第78回 監名会レポート
桑島まさき
懐かしい光景を見た。現在はあまり見かけなくなった酒屋での味噌の「量り売り」だ。そう言えば商店の人は大抵前垂れをつけたまま
町内を歩いていたが、それも近頃では見られなくなった。
5月24日、京橋のフィルムセンターで開催された第78回「監名会」(NPO法人映文振センター主催)の上映作品、小林正樹監督の
「この広い空のどこかに」を観てそう思った。1954年公開作品、製作・配給は松竹。
それだけではない。戦後日本の家屋の作り、親や目上の人に対する美しく丁寧な言葉づかい、新郎新婦が近所に挨拶まわりするシーン
など、本作には古き良き時代の失われた美点が随所に溢れている。
戦争の影をひきずった時代である。その影響として戦災で足が不自由になり、僻みっぽくなった妹役の高峰秀子が兄嫁の久我美子を
やんわりとイビったり、28歳まで結婚できないことを愚痴ったりと、人生をネガティブに思考する傾向が描かれる。ちなみに高峰さんは
小姑役を演じるのは本作が初めてだったとか。暗くなりがちな一家を明るく照らし出すのが前向きで爽やかな弟役の石濱朗さんだ。
(兄の役は佐田啓二さん)
上映会の後、50年代、黒沢明監督等と日本映画を牽引していた木下恵介監督の「少年期」で、16歳の若さでデビューして以来、数々の
映画に出演してきた石濱朗さんが、「映画とは何か」について役者の視点から話された。
「どうやって演技をすればいいか随分悩んだが、木下監督によく気持ちを作れ、と言われた。それは、心の中で感情を動かすことだ、
と気づくようになった。当時、役者は俳優座に演技の勉強にいっていたが、監督から稽古の積み重ねで学んでくれと言われ行かなかった。
監督に逆らって芝居をすると決していい作品はできない。逆らわずにギリギリの線で芝居をする。作品全体の中で、このシーン、
このカットはどのような表現をどの程度に演じなければいけないのか、それをありとあらゆる角度から、可能な限り考えてやるのが映画
俳優の仕事だと思うようになった。様々な役ができたことは幸福だった」と語った。
現在、社団法人日本映画俳優協会の副理事長及び事務局長を務めている石濱さんは、今後はフィルムが与えた文化をどのように伝え
残していくかに尽力したい、と結んだ。
*「キネマ旬報」2003年7月下旬号より転載
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