引き裂かれた二人……「アンナとロッテ」

桑島まさき




 すばらしい映画だ。原題は「Twin Sisters」。文字どおり、アンナとロッテという双子のドイツ人姉妹の波乱に満ちた
物語。「双子」をモチーフにした映画でも、シュワちゃんとダニー・デビートが共演した「twins」のようなコメディーでは
なく、どちらかといえば、今夏公開された数奇な運命を辿るトラの兄弟の物語を描いた「トゥー・ブラザーズ」(ジャン・ジャック
=アノー監督)に、自分たちの意思とは関係なく他者の介入によって大きく人生を狂わされた、という悲劇的事実を重ねながら感動的
な再会や結末を迎える点で、似ている。
 可愛らしい双子の姉妹と優しそうな両親とのセピア色の映像、まさに幸福な家庭の象徴だ。しかし、すぐに両親の死によって双子の
運命は暗転する。体の弱いロッテが咳き込みながら眠るのを姉のアンナが心配そうにいたわり、その向こうで親戚たちの思惑が
ヒソヒソと聞こえている。多感で利発なアンナは幼いながらにこれから訪れるであろう皮肉な運命を察知したのではないだろうか?
 両親と永遠の別れをした後、まだ悲しみもいえないまま、二人は大人たちによって唐突に引き離される。訳もわからず不安に怯え、
双子の姉妹はそれぞれの名前を力の限りに叫ぶ。涙なくしては観れない別れのシーン。しかし、それは姉妹の長い物語の序章に過ぎ
なかった……。

 構成がすばらしい。泥糠マッサージ(?)をするいかにもリッチな感じのする老婆(ロッテ)と顔に苦労続きの人生を如実に
滲ませている老婆(アンナ)が、保養所で会話を交わす。やがて二人が長い年月断絶していたアンナとロッテだと分るのだが、
物語は二人の老婆が過去を回想しながら、二人が今ここにいたる理由を解明していく。つまり、<現在>と<過去>、<アンナ>と<ロッテ>
の人生が交錯しながら滑らかに進んでいく。
 ほんの些細なことが転機になるものだ。「トゥー・ブラザーズ」では、人間の気配を感じた母トラが弟トラのサンガが足をケガした
ため口にくわえて逃げ、兄トラのクマルは置いてきぼりをくい人間たちに捕獲されたように、妹のロッテが体が弱かったために、裕福
なオランダ人家庭に引き取られ何不自由なく育てられたのに対し、姉アンナの人生はあまりにも過酷すぎた。貧しいドイツ人の農家に
引き取られたアンナは、6歳で読み書きできたほどの利発な少女だったが学校にも通えず、ひたすら労働を強いられた。その上、
養父母は意地が悪く偏屈。とりわけ、養父はアンナに異常に固執しねじれた感情を暴力という形で処理した。後にアンナの女としての
人生を狂わす影響をもつほどの。
 対照的な家庭環境の中で生きる二人の<現在>が交互に進行し、妹ではなく姉であったために、健康であったために、アンナがロッテ
の人生よりも犠牲を強いられたかが描かれる。

 姉妹が引き離されてから10年後の1936年。ヨーロッパはヒトラー率いるナチスの影に怯えていた。第一次世界大戦のつけをしょわ
され苦境を強いられたいたドイツでは、独裁者を英雄視しナショナリズムは異常に高揚し、戦争の予感はすでに始まっていた。
 そんな時代、アンナは運良く養父の暴力から逃れ善意の神父の手によって修道院を卒業し、メイドとして働き自活を始めだした。
ロッテは経済的に恵まれた家庭で悠悠と大学に通っていた。離れていても幼い頃に別れた双子の姉妹はそれぞれのことを思いやり
会いたがっていた。
 双子の運命はことごとく他者の思惑に左右されていた。それぞれが書いた手紙はそれぞれの養父母によって届けられず、生死さえ
もわからなかったが、生きていると知らされ姉妹に再会の時が訪れる…。
 人生にタラレバはつきものだが、姉妹の運命に影響を与えたモノの一つは<手紙>だ。今のようにメールやケータイがない時代、遠く
引き離された二人を繋ぐものは、手紙しかなかった。本作では、手紙が運命のキーワードとして幾度も登場する。アンナが最初の働き
先を憤然と後にして出ていこうとした時、間一髪でロッテからの再会の意志を書いた手紙がアンナに届けられ二人は再会を果たすこと
ができる。しかし、アンナが恋人との結婚式にでるために奉公先の伯爵家を後にする時、ユダヤ人の恋人の苦境をアンナに懇願する
ロッテの手紙はアンナには届かなかった。再会を果たしたロッテはアンナに届かなかった手紙の束をそのまま姉に渡す。そしてロッテ
は「この手紙が届いていれば…」と言うのだ。

 二人の運命を分けたのは手紙だけではない。ヒトラーが台頭するドイツでドイツ人として生まれ育ったアンナはドイツ人として
生き、ドイツ人の親衛隊将校を愛した。時代の潮流にのりナチスを肯定的に捉えても(その時代では)不思議はない。しかし、
オランダに住むドイツ人のロッテは、ドイツ人であるためにオランダを苦しめるナチスの所業が許せない。しかも婚約者はユダヤ人
で、アウシュビッツに送られ生死さえも定かではない。後に、ロッテはアンナの夫がナチスの親衛隊だったとしり、自分の婚約者を
殺した、といってアンナを責める。
 つまり、姉妹が生きた<時代>や<国家の事情>が二人の間に溝をつくってしまったのだ。戦争が終わり、たった一人の身内を訪ねた
アンナにロッテは「私の人生から消えて!」と厳しくなじって二人は絶縁する。ロッテよ、あんたは姉の苦労をどれだけ知っていると
いうのか? 共に愛する男を失ったとはいえ、アンナは養父の暴力が原因で子どもを産めない体、ロッテには娘がいる。同じドイツ人
によって不当な扱いを受け、優秀だったのに<断種>の危機にまでさらされ、学びたかったのに学校にもいけず、そしてたった一人の
身内に会いにきたのに拒絶されるとは……。世の中の苦労を一挙に背負わされたアンナの人生とは比較にならないロッテの人生では
なかったか? 老婆になって再会したロッテにアンナは言う「私の悲しみがあなたの悲しみに劣るというの?」と。
 ずっと一緒にいたかったのに叶わなかった二人は今ようやく、その時を迎える。激しく口論した後、幼いときのように二人で寄り
添い、一つのビスケットをわけあって食べる。
 すべては遅すぎた(?)とはいえ、アンナは幸福だっただろう。

 アンナを演じるナディヤ・ウールの好演が光る。若き日のクリスティーン=スコット・トーマスに少し似ていて、知的で品のある
美人女優だ。
 戦争が及ぼした暗い影…姉妹の絆を裂き、愛する者や生活を破壊し、個人の尊厳を踏みにじり、国家を疲弊させ…に翻弄された双子
の姉妹の波乱万丈な生涯、無駄のない演出、メロディアスな物語、好印象のキャスティング。2004年度アカデミー賞外国語映画賞
ノミネートにふさわしい傑作だ。 


 *12月11日より 有楽町スバル座他にてロードショー予定

       


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