ある怪物の壮絶な半生……「血と骨」

                                                                           桑島まさき



日本の劇場映画観賞料金は高い。一応、試写室で映画を観させていただいているものの、見逃したものはなるべくそれぞれの劇場の
サービスシステムを利用して少しでも安価に観ることにしている。しかし、どうしても時間の都合がつかないものは仕方なく
1800円をだして観る。本作「血と骨」は1800円だして観た。
スゴイ映画を観た! というのが正直な感想だ。底知れぬエネルギーと圧倒的なパワーで他者をねじふせる<怪物>の壮絶な半生を
描いた本作。山本周五郎賞を受賞したヤン・ソギルの原作を在日韓国人の崔洋一監督が映画化。ヤン・ソギルの在日一世の実父が
モデルになっている自伝的小説だ。

主人公・金俊平(ビートたけし)はまさに<怪物>だ。
欲望がすぐ行動に直結する単細胞。自分の欲望がかなえられないとすぐに暴力にでる。好きな女ができると言葉より暴力で自分のモノ
にする。そして子どもを産ませ夫となり父になるものの、勝手気ままにわが道をゆく。子育ては妻まかせ、フラリといなくなったかと
思うといきなり帰ってきて、すぐに妻・英姫(鈴木京香)を抱こうとする。女を抱くとき俊平はいつも「脱げ!」とひとこと命令口調
でいう。この男に言葉はないに等しい。相手が嫌がっても構わず組み敷いてセックスを強要する。まるでレイプだ。子どもたちの態度
が気に入らないといって暴力に及ぶ。娘の花子(田畑智子)の髪をわしづかみにし階段から突き落とす。息子の正雄(新井浩文)とも
取っ組み合い。ケンカに関しては絶対に負けない。凶暴でどーしようもなく野蛮な暴君だ。そんな野蛮人を家族は誰も止められない。
たてついても負ける。だから家の中はいつも暴力と恐怖が渦巻いている。

俊平の暴力は外でも続く。蒲鉾工場を経営するものの金欲もすこぶる強く、ただ同然で従業員をこきつかっている。文句をいう
従業員(北村一輝)にいきなり火のついた炭で逆襲しねじ伏せる。暴力事件で訴えられるだろうが、俊平の<帝国>では誰も文句をいう
ことはできない。背筋の凍るような威圧感を他者に与える男、それが俊平だ。
本作は俊平と沢山の男たちとの骨と骨がぶつかりあうすさまじいケンカシーンが延々と続く。ハリウッドにみられるガン・アクション
映画や華麗なアクションが楽しめるカンフー映画にはない、拳が肉にミシリと食い込む音、骨がきしむ音、苦しみ悶える荒い息
づかい、闘志と闘志がぶつかる音、が聞こえそうな映画だ。
理性のきかない男だから遠慮もない。家族のすぐ傍に愛人・清子(中村優子)を住まわせる。ビジネスに成功した男のステイタス
シンボルとして愛人ぐらい…と思わなくもないが、何もそんな至近距離に住まわせなくとも。いや、そもそもこの男の目に他者は
映っていないのだ。頼れるものは自分だけ、誰も信じていないのだから、他者は存在しないも同然なのだ。

人間は様々な側面をもつものだが、俊平は清子という愛人にだけは心優しい一面をみせる。脳腫瘍になり廃人同様で家に戻ったきた
清子を俊平はかいがいしく介護する。大きなタライに湯をはり清子の体を洗ってやるシーンは思わずジーンときてしまった。
しかし、清子が女としての勤めを果たせなくなると、次の愛人・定子(濱田マリ)を同じ家に住ませるというのだから、やはり無神経
だ。俊平が固執するのは金に対する異常な執着、そして自分の血をひく子どもを誕生させること、だ。しかし子どもを可愛がる訳では
ない。子どもでも平気で殴る。
本作は、成功を夢みて一人大阪へ渡ってきた俊平という在日一世の<怪物>の半生を描いた物語が主軸であるが、父と息子の葛藤を中心
に据えている。レイプして生ませた息子・朴武(オダギリジョー)、正妻・英姫に生ませた長男・正雄、愛人・定子に生ませた長男
との。長男が家を継ぐという風習が当然だった時代、息子たちは皆、怪物である父と激しくぶつかりあい、離れていった。最後は幼い
長男(定子がうんだ子ども)を人さらい同様につれだし北朝鮮に渡り、極貧の生活の道連れにする。

俊平を演じたビートたけしの無表情の中に潜む不気味さが効を奏し、「金俊平」はイキイキと<王>として映画の中で君臨している。
又、昭和20年代から30年代の大阪の朝鮮人街の雑然としたエネルギッシュな営みがリアルに再現されている。つるし上げたブタを
殺し、俊平がブタの腹にメスをいれた途端、内臓がドロドロとでてくるシーン、ウジ虫のわいた腐肉を俊平が食べるシーンなど、
<怪物>のパワーの源泉を垣間見ることができる。ちょっと吐き気を催すかもしれないが。
子どものように純粋ともいえる俊平のストレートな生き様。彼を理解しようとすればするほど人は袋小路に陥るに違いない。いや、
理解しようとしても、決して俊平は心を開こうとしないだろう。謎なのだ。おそらく自分でも自分がわからないのではないだろうか。
ところで、なぜ俊平は北朝鮮へいったのだろうか? しかも財産をことごとく北朝鮮に寄付している。白髪だらけになっても一向に
ケンカ気は衰えず、体を悪くしても悪知恵にたけ、家族にはビタ一文与えなかったというのに…。


*11月6日より 丸の内プラゼール他全国松竹・東急系にて公開中


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