第80回 監名会レポート
桑島まさき
衆院選挙が、過去2番目の低投票率のもと終わった。長引く不況、少子化と高齢化社会、欠陥だらけの福祉対策、自衛隊の海外派遣
問題…と国家による政策から目が離せないというのに、他人任せの選挙とはなんとも情けない。
11月8日、京橋のフィルムセンターで開催された80回記念「監名会」(NPO法人映文振センター主催)の上映作品は木下恵介監督の
「二十四の瞳」。1954年、松竹製作・配給。壺井栄の原作を木下恵介監督が監督・脚色した作品。小豆島の分教場に新任教師として赴任
した大石先生と12人の子どもたちの、師弟関係を超えた結びつきが封建的な家族制度、貧困、戦争によって壊されていく様を、昭和3年
から終戦の翌年までの激動する昭和の18年間を通して描かれる。教え子の中には、貧しさのため進学できず奉公に出された者がいる。
男の子は戦争にかりだされ3人が戦死した。大石先生の子どもは栄養失調で短い人生を終えた。“女のくせに自転車に乗って”やって
きた大石先生のリベラルな思想教育は、軍国主義教育下では問題視された。心癒す島の美しい自然は変わらないのに、時代は大石先生と
二十四の瞳とのかけがえのない日々を奪っていった…。
上映後、ゲストに招かれた作曲家、木下忠司さんに、評論家の川本三郎さんがお話を聞いた。「小学校の時、学校の行事で本作を観に
いったが、何度観ても泣ける映画だ。これほど唱歌や童謡が全篇に使用されている作品は珍しい。そのアイデアはどこから生まれたの
ですか」と川本さん。木下恵介監督の実弟であり監督作品の音楽を数多く担当した木下忠司さんは、「木下監督のアイデアです。監督は
一緒に仕事をする時、あまり打ち合わせはしなかったが、本作に関しては綿密に打ち合わせをした。シーンごとの選曲については同じ
メロディーを反復して使用しているだけに、少し変化をつけるなどの工夫をした」と話された。
<大石先生と二十四の瞳の昭和>の悲劇に感激の涙を流す声が会場に響いていた。今から50年ほど前の作品。日本が又、同様の悲劇を
繰り返さないように祈るばかりだ。 (文・桑島まさき/写真・島崎博)
*「キネマ旬報」2004年1月上旬号より転載
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