濃密な大人の純愛……「透光の樹」

 

                                                                           桑島まさき
                                

 芥川賞作家の高樹のぶ子の同名小説の映画化。25年ぶりに偶然に金沢で再会した人生の黄昏時にいる男と女。そもそも出会いも
偶然。男が女の父親を取材するために訪れた金沢でほんのひと時の時間を共有しただけ。それが初恋とよべるかどうかさえ曖昧だ。
しかし意識のどこかにとどまっていたそれぞれの面影は25年という気の遠くなるような時を経ても、お互いをひと目で認識できる
確かさだ。
 男は東京でテレビ番組製作会社を経営する今井(永島敏行)。妻子持ち。女は金沢にすみ、高名な刀鍛冶師だった父の介護と一人
娘の世話にあけくれる千桐(秋吉久美子)。夫とは離婚している。仕事で金沢を訪れた今井は、ふと懐かしい街・鶴来へ足を延ばして
みた。そこで思い出の女と出会う。それから電話をかけ、恋に落ちたことを認識しあい、遠距離恋愛が始まる…。

 千桐は42歳ぐらい、今井は50歳位という設定。中年になって落ちた恋愛に奇麗事はない。不倫と知りつつ逢瀬を重ねる2人の情愛
シーンは激しく、近頃の日本映画にはない濃密な大人の愛の芳香と静かな情念が漂う。
 キャステイングがいい。70年代初め、日本映画の主役を若くして担った秋吉久美子と永島敏行。秋吉は「妹」「赤ちょうちん」
「バージンブルース」で役者としての地位を不動にし、一連の作品で<一途で可愛くそれでいて気まぐれな女>のイメージを定着
させた。「サード」でデビューした永島は数多くの作品に出演しているが、私の印象に残っているのは藤田敏八監督の「帰らざる
日々」での、大人に反発し社会の欺瞞や不正に目をギラギラさせ鬱屈した青春を生きる男の役だ。
 そんな2人の役者が中年の域に達して演じる本作の役は、まるで自身の人生とシンクロするかのようだ。

 期せずして訪れた恋。自分に逢うために遠路はるばる訪れた今井を千桐は駅の片隅でつつましく待つ。近況を電話や手紙で知ら
せる。逢う時は丁寧な言葉で話す。そんな千桐に今井は「抱きにきた!」と単刀直入に言う。父が残した借金を精算したのは千桐を
思う今井の誠意だとはしても、「目的はあなたしかいない」とハッキリ言われたら警戒心もとけ女なら少しは嬉しいもんだ。仕事柄
オイシイ思いをイッパイしてきた今井のこの飾らない強引さはウブは女には堪らないのだろうな〜。心に火がついた千桐も臆面もなく
「あなたの娼婦になりたかったの」と言う始末。男の自尊心をくすぐる控えめで、奥ゆかしく、自分の意のままになる男のご都合主義
を満たしてくれるカワイイ女を秋吉は、70年代に演じたキュートさで演じきる。
 作中いくつもの激しい情愛シーンがあるのに、<純愛>と思えるのは、秋吉が演じる千桐の控えめな激しさのせいだろうかと思えて
くる。そう、<純愛>とはセックスをするしないに関係なく、いかに純粋な気持ちで相手を思いやる恋愛であるかというのではない
だろうか。不倫している間柄なのに、のうのうと愛人が男の妻に戦いを挑んだり、不倫関係のもつれで殺生沙汰が新聞記事をにぎわせ
ている昨今だけに、千桐のような古風な女が実に新鮮に映る。

 「マディソン郡の橋」が日本公開された時、「永遠の大人の純愛」とか言われなかったっけ。そう言えば本作は「マディソン郡の
橋」の2人が辿った結末に似てなくもない。今井にすがりつきながらも事実上の別離をした電車の中。愛する男の最期もみとれな
かった千桐の最後の恋。秋吉は老けメイクで惚けたオバアサンを演じ(美貌の女優が一番嫌がるのに立派だ!)、幸か不幸か恋する
女のままで夢の世界をさすらう。切ないが幸福な晩年ではないだろうか?


 *10月より シネカノン有楽町他、全国ロードショー予定
   
   


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