名作は時をこえ…「カルメン」
桑島まさき
オペラ、芝居、映画とこれまであらゆる芸術手段で表現されてきた文豪メリメ原作の「カルメン」。私たちがスペイン人に対して
もつ<情熱>という言葉をストレートに体現し、時をこえて語り継がれる自由奔放な魔性の女カルメンは、男にとって永遠に魅了される
色あせないファム・ファタールだ。こんな女にのめりこんだら破滅が待っていると知りつつ、欲望に忠実に、さながらカルメンの魔法
にかかったように惹かれ溺れていく男たち。本当にカルメンほど毒気の強い魅力的なファム・ファタールは見当たらない。年を経ると
身を固め結婚願望が強くなるが、カルメンは赤子を胸に抱くタイプの結婚向きの女ではなく、男から男へと自分の情熱のおもむくまま
に飛び回り愛欲を楽しむ女だ。そんな女に心底ほれ込み、自分だけのモノにしたいと願った純粋な美男子ホセとカルメンの物語の行き
着く先は、おのずと想像がつく。
本作は、スペインが誇る代表的芸術作品である不朽の名作「カルメン」を原作に忠実に描いた文芸エンターテインメントだ。芸術
作品として今後も後世に語り継がれていくであろう「カルメン」の主役を演じるカルメン役のパス・ヴェガとホセ役のレオナルド・
スパラグリアは、申し分のない演技と美貌で“不朽の名作”に恥じない役どころを堂々とこなしている。
「カルメン」についての文章を書くに際しては、度胸がいる。言うまでもなく世界に名だたる名作だけに多くのカルメン研究家が
メリメが描いた悲恋物語についてあまたの論説を発表しているからだ。それに実のところ、私は「カルメン」オペラも芝居も観た
ことはない。少女時代に小説をパラパラと読んだに過ぎない。
ところでカルメンは、悪女なのだろうか? 誘惑しその気にさせ男の人生を狂わせ自分の意のままに操り、その気がうせると
ポイ捨てする。あなただけを愛しているわ、と囁きながらホセの目の前で他の男と平気でセックスし、幾度となくカルメンを
めぐって男たちが対決するという場面を作っている。
ホセはカルメンのために何人男を殺しただろうか? 何故カルメンなのか? と問われても、こんな女とわかっていてもそれを
宿命として受け入れ、自分の人生にカルメンをつき合わせようとしたホセ。しかしカルメンにはそんなホセの純粋な愛情も切実な
想いも届かない。心ならずも一度はホセを愛したものの、カルメンは死ぬまで束縛を嫌い、奔放に、情熱的にしか生きられない
女なのだ。
二人の愛し方は根本的に違っていたにもかかわらず、愛の泥沼に浸かったために、ホセは愛する女に裁断を下す…。
ホセに殺されたがために「カルメン」は悲恋物語とされているが、実はカルメンは死など微塵も恐れていなかったのだ。幾度と
なくホセに死の脅迫をうけながらもいつでもそれを受け入れる準備ができているカルメンの刹那的な生き方は、ある意味とても
潔く、欲望に忠実に生きる姿もここまでくればあっぱれだ。「エマニエル夫人」のミスター・エマニエルならカルメンの生き方を
尊重してくれたのではないだろうか。つまり、相手が一途でフツーから逸脱できない常識人のホセだったために、二人の恋は破綻
したのだ。
女の園のタバコ工場の劣悪な労働環境の描写が印象に残る。扇風機やクーラーなどない。女たちは上半身裸で胸を露にし、時々
水で体を清め、体を冷やす。女同士の罵りあいの末、侮辱されたカルメンはナイフで相手の女の顔を傷つける。カルメンの気性の
激しさはここからして強烈に観客を驚かせる。軍人の前でもひるまず鼻歌を歌い、いい寄る男達の視線を楽しむように、挑発的な
視線を投げる。演じるヴェガは、えもいわれぬ完璧な体を惜しげもなく晒す。とりわけ形のいい大きな胸は観る者を恍惚とさせる。
この役でヴェガは間違いなくペネロペ・クルスに続き、世界的な女優へと活躍していくことだろう。
ホセ役のスパラグリアはアルゼンチン出身の役者。眉目秀麗な立体的な顔の中でもピュアな瞳が美しい。愛の地獄に入り込んだ
男の苦悩を奥ゆかしく演じている。
スペインといえば、闘牛。スペイン人の花形職業とされる闘牛士は、闘牛に刺される恐怖や死と向き合いながら華麗なショーに
臨んでいる。いつかは刺されるだろうという不安と共に、死ぬなら闘牛の鋭利で決定的な角によって…という思いもあるのでは
ないだろうか。カルメンも又、死を意識した生き方をしていたのだ。ジプシー的な、あまりにもジプシー的な。
名作は、時をこえ様々な解釈を許してくれえる。だから名作なのだろう。
*3月6日より 文化村ル・シネマにて上映中