甘食だけが全てではない!……「転がれ! たま子」
桑島まさき
日本映画界の巨匠、新藤兼人監督を祖父にもつ新藤風監督の新作は、とにかくカワイイの一語に尽きる。主人公たま子(山田
麻衣子)は、幼い頃に溺れかけ、かくれんぼをしている間に父が蒸発してしまったトラウマから用心深くなり、社会性のない
引きこもり娘のまま24歳になってしまった。その非社会性ぶりは、知らない人とは話さない、運河に囲まれた下町の家とその周辺以外
でたことはない、外界は怖い場所なので常に鉄兜をかぶっている。まるでマンガの世界だ。そんなたま子の唯一の楽しみは〈日進
月歩堂〉の甘食を食べることだ。
しかし、甘食を買うお金ぐらい自分で稼げと母(岸本加世子)に厳しくいわれ仕方なく、幼なじみのトラキチの紹介で配送所で働く
ことになるのだが、鉄兜は依然としてはずさない、カワイイ顔をしているのに同僚からも気色悪がられる始末。自分の世界を
ちょっとは広げたたま子だが、次々と不運(?)が彼女を襲い、たま子は……。はたしてたま子の運命はどうなるのやら?
まずは、物語が進行する場所がイイ。〈運河に囲まれたとある町〉としか紹介されないが、昔風の日本家屋が沢山残っている風情の
ある都内の下町だろう。たま子の母の営業している〈たつまき〉美容院は、今風とはかなりかけ離れた小さな店でいかにもオバチャン
専用。しかし赤と白の水玉模様の天幕や屋内装飾など実に可愛らしい。たま子たちを捨てた父(竹中直人)がやっている〈鳥越
メカニック〉も工場が立ち並ぶ下町の風情がありレトロ感漂う。たま子がよく通う〈日進月歩堂〉は昔ながらの駄菓子屋さん。店頭に
ケースがあり一つ一つオバチャンが包んでくれる、あー懐かしい、故郷の味を思いだしそうな情趣に富んでいる。
次は小道具、徹底的に劇画風を意識したのかイケている。キュートなのに鉄兜をかぶったたま子はアンニュイな洋服を次々と
着こなし、それが不思議にマッチして独特のたま子キャラを形成する。彼女の部屋がこれまた夢見心あふれて超カワイイ。狭いが
鮮やかな配色で飾り、ここでたま子はクレヨンで甘食の絵をかき、溜まりに溜まりまるで芝居小屋の様相を呈す。シュークリームや
エクレアという設定ではなく甘食という発想自体がすばらしいではないか。
なぜ、甘食なのか? もしかして甘食を知らない若い世代の人たちが多いのではないだろうか? 筆者は小さい頃、安価でお腹が
ふくれる甘食を毎日のように食べていたが、オバサンになった今、それを食べたいとおもってもなかなか手に入らない。数々の
和菓子や洋菓子のオンパレードにすっかり押されて存亡の危機にたっている甘食。それをたま子は小さい頃から食べているというだけ
の理由で生き甲斐にしているのだ。
つまり、新しいものがあることを知ろうとしない。新世界に踏み出そうとせず内にこもったたま子の現在を表現するには甘食で
なければならないのだ。たま子は甘食の絵をせこせこと描く。それが高じて、絵はホンモノの甘食に化ける。こんがり狐色にやけ
真ん中がプチッとしている甘食の美味しそうなこと!! パサパサの甘食を食べて興ざめした人もつい買いに走ることになるだろう。
しかし、たま子は、甘食以外にも美味しいパンが沢山あることを知る。〈日進月歩堂〉の味に似た甘食を食べたいがために、領域を
こえ不安に怯えながらもたどり着いていく。店主をストーカー同様に脅してまで。冒険だ! パン店は洒落た作りのステキな店で、
パンにも幾多の名前があることを知るのだ。そしていつしかたま子の代名詞となっていた鉄兜とサヨナラする日がやってくる。家族が
それぞれ自分の道を進みだしたために見向きもされなくなったたま子は、自分の手で転がるように困難に立ち向かい、日進月歩した
のであります。
演出も女性監督らしい感性がひかっている。たま子がかわいがっている猫は鳴き声だけで、ベッドの下からニョキッと手をだす
だけでついぞ登場しない。母とトラキチの恋が芽生える瞬間の間のとりかた、アップで捕らえた二人の表情の変化はグーだ。
気取らない演技が好評のたま子の両親役、竹中直人と岸本加世子。日進月歩堂のジイチャン役ミッキーカーチス、バアチャン役の
草村礼子。たま子の弟・大輔役の松澤傑や大輔が面接をうけるバス会社の人事担当者役の永澤俊矢は女装して魅せる。その他、
松重豊、広田レオナなど個性的な役者が脇を固め、迷えるたま子の存在を際だたせている。
古きモノと新しいモノが混在したその絶妙なアンバランスが奇妙な味を醸し出している。新藤風、山田麻衣子、共に20代の若い女性
の瑞々しい視点がいきている不思議な世界観のある作品で大いに楽しめる。登場人物が全て前向きで我が道をいっている。人生は自分
で開拓し、楽しまなくては。甘食だけが全てじゃない!
*1月下旬より 渋谷シネ・アミューズ他にて公開予定