第84回 監名会レポート


桑島まさき


 ゴジラの日(50年前の11月3日に封切られたので記念日とした)の3日後の11月6日、京橋のフィルムセンターで開催された第84回
「監名会」(映文振センター主催)の上映作品は、日本初の特撮映画であり国外の特撮映画にも多大な影響を与えた「ゴジラ」
(第一作)(1954年、製作・配給=東宝)。田中友幸製作、本多猪四郎監督、円谷英ニ特技監督という東宝特撮映画の黄金トリオに
よる作品だ。
半世紀もの間シリーズ化され人々に愛されてきた「ゴジラ」。シリーズ一作目が製作されてから50年、2004年12月公開の「ゴジラ 
FINAL WARS」が遂にシリーズ最終作(28本目)となる。

 上映後、ゲストに招かれた俳優の宝田明さんが撮影秘話などを話された。
宝田さんにとって、東宝入社後3作目になる映画出演作が本作。初めての主演だった。当時、東宝にとっても本多猪四郎監督に
とっても、「ゴジラ」がシリーズ化されるとは思いもせず手探り状態での撮影だったそうだ。微塵も老いを感じさせず依然として
ダンディな宝田さんは、さながら講談師のようにユーモアを交えながら話される。その姿は私たちが想像してきた「スクリーンの
花形スター・宝田明」ではなく、親しみやすいクイズ番組の司会者のようで、時に質問を交えて「ゴジラ」の思い出を語り、正解者
にはメッセージ入りの色紙をプレゼントして下さった。

 ゴジラは水爆の洗礼をうけながらも生命を維持してきた怪物だ。「本作が製作された1954年は、自衛隊が発足し、第五福竜丸が
被爆した年だった。又、世界の核開発者たちが自分が作った核のもたらす悲劇を訴えた年でもあった。そういう社会的背景の中で
撮影は進められた。ゴジラの出現は戦後9年しか経たないのに懲りずに核を使い続ける人類に警鐘を与えたのだ」と宝田さんは静か
だが厳しく語った。

 宝田さんは2004年12月4日に封切られるシリーズ最終作「ゴジラ FINAL WARS」にも出演している。
あのS・スピルバーグは、子どもの頃ワクワクして見た「ゴジラ」に着想し「ジェラシック・パーク」を作った。人類が核を撤廃
しない限りゴジラは延々と誕生するのではないだろうか。志村喬扮する山根博士の言うように。深いメッセージが込められている
作品だと改めて思った。
                            (文・桑島まさき/写真・竹下資子)

 *2005年1月上旬新春号「キネマ旬報」より転載  
 


戻る