キャロルのスペイン……「キャロルの初恋」
桑島まさき
二度と戻らない純粋な季節の思い出だから美しく甘美なものとしていつまでも胸に残るのか、あまりにも悲しい出来事だからなの
か……。人は来し方を振り返る時、いつもそこに自身の原点である故郷や懐かしい人々や初恋に思いをはせる。本作「キャロルの
初恋」は、1930年代後半、狂乱のスペイン内戦下のひと時をスペインで過ごしたアメリカ娘キャロルの目からみた大人の世界、
内戦が人々に与えた傷、不穏な時代の空気、そして初恋、をみずみずしい映像で描く秀逸な作品だ。
監督は「時間切れの愛」のイマノル・ウリベ。
38年スペインの長閑な村、アメリカ人とスペイン人のハーフ、12歳のキャロルは、母の故郷であるスペインに初めてやってくる。
キャロルの母のアウローラはその美貌と華やいだ雰囲気だけでもひと目をひくのに汽車の中で人々の視線も気にせずタバコを平然と
ふかす威風堂々ぶり。アウローラはその昔、土地の有力者の婚約者を捨て駆け落ちしてアメリカ人と結婚し村をでた裕福な家庭の娘
だった。そのアウローラが村に帰ってきた、という噂はすぐに保守的な小さな村の人々の関心の的となる。
キャロルが初めて会う祖父のアマリオは温厚で育ちのよさがにじみ出る紳士で、二人を暖かく迎えてくれた。アウローラにフラれた
叔父は彼女との再会に胸をときめかし、その妻は不愉快な感情の矛先をキャロルに向ける。
ところで、なぜキャロルのパパはこないのか? 父のロバートはファシスト(反乱軍)から共和国政府を守るため義勇軍に参加し
国際旅団のパイロットとして参戦中だからだ。
キャロルは、土地の因習や堅苦しい閉鎖的な村を嫌い自由にものを言い行動する母の気質を受け継いだ勇敢で正義感の強い勝ち気な
少女だ。村に入ったばかりの時、土地の男の子たちと素手でけんかをしたり、嫌みをいう叔母に反撃したり、イヤだと思ったら我慢
せず祖父をくどいて再び一緒に住むように大人を動かしていく行動的な少女だ。又、お手伝いの少女が読み書きができないとしり自分
が教えてやる。土地の男の子の一人トミーチェといつしか親しくなりキスをするのもキャロルの方から。気が強いばかりではない。
母の突然の死にショックを受けているはずなのにそのことをパパが知ったら可哀想だと思い、母が父にあてた手紙だと思わせるように
代筆を母の親友に依頼したりする気遣いのできる少女だ。全くしっかりした思いやりのある少女なのだ。
いつもボーイッシュな格好をし、くるくるとした大きな瞳は利発さ鋭敏さを宿し、自分の周囲で起こる大人たちの世界のぎくしゃく
した感情の機微を少しでも見逃さないとするかのようだ。政治的状況を把握できていないのに子供の直感で不穏な時代の動きを感知
しているのだ。
危険をおかして父が空から娘の誕生日を祝うためにやってきて、パラシュートで娘への贈り物を落とすシーンは印象的だ。ぎすぎす
した時代のつかの間の幸福が詩的な風景をバックに語られる。
戦争はいつも過酷だ。キャロルの目にやきついたその残酷な幕切れはきっと一生心を離れないだろう。多感な時期にスペインに来た
ために心に刻まれた苦い思い出として。そう、同じ時代背景のスペイン映画「蝶の舌」の結末のように。でも、それも含めて、
キャロルはいつまでも忘れないだろう。戦争によって引き裂かれた小さな恋があったことも、すべて宝石のようなかけがえのないもの
だということを知っているから……。
*1月22日より シブヤ・シネマ・ソサエティーにて公開予定