「映画監督 増村保造の世界」
増村保造著 藤村浩明監修 ワイズ出版
丸山哲也
かの「定本 ヒッチコック映画術」に匹敵するデカさもさることながら、その内容
の豊かさに、おもわずため息が出る。
何しろ、この増村保造という人、相当のインテリである。東京帝国大学法学部卒業
後、なぜかエリート官僚の道を捨てて大映に入社。助監督部に在籍しながら東大文学
部西洋哲学科に入学するという凄さ。しかも数年の助監督生活の後、イタリア国立映
画実験センターに留学したというのだから、普通ではない。
こういう人が、例えば映画評などを書いたというと、これは相当難解な文章なのだ
ろうな、と早合点してしまいそうだが、さにあらず。高尚ではあるが、決してわかり
にくくはない。そして、恐ろしいまでに鋭く、的確である。
ここに、増村が書いた「隠し砦の三悪人」評があるが、その内容たるや、まさに辛
辣そのもの。「黒澤監督でなければ創造し得ない豪快な映画美にみちあふれている」
と、黒澤明の力量を絶賛しながらも、作品そのものについては「観念的な忠誠心のお
芝居しかない」と断じる。その全文をここに引用することはできないので、興味のあ
る方には本文をお読みいただくしかないが、実に論理的・実証的な批判がなされた文
章であるとだけ言っておこう。
他にも「ヴィスコンティ論」「フェリーニ論」「溝口健二論」等も収録されている
が、これだけ全部読むと「もしかしてこの人、映画監督じゃなくて評論家なのでは?」
と思ってしまう。そんじょそこらの自称評論家などとは比べものにならない筆力を感
じる。エラそうに映画評みたいなものをシコシコ書いている私など、ただただ平伏す
るのみである。
映画監督・増村についての本であるから、もちろん作品解説もたっぷり掲載されて
いる。読み進んでいくと、この監督の守備範囲の広さに驚かされてしまう。文芸もの、
スリラー、ラブストーリー、法廷もの(さすが法学部出身)等と、実に多彩なのであ
る。中には会社企画としてしかたなく引き受けたものもあるのだろうが。
増村が手掛けた50数本の内、私が観たのはほんの10本足らずなのであまりエラ
そうなことは言えないけれど、彼がいかに鋭い映像作家であったかはよくわかる。特
に「黒の試走車」等の「黒」シリーズにおけるストーリーテリングの見事さ、「陸軍
中野学校」における冷徹さ、「盲獣」におけるうんざりするほどのしつこさ、どれを
とっても群を抜いている。今の日本映画に欠けているヴァイタリティがそれぞれの作
品の中に詰め込まれているのだ。
本書に収められたフィルモグラフィに目を通していると、どれもこれも観たくなっ
て、困ってしまう。特に、従軍看護婦の凄絶な愛と死を描いた「赤い天使」、陸上ス
ポーツの内幕を描いた「セックスチェック・第2の性」など、ぜひ、観てみたい。
増村保造という人物の批評家としての非凡さ、映像作家としての凄さが、本書には
ぎっしりと詰まっている。イタリア留学の際、かの地の人々が生身の人間を愛し、あ
りのままの人間を大切にし、人間に対する探究を怠らないのをつぶさに見てきた増村。
それを何とか日本の風土の中で実践できぬものかと模索し続けた彼の軌跡が、この分
厚い一冊の本の中にある。映画批評を志す者、映像作家を志す者には必読の書である。
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