来る
のも興味深い。
アルファベット表記されたスタッフ,キャストでこれまで知らなかった事を知る事が出来るのもありがたい。「暗黒街の顔役」(32)
「上海から来た女」(48)「恐怖の報酬」(53)の原作小説は゛ポケミス名画座゛にリクエストしておきたいし、
「キートンの探偵学入門」(24)の共同監督がロスコー゛ファッティ゛・アーヴァックルであった事や、「ローラ殺人事件」(44)の共同
監督がルーベン・マームリアンであった事など僕は知らなかったし、ピーター・ボクダノビッチの「殺人者はライフルを持っている!」
(68)の脚本にオーソン・ウエルズの名前があったりすると「やっぱり!」とうれしくなってしまうのである。
ちなみに「殺人者はライフル……」も、ウェルズ監督・主演による「ストレンジャー・ナチス追跡」(46)も、日本未公開ながら僕の
大好きな映画であり,他にも日本ではTV放映もしくはビデオのみながらも、例えばジョン・ヒューストンのシブイ「ゴングなき戦い」
(72)やポール・ヴァーホーベンの強烈な「ルドが―・ハウアーノ危険な愛」(73)といった僕の好きな映画が数多く選出されていて、
前述したような不満はあっても、やはりこの本は信じていいという気にさせられる。
翻訳も良く読みやすくこなれていて、日本未公開のものでもTVやビデオで観る事のできた作品は、その際の日本題名を使用して
おり、ほとんど間違いはないようだ。翻訳スタッフの努力を讚えたい。
ただ、唯一、ゴーゴリを原作としたロシアのホラー「VIJ」(67)は80年代に「妖婆・呪いの館」の日本題名で公開されているはず
だが。最後にライターのはしくれとして、寄稿された文章のうまさを讃えておかなければならないだろう。長いものでも日本語にして
1200字程度、短いものでは400字ほどのものもあるが、それでいて、これだけ豊かで深みのある文章が書けるのかと感嘆させられる。
これからカンニング・ペーパーもしくは参考書として大いに活用させてもらう事としよう。
そんなわけで本書はシネマディクトから初心者まで、映画を観る,語る、書くことが好きな者なら必携すべき本として強力プッシュ
しておきたい。データーとしても読み物としても充実の価値ある本なのである。日本版の発行元、ネコ・パブリッシングをもじって
いえば、まさに「ネコにマタタビ」のような本なのだ。


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