「大脱走」、ついに大スクリーンでご対面
丸山 哲也
美しいドイツの田園風景をバックに、あの「大脱走マーチ」が高らかに鳴り響く。これだけで、もう身体が震えて困ってしまう。
二十数年前にテレビで初めて「大脱走」を観て以来、これは条件反射みたいなものである。しかし、あの時はテレビの小さな
モニターで、しかもトリミング版だったのだが、今回は違う。銀座は東劇の、堂々たるワイドスクリーンの大画面なのだ。コーフン
するなと言う方が無理であろう。
二時間五十二分の長尺だが、一瞬たりともダレ場がない。同じ長尺ものなら「ロード・オブ・ザ・リング」も確かに凄いが、観た後
の充実感と言ったら、もう、「大脱走」の方が遥かに上だ。
ただ、今回観直してみて、ちょっと気付いたことがある。劇中、ドイツ軍の収容所に送り込まれた捕虜たちは、「ハリー」
「ディック」「トム」と命名された三本のトンネルを同時進行で掘り進める。ところが、映画で観ている限りは、この三本の区別が
つかない。つまり、一本のトンネルを掘っているようにしか見えないのだ。わずかにそれぞれのトンネルの違いを区別できるのは
その入り口だけ(一本はストーブの下、もう一本は排水溝の下。もう一本はわからない)。これが掘削作業に入ってしまうと、誰が
どのトンネルの作業にあたっていてどういうシフトで進めているのか、その責任者は誰なのか、ということがさっぱりわからなく
なってしまう。見ようによっては、“トンネル・キング”のダニー(チャールズ・ブロンソン)とウィリーだけでトンネルを掘って
いるような感じさえしてしまうのだ。
実際、私が観にいった時、高校生くらいの男の子が父親らしき人に、「途中でトンネルが見つかっちゃったのに、何でトンネル
使って脱走できたの?」と質問していた。どうも彼は観ている途中で「トンネルは三本」という設定を失念してしまったようだが、
確かにあれではそういう錯覚を起こす人が出て来ても仕方があるまい。
活劇として完璧に思えた「大脱走」だが、改めて観ると、こういう「不備」も見えてしまうのである。
しかしまあ、そんなものはこの傑作においては瑕瑾でしかない。キャラクター造形の見事さ、長丁場を最後までもたせる構成力、
「これはミュージカルか?」と思うくらい画面にピタリとハマッた音楽、端正なアクション演出(最近流行りのチャカチャカした
カット割りのアクションなど、とても見られたものではない)。どれをとっても文句なしの一級品だ。
特に今回感じたのは。「明」と「暗」の転調の見事さである。
中盤における最も印象的なエピソード…アメリカ兵三人組による独立記念日パーティーの楽しい雰囲気から一転、「ハリー」の
発覚、ヒルツ(スティーヴ・マックィーン)の相棒・アイヴスの射殺…、については言うまでもあるまい。
この「転調」の素晴らしさが一気に爆発するのは、七十六名の兵士たちが脱走に成功した後である。
ヘンドレイ(ジェームズ・ガーナー)は目の不自由なコリン(ドナルド・プレザンス)を伴ってドイツ軍の練習機を奪取、一気に
スイスへと向かう。見事国境越えに成功と思いきや、突然エンジンの不調に見舞われ、不時着してしまう。辛うじて脱出した二人
だったが、すでに殆ど視力を失ってしまったコリンは不用意に立ち上がり、ドイツ軍の狙撃手の銃弾に倒れる。必死に助け起こす
ヘンドレイにコリンは「ありがとう」と言い残して息を引き取る。彼の遺体を抱えたヘンドレイは、自分達を取り囲んでいるドイツ
兵を呆然と見上げるしかなかった。
涙なくしては見られないこのエピソードの後で、画面は急に躍動感溢れる壮快なアクションシーンに早変わりする。ヒルツによる、
オートバイでの逃走劇である。抜けるような青空の下、どこまでも続く草原を、とんでもない数のドイツ兵に追われながら、ヒルツ
はスイスに向かって疾走する。この件りについては、もはや語る必要はあるまい。愛すべき人物の悲惨な死から、ハラハラドキドキ
の大活劇への切り替わりの素晴らしさには、思わず唸ってしまう。
極めつけの「転調」は、何と言ってもラストシーン。五十名の男達がゲシュタポによって射殺されたことが残った捕虜たちに
知らされた後、辛うじて生き残った者が収容所に送り返されてくる。その中の一人にヘンドレイがいた。彼は先任将校のラムゼイに
「俺たちがやったことに意味はあったのか?」と問いかける。「それは考え方次第だ」と答えるラムゼイ。その言葉に粛然となる
彼らだったが・・・。
そこへ、あのヒルツが意気揚々と帰ってきた! 新しく赴任してきた収容所長に不敵に笑いかけ、足取りも軽く独房へ向かう
ヒルツ。彼の「ただいま」の一言で、沈んでいた捕虜たちの顔に笑みが甦る。そこへ一人の兵士が「おい、ヒルツ!」と何かを投げ
渡す。それは彼のトレードマークにして“独房の友”、野球のグローブとボールだった。ここで高鳴る、かの「大脱走マーチ」。
脱走劇の無惨な結末から不屈の精神を謳いあげる爽やかなラストへの切り替わりは、もはや、感動的ですらある。ここで背中に
ゾクゾクッとこない人は「活劇」に一生縁のない人であろう。
生まれて初めて観る、大画面での「大脱走」は、想像以上の興奮と感動を私に与えてくれた。やはり本作や「アラビアのロレンス」
「ベン・ハー」「サウンド・オブ・ミュージック」といった作品は劇場の椅子に身を沈めて大画面で観るに限る。いかにホーム
シアターなるものが普及しても、あの「雰囲気」までは再現できない。
やはり映画を観るなら映画館ですなあ!