忘れられない人……「コーラス」
桑島まさき
少年時代、島に一軒だけあった小さな映画館。そこで映画技師として働く気のいい老人アルフレッドとトト少年との交流、映画への
愛、初恋、友情、戦争などを描きながら人生のすばらしさや運命の皮肉、悲喜こもごもがつまったジョゼッペ・トルナトーレ監督の
「ニュー・シネマ・パラダイス」(89年)はいまだに筆者にとって、生涯のベストワンだ。「ニュー・シネマ・パラダイス」で大人に
なったトト少年を演じたジャック・ペランは、フランスを代表する役者でありプロデューサーでもある。最近のプロデュース作品には
「WATARIDORI」がある。そんな彼が製作及び出演した本作「コーラス」は、フランス版「ニュー・シネマ・パラダイス」
だ。事実、物語の始まりは、「ニュー…」のそれとそっくりの構造になっている。
今では世界的指揮者となっているモランジュ(ジャック・ペラン)は、母の訃報を知り久し振りに故郷へ帰省する。その彼の元を
訪れる懐かしい友ペピノは、モランジュが多感な時期を過ごした寄宿舎時代の友人だ。ペピノは、少年時代に多大な影響を与えた
“忘れられない人”の日記を渡す。その人は、クレマン先生……。
1949年、フランスの片田舎。戦争に参加しなかったアメリカ以外、戦後のヨーロッパはどこも国は疲弊し、人々も戦争の影を
ひきずり、生活は苦しかった。人々は今日を生きるだけで精一杯。戦争の影響もあり、「池の底」と名づけられた男子ばかりの寄宿舎
は、親のない子、素行に問題があり親から見捨てられた子、などが集まる<悪ガキの集団> だった。
モランジュ(ジャン=バティスト・モニエ)は美しい母一人に育てられた。本当はイイ子ばかりなのに、親の愛情を知らずに育った
子どもたちは、不条理な世の中への憤りを反発にかえイタズラばかり繰り返す。学校側も子どもたちを教育する意志はなく、預かる
だけで手一杯といったスタンスでいるものだから、子どもたちと教師とのやりあいは延々と続く。校長先生に至っては、やられたら
やり返せ、と平然と口にする始末。
そんな時、クレマン(ジェラール・ジュニョ)という中年のサエない先生が赴任してくる。
クレマン先生は、他の先生たちと違い子どもたちを理解し愛情をもって接するように心がける。寂しいだけで本当は皆、大人の
優しさに飢えているんだと直感した先生は、どんなにイタズラされてもガマンし、少年達との距離を縮めていく。
クレマン先生は少年たちに音楽の素晴らしさを教える。自身も実は音楽家になりたかったがなれなかった男だけに音楽の効能を承知
している。合唱団を結成し歌う喜びを教えていく。何の楽しみもなく自己防衛のために大人たちを警戒していた子どもたちは、何かに
一生懸命になることの意味を見出し、音楽に楽しみを感じていく。学校一の問題児と黙視されていたモランジュの天使のような歌声を
発見したクレマン先生は、彼の才能を活かしてあげようと努力する。頑なに心を閉ざしていたモランジュも徐々にうちとけ、その成果
を発表会で見事に結実させる。音楽によって眠っていた少年たちの純粋さを引き出し、荒ぶる心を静め、クレマン先生と少年達の心が
一つになった瞬間だった。
しかし、事件が起こり、クレマン先生は学校を去ることになった……。
ところで、本作はペランの甥であるクリストフ・バラティエが監督、脚本、音楽を手がけている。映画一家に育った彼は、小さい頃
から音楽を学び、同様の経験をもっているだけに脚本を長い時間かけて書きあげた。思い入れのこもった作品なのだ。
そして少年達のコーラスは、リヨンに実存する「サン・マルク少年少女合唱団」の子どもたちが歌い、モランジュを演じたジャン=
バティスト・モニエは、この合唱団でソリストを務めている本物の“天使の歌声”の主だ。しかも憂いを秘めた天使のような顔立ちは
この世の者とは思えぬ風格を漂わせている。
本作は本年度アカデミー賞外国語映画賞にノミネートされ、フランス国内でも2004年最大のヒット作となったが、同時に作中の子ども
たちの歌声を収めたサウンドトラックも又、大ヒットを記録した。
モランジュにとって“忘れられない人”であるクレマン先生との別れは唐突にやってきた。でも、泣いて抱擁するというジメジメ
した別れではない。見送りを許されなかったので、モランジュを始めとする少年たちは、さよならと書いた紙ヒコーキを窓からとばし
先生に感謝の気持ちを伝える。粋な演出ではないか。こんなイイ先生との出会いがあれば、たとえそれがどんなに短くはかない想い出
でも、胸の奥深いところでしっかりと息づいていくことだろう。少年たちの目に宿っていた哀しみが消え、子どもらしい純粋な瞳に
変化していたことが、それを証明している。普遍的な題材を扱いながらもこれほど人々を感動させたのは、やはり時代が殺伐として
いるからだろう。
*4月初旬より シネ・スイッチ銀座他、全国公開予定