この世に生まれてきたからには……「13歳の夏に僕は生まれた」
桑島まさき
「ペッピーノの百歩」「輝ける青春」のマルコ・トゥリオ・ジョルダーナ監督の最新作は、13歳の少年の純粋な視線を通して
イタリア社会が抱える深刻な移民問題の現実を描いた作品だ。20年代には政治活動に没頭していたジョルダーナ監督らしく、先の
作品「輝ける青春」では、イタリアが激しく揺れ動いた1960年代から37年間に及ぶ激動の時代を背景に時代の奔流に
のみこまれていったある家族の30余年に及ぶ物語を描いていたが、本作では13歳という世間をしらない汚れ無き少年の目を
通して、イタリアの現実を浮き彫りにする。
北イタリア、ブレシャ。小さいながらも工場を経営する父親(「輝ける青春」に出演したアレッシオ・ボーニ)と彼の会社の経理
を手伝っている母親の一人息子として生まれたサンドロ(マッテオ・ガドラ)は13歳。プール付きの広い家で両親の愛情を受けて
素直に育っている。父とは一緒に広いキッチンで料理を作り、英国留学したこともあるので英語も少々話すことができる。
夏、父親と彼の友人と地中海クルージングにでかけたサンドロは、誤って夜の海に転落してしまう。必死で助けをよぶサンドロ
だが、寝室でぐっすり眠っているとばかり思っていた父たちにサンドロの声は届かない。ほの暗い海の中から懸命に声をあげる
サンドロの恐怖。徐々に離れてゆくヨット。しばらくして息子の不在に気づき慌ててヨットを戻す父たち。暗い海の中に沈んだ息子
の名を半狂乱状態で呼ぶ父の絶望。夜の海の怖さがリアルに描かれる。
力尽きて海中に沈んでゆくサンドロを誰かが引き上げる…。気がつくと、怪しげな船の上にいることがわかったサンドロは、彼を
助けてくれた不法にイタリアへ入国しようとしているルーマニア人の移民、ラドゥとその妹アリーナに守られながら、各国の不法移民
たちで溢れたオンボロ船でイタリアに到着するのを待つ。
船上は非衛生的としかいいようがない。悪徳不法入国業者が調達した船は何度も故障するオンボロ船で、船の中はすし詰め状態で足
の踏み場もない。トイレは便器など存在せず海の中に垂れ流せばいいといった具合。いかにも裕福な家の子供らしくみえるサンドロを
みて、悪徳業者は金にならないものかと考えるがラドゥたちに助けられサンドロは無事にイタリアへたどり着く。
サンドロが海に転落した事件は既にマスコミで取り上げられ、移民をのせた船が海上巡視船に発見された時、少年が生きていたこと
を奇跡として驚かれるのだが、ラドゥたちの行方が心配なのでサンドロは一緒に移民センターへいくことにするのだが……。
イタリア人のサンドロは、幼いながらも本国でも移民問題に直面している。映画はのっけから、故障しているのにしきりに声高らか
に話しているアフリカ人の男に、故障を教えてあげるのだが言葉が通じずアフリカ人は大仰なゼスチュアで話し、サンドロは困惑し
異文化の壁につきあたる。サンドロの通っている学校にもアフリカ系の友人がいて共生していると思っているが、外の世界は困難に
満ちている。つまり、未知な世界が少年の生活圏の中に溢れているのだ。
それは移民問題だけに限ったことではない。母の運転する車が一時停車した時、窓ごしにサンドロを誘うようにみつめる街娼の存在
などもそれだ。13歳の少年はまだその意味をしらないし、少年の母親は時期尚早とばかりにきちんと説明もしない。
父の経営する工場でも移民を多く雇用していて、宗教や文化や慣習の違いから、現地人同様に働くことの大変さを父は痛感している
し、工場によく遊びにきているサンドロも移民たちと接触しているので何となくその差異はわかっている。
しかし、生死の境をさまよった挙げ句見た船の中の現実は、富める国の裕福な家庭で何不自由なく育ったお坊チャマのサンドロには
あまりにも強烈すぎた。船の中で死んだ人は本国に戻されることなく海の中にポイ捨てされ、食料も水も十分与えられず、言葉の通じ
ない人々の中にあっては安易に人を信用してはいけないと教えられる。不法に国をでてきた人たちばかりだ。そんな人々が自分の国に
入ろうとしている。何故、国をでようと思ったのだろうか? 自分を助けてくれた兄妹をちゃんとイタリアは受け入れてくれる
だろうか? 13歳のサンドロは両親恋しさより前に同年代の異国の友達の境遇に触れ小さい胸を痛める。
イタリアは無制限に移民を受け入れる国として有名で、それがために問題が膨れあがり新たな問題を生んでいる。船を降りることが
でき、温かいシャワーをあび、清潔なシーツやベットを与えられるものの、移民センターは空きをみつけるのでひと苦労。
息子を失った悲しみから立ち直れないでいた両親は息子の生還を奇跡とばかり喜び、彼を助けてくれたラドゥとアリーナをできる
だけ助けてやりたいとサンドロに懇願されて手を尽くすのだが、イタリアの法律や偏見がじゃまをして思うようにならない。
ラドゥは未成年でないために移民として認可されず本国送還となる。兄と妹は決して離れられない絆で結ばれていて、別れ別れに
なるくらいなら、と二人して移民センターを逃げ出してしまう。そのためにお世話になったサンドロの両親を裏切る行為にでて
サンドロを失望させるのだが、そうしなければ生きていけない不遇な国に生まれた者の悲哀を感じさせ身につまされる。さらに、
ラスト、アリーナの厳しい現実を目の当たりにしたサンドロの救いようのない絶望(少年だから無力に思えるのは無理もないが)や
深い悲しみを共感するにつれ、本作の原作のタイトル「生まれたからには逃げも隠れもできない」という言葉が重くのしかかる。
ラドゥやアリーナはこれが自分たちの宿命だと受け入れ生きてゆくことの決意表明を、つかの間だが友人関係を結んだサンドロに
知らせたかったのだろう。
生と死の狭間を彷徨った少年は厳しい現実を知ることにより、大人の世界へ近づいた。大人の階段を登る通過儀礼は誰でも通ら
なければならないものだから、これも又、生まれたからには逃げも隠れることもできないものだが、13歳の夏少年が直面した現実は
ヒリヒリするほどのものであったに違いない。
中流階級のよき父、よき夫、常識的などこにでもいるイタリア人の父親役を演じたアレッシオ・ボーニは(ちょっとヒュー・
ジャックマン似のハンサム!)、愛息を失った悲しみから一転して喜びに包まれ天国と地獄を味わった心の揺れや動き、やっと戻った
息子が直面する問題をハラハラしながら見守る父親の姿を見事に表現している。
*5月下旬より BUNKAMURA ル・シネマにて公開予定