数奇な運命を辿るトラの兄弟が教えてくれるもの
……「トゥー・ブラザーズ」
桑島まさき
「愛人/ラマン」(92年)を撮ったフランスの名監督ジャン=ジャック・アノーの新作「トゥー・ブラザーズ」は、2匹のトラの
兄弟愛を描いた物語だ。もっともアノーは「小熊物語」(88年)を撮っているから意外ではないが。
1920年代、カンボジア。のっけから大きな2匹のトラが呼び合い睦みあう光景、かわいい2匹の子トラと母トラ、そこへ
のっそりやってきて父親の威厳を見せつける父トラ、一家団欒の様子と続き、平和なトラの世界の光景が描かれる。その光景からは
時代も場所も不明だが、やがてこの一家がカンボジアの情緒のある壊れた寺院を住みかとしていることがわかる。
2匹の子トラのじゃれあうキュートさ。猫を飼っている人ならご存知だろうがその習性は実によく似ている。トラはネコ科だから
当然なのだが、ジャングルの王と恐れられるトラにこんなカワイイ子トラの時代があるなんて…と思う人が多いだろう。小動物を
恐れ後退し木に登ってピンチのところを兄トラのクマルに助けを求める弟トラのサンガ。サンガは木から落ちて足をくじいてしまう。
それが後に兄弟トラの人生を分かつことになるのだが。分かれ道はこんな些細なことが起因するものだ。ともあれ、小心者の弟を
兄が助けるというどこにでもある光景にほのぼのとした心地よさを感じる。
アノーは某雑誌のインタビューで「動物の感情や考えをドラマとして描写したかった」と述べているが、本作はトラの視点に
よって描かれたトラの気持ちや感情を十全に感じ取ることのできる「トラドラマ」(人間ドラマをもじって、私はこう名づけてみた)
だ。
平和に暮していたトラ一家に危険が迫る。父トラは別の場所に、母トラと2匹の子トラは寺院でくつろいでいるところへ人間達の
破壊の手が。咄嗟に母トラは足をくじいていたサンガを口にくわえ安全な場所へ避難する。置いてきぼりにされたクマルも母に続こう
とするが塀が高くて登れず孤独と不安に怯える。<ママ、僕もー!>そこへ危機を察知した父トラが来てクマルを安心させる。穴の中
から不安そうに外の様子をみつめ、目の前で父を殺されたクマルの表情は人間の子供の表情そのもので痛々しい。
父を殺され母とはぐれ一人ぼっちのクマルは人間たちに捕獲される。子供を奪われた母トラは嗅覚で子供の居場所をみつけ救出
しようとするが敵は大勢なのでいったん引き上げる。心細いなか<そこで出会った優しいハンター(ガイ・ピアース)は僕に甘い
ドロップをくれた、人間だけど僕の味方みたいだ…>クマルの呟きが聞こえてきそうな束の間の安心感が描かれるが、すぐにクマルは
サーカスに売り飛ばされるために車に乗せられる。動き出した木箱の穴からハンターに助けを求めるクマルと見送るハンターとの
別れ、切ない!
切なさは続く。走り行く車を追いかけ子供を取り戻そうと猛然と走る母トラの姿。揺り動かされ地面に叩き落され失敗に終わるの
だが、その無念の表情がクローズアップされた時、我々人間たちはいかに動物にむごい仕打ちをしているのかと自問自答させられる。
母トラの悔しそうな表情や哀しい気持ちは人間の母親のそれと何ら変わりはなく胸を締めつける。
残された母トラとサンガにも危機が及ぶ。捕獲のために施されたワナに思わずふれて危ないところだったサンガを、母トラはポコン
と一発、愛の鞭をかます。しかしそういう母がワナにハマって深い穴底に落ちてしまう。母の傍を離れたくないサンガも穴へ自ら
落ちる。
トラ一家の危機は不安げな音楽をもって効果的に演出される。そのハラハラしたシーンは、早く逃げろ、捕まるんじゃないぞーと
私に思わせるほど冴えている。
母トラと大勢の人間たちとの対決。母はサンガを安全な場所に隠し、フーッと深呼吸を一つして闘いに臨む。その凛々しい表情の
カッコよさといったらない! 結果は未見の人のために省略するが、サンガは母と別れ行政官の息子(フランス人)に引き取られ
一緒にベッドに寝るまでになる。そのキュートさにもうメロメロ!
サンガは束の間、少年の愛を受け幸福に過ごすが、ある日飼い犬とじゃれあっているうちに犬を殺してしまう。恐れをなした少年
の母はサンガを知事に献上することを決意し、少年とサンガは別離を余儀なくされる。
両親との別れ、兄弟との別れ、かわいがってくれた優しい人間との別れ、兄弟トラはそれぞれに悲しい別離を経験し孤独に成長する
ことを強いられる。そんな兄弟トラが回りまわって果し合いをするという運命のいたずら、奇妙なめぐり合わせ。メロドラマならぬ
「トラ・メロドラマ」だ。しかもかつて弱虫だった弟トラのサンガのほうが今や果し合い用に調教されたため獰猛になって出現し、
サーカスで芸を覚えるのに忙しかった兄トラのクマルを驚かせる。
壮絶なバトルは完全にサンガのほうが有利。殺さなければ自分が殺される絶体絶命状態の中で、兄弟トラはそれぞれのことを認識し
…なんていう感動シーンを用意するアノーの泣かせつぼを心得た憎たらしさ! 私はつい最近大ヒットした韓国映画「ブラザー
フッド」の兄弟が同じシチュエーションで再会するシーンを想起しググーッとなってしまった。
それからは兄弟トラの人間への逆襲。闘技場をぬけだし人間の住む世界を駆け抜け、すみなれた場所へ戻る。人間たちの追っ手が
火責めにするが、サーカスで覚えた火の輪芸で切り抜ける。
感動シーンがてんこ盛り。戦いすんで兄弟トラは偶然にそれぞれの「優しい人」と再会する。記憶と絆が野性の血を沈め、少年と
サンガ、ハンターとクマルは再会の感動に酔いしれる。優しくしてくれた人の恩を忘れなかったトラちゃん。最もハンターはトラの
<奇跡>を信じていなかったのでガンを向けていただけに感動は彼のほうが大きかったようだ。アンビリーバブルな話だと思いつつ
しばらくは感動の余韻に浸りたい。そう思わないだろうか? 家族が家族を殺しあう血なまぐさい事件が起こる現実だけに、こんな
ウルウル話は心に深く染入る。トラに忘れていたものを教えられた気がした。
*9月18日より 丸の内ピカデリー他、全国松竹・東急系にて公開中