出産をめぐるある家族の寓話……「三年身籠る」
桑島まさき
性に違和感をもつ人が自分の性を心だけでなく身体まで変えてしまうことは可能。子宮や卵子がない女性が、他人のモノを使用して
子供を持つことも可能。世界では人間のクローンまで実現させている。倫理的な問題はまだまだあるが、医療技術はめまぐるしく進歩
している。だが、胎児が母親のお腹の中にいる期間だけはどーしても短縮されない。これさえもっと短縮可能なら、出産がラクに
できたら、働く女性たちは出産休暇をとってスピーディーに職場復帰でき、深刻な少子化問題は少しは解決されるのではない
だろうか?
誰だって、早くお腹の子供の顔がみたいだろうし、膨らんだお腹のままでいたいなんて思う人はいないだろう。苦しい思いをした
からこそかわいい赤ちゃんの顔を拝めるのは、難業を終えた母親にとっては、いわばご褒美だ。
本作は、お腹の中に赤ちゃんが3年間も籠った物語だ。出産時期を過ぎたのに生まれない話は聞いたことはあるが、3年間となると
異常だ。これはもう、完全に赤ちゃんサイドの意思としか思えない。出産は、この世に出ようとする赤ちゃんの意思と、生み出して
やろうとする母親の共同作業だ。本作は、何かの理由で母体に引きこもり体内で発育する赤ちゃんを抱えた主人公・冬子(中島知子)
とその家族の飄々としたユーモア溢れるメルヘンチックな物語だ。
郊外の古風な一軒屋に住む妊婦の冬子は夫の徹(西島秀俊)と二人暮し。ぼんやりした温厚な性格の冬子だが、出産を前に子供を
純粋培するために耳栓をしテレビも観ないなどの努力を怠らない。徹が浮気していることも察知しているが、どうせ一過性のものと
信じて慌てずノンビリ構えている。
時々、実家にご飯を食べに行く。冬子の実家は女系家族だ。祖母と母(木内みどり)と妹の緑子(奥田恵梨華)が揃うと、女だけの
豪華な食卓は賑わう。とことん女系家族だということは後ででてくる祖母の法事の席で明らかになるが、よくぞここまで女ばかり
揃ったもんだと感心するばかり。しかも女達が集まってモノを食うシーンの贅沢さ! 子供を産むという女性だけの営み同様、毎日
かかせないモノを食うという行為。さりげない日常の描写の中に女性の生理的逞しさを垣間見て楽しい。
冬子の父親の存在は一切語られない。時々、冬子はせっせと投函などしないのに父親宛てに手紙を書いている。多分、この家族に
とって男は添え物。猫のように子孫を増やすためにだけ男を必要としてきたかのようだ。
それが明確になるのは、冬子の出産が延びて、お腹が異常にせりだしているのに、祖母と母は、育児しなくてよくてラクねー、
なんて心配もせずノホホンとしたことを言い、生まれてくるのは女の子よ、と当然のように言うあたりだ。深刻な問題なのに飄然と
している家族の反応がオカシイ。さらに、夫の徹は自分以外のエイリアンと性交したから不自然な形になっていると真面目な顔を
して言い出したりするのだから笑える。当の冬子も自分が望んだことかもしれない、と思ったりする。
ともあれ、異様な形になり動くのも大変、見た人たちにはギョッとされ、冬子の妹緑子の恋人・海(塩見三省)の勤務先の病院に
入院させられさらし者になったりする。いたたまれなくなり、人目をさけるために山奥の静かな別荘に移り出産の時を待つ徹と冬子。
日ごとに成長する体内の赤ちゃんは時折お腹を蹴ったり、腹の中で泣き声をあげたりする。
赤ちゃんは永遠に出てこないのだろうか? 東京から見舞いにきた緑子と海はなんだかギクシャクしている。姉とは対称的な性格の
緑子は奔放で感情的で欲望のままに行動する。ちょっとヒステリーで理屈っぽい美人だ。姉の見舞いにきていながら、恋人とうまく
いかないからか義兄の徹を誘惑してしまう。優柔不断な徹は拒絶したもののしっかり受け入れてしまう。西島はこーいう役がホントに
よく似合う。のんびりしているようで何でもお見通しの冬子は静かな、だが手厳しい方法で緑子を罰する。そして、ついに陣痛が
始まった……。
誰でも性交し、妊娠し、出産することは可能だ。許可などいらない。しかし、精神が未熟なまま親になることは動物だってできる。
性の倫理が希薄になった現在、あまりにも親になるという自覚が軽薄になっているのではないか。親になるという自覚と親業を
なすべき責任感をもった精神的に成熟した大人が親になっているかというとそうではないようだ。大人化していない周囲の大人たちに
子供が反旗を翻し、自分で自分の親となる親を<選んだ>赤ちゃんと、異常妊娠によって家族のあり方や愛を<考察>した母親の共同作業
とみるべきか。
監督は個性派女優の唯野未歩子。唯野は同名小説も出版し作家デビューを果たしている。製作スタッフに、プロデューサーとして
日下部圭子、撮影は中村夏葉(カメラマン)、音楽担当は野崎美波(作曲家、ピアニスト)など女性が多く参加しているのも話題の
一つだ。
*お正月第二弾 新宿武蔵野館にて公開予定、順次全国公開予定