「アンゲロプロスの瞳」

発行・鳥影社
著者・若菜薫(わかな かおる)
定価・2,800円+税

松村清志


 
テオ・アンゲロプロスがそのフン・ショットニワン・シークエンスの演出法を本格的にスタートさせた「1936年の日々」から「永遠と
一日」までの全長篇劇映画を詳細に論じた。おそらく日本人によって書かれたものとしては初めてといっていいアンゲロプロスの作品
論・作家論の本である。
著者の若菜薫(わかな かおる)の「ヴィスコンティーは麗なる虚無のイマージュ」「エイリアン−恐怖のエクリチュール」
「聖タルコフスキー−時のミラージュ」に次ぐ、4冊目の映画評論本である本書を僕はこれまでの若菜の著書の中で最も興味深く
面白く読んだ。
何より、文学・哲学・絵画などといった映画以外のジャンルからの引用が多く、「すいません、教養がないので判りません」と
思わせる部分も多かったこれまでの著書に比べて本書はぐっと映画的引用が増えて映画ファンにはとっつきやすい本となっているのが
いい。
「偉大なるアンバースン家の人々」「イヴの総て」、オーソン・ウェルズとジョビフ・マンキウイッツ、それぞれ僕のベスト・ワンの
シネアストと、もっと(再)評価して欲しいと願っているシネアストであるので、僕としてはこれだけで哲人アンゲロプロスがぐっと
親しみやすいものとなった。実の所、僕はこれまでアンゲロプロスの対談やインタビューなどほとんど読んでいなかったので、彼が
ウェルズやマンキウイッツからの影響を明言していることを知らなかったし、あと、これは“コロンブスの卵”でもあるのだろうが
「旅芸人の記録」と「非情城市」のアナロジーは鋭い指摘だとも思った。「非情城市」「戯夢人生」の2作を合わせてホウ・
シャオシェンは、あるいは「旅芸人の記録」のアンゲロプロスに匹敵する映像世界を構築し得ていたのかも知れないのに近年トホホ
ぶりはどうしたものか?
ともあれ、本書はヴィスコンティやタルコスキーのようなすでに他界した聖人ではなく現役のシネアストについての本であり、最近作
「エレニの旅」でさらに新境地を発見したとも言われるアンゲロプロスの瞳が、今後どんな世界を求めていくのか若菜薫にはさらに
書きついでいって欲しいと願う。


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