第77回 監名会レポート


桑島まさき



 映画は歴史を映す鏡である。<来た道>を振り返る時、映画を通して歴史を俯瞰することができる。1981年から絶えることなく開催され
ている「監名会」(映文振センター主催)は”観る側と作る側が一体となる”をモットーに、日本映画の名作を観賞し関係者に話を聞く
貴重なイベントの一つだ。
 
 2月22日、京橋のフィルムセンターで開催された同会の上映作品は75年度公開の東映映画「新幹線大爆破」。東京・博多間を走る新幹線
に仕掛けられた爆弾をめぐり、犯人グループと国鉄(現在のJR)と捜査当局の手に汗握る対決をスリリングに描いたパニック映画だ。
当時、前月には米映画「タワーリング・インフェルノ」が公開され、文明の利器の弱点をついた大災害の前になす術もなく翻弄される人間
の脆さが浮き彫りにされたが、本作でも「速く」かつ「停まる」ことを目的に作られた新幹線が「停められない」状態のまま走り続ける
しかない恐怖を描き、先端技術や営利主義に邁進する人類に警鐘を与えた。

 上映後、本作を撮った佐藤純彌監督に映画評論家の野村正昭さんがお話を聞いた。ヤクザ映画の衰退に伴ない新しい路線としての企画を
模索中だった東映から「新幹線大爆破」の製作を依頼された佐藤監督は、「国鉄の協力をほとんど得られず大変だった。現在ではCGを
使用してあらゆる撮影ができるが当時はシュノーケルカメラという特殊カメラで撮るしかなかった。が、手作りの特撮が逆に迫力を増した
ようだ」と、懐かしそうに語った。
 高倉健が犯人グループのリーダー、沖田哲男を演じたのは意外だが、高倉氏本人から申し出があったそうだ。犯人グループは、高倉が
演じた不況で倒産した工場の経営者を筆頭に、元過激派の闘士、集団就職で上京したが職を転々とする青年、というまさに不況の煽りを
真っ先に被った時代の犠牲者達だ。
 現在の日本の状況と重なる本作。沖田の夢は露と消えたが、不公平な社会に挑んでいった勇姿が忘れられないのは私だけだろうか。            


 *「キネマ旬報」2003年4月下旬号より転載




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