穏やかな時の流れを感じる心地よいひと時…「珈琲時光」
桑島まさき
「珈琲時光」…コーヒーを味わうひととき。気分転換し、気持ちをリセットして自分の人生に立ち向かうことができるような短い
けれど貴重で濃密な時間。
いい言葉だ。「コーヒーブレイク」なんて言葉はよく雑誌などで使用され、サラリと読めるコラムなどが掲載されていることが多い
が、同じような意味であっても「珈琲時光」となるともっと奥深い意味が秘められているようだと思わないだろうか?
ここのところ名匠・小津安二郎の生誕百年を記念して様々な企画が各地で催されている。本作はその一環であるが、8月21日より
全国松竹系で公開されている「釣りバカ日誌15 ハマちゃんに明日はない!?」にも、小津監督の代表作「麦秋」の有名なシーンを
そのまま取り入れるなど惜しみない賛辞を送っている。本作は、台湾のホウ・シャオシェン監督が日本の偉大なる映画監督である
小津安二郎へのオマージュとして、製作スタッフは台湾、キャストは日本人、舞台を日本にすえて製作した現代版「東京物語」だ。
特別な事件が起こる訳ではない。主人公のさりげない日常を丁寧に積み重ね、ポツポツとした短いセリフでもって「家族」を描いて
きた小津の作風は、本作でもしっかり継承されている。
フリーライターの陽子(一青窈)は台湾から帰国したばかり。陽子の住む鬼子母神のアパートは若い女性が好んで住みたがるような
今風なそれではない。広くはなく天上は低く、昔風のつくりで卓袱台が中央に置いてあり、窓をあけると隣家がどんと前に現出して
きそうな下町の風情をしている。陽子は時々、神保町の古本屋にいく。ここの店主の肇(浅野忠信)と仲良し(肇が陽子を好いている)
なのだ。近くには仲良しの誠治(萩原聖人)がいる天ぷら屋「いもや」があり、行きつけの喫茶店は西神田にある。取材であちこちに
行くが、陽子の生活圏は時代の先端をいく華やいだ場所ではなく、どこかレトロ感を漂わせた昔の匂いをプンプン漂わせる東京の下町
だ。
実は、陽子には気がかりな問題が浮上していた。台湾にいる時妊娠してしまい、結婚はしないがシングルマザーになろうと決意して
いる。自分の意志は固いのだがそれを告白することで両親や周囲の人たちがどんな反応をするかが気になっているのだ。
法事で実家の高崎に帰った時、陽子はさりげなく両親に告白する。夜中にお腹がすいてご飯を食べる陽子は後姿のまま、義母
(余貴美子)にポツリと話す。陽子の顔はみえない。陽子の告白を聞いて動揺しているが平静をつくろって心配そうに娘を見守る義母
の横顔が映し出される構図は、いかにも小津贔屓のホウらしい演出だ。美貌のイイ女の余はフツーのオバチャン役に徹している点が
流石だ。
同様に、陽子に想いを寄せる肇の行動もそうだ。待ち合わせをして出かけた日、急に具合が悪くなった陽子を介抱する肇。陽子は
何食わぬ顔で「妊娠しているから」と言う。肇はショックをうけながらも「妊娠してるんだ?」と問い返すしかできない。いやいや、
大切な人の大事に遭遇した時、なかなか人は気の効いた言葉をかけられないものだ。気持ちほどには。言葉が足りないかわりに肇は
具合を悪くして寝込んでいる陽子を訪ねてきてかいがいしく世話をする。憂鬱な気分の上に体調もすぐれない。それを解きほぐして
くれる肇の存在…。友人以上恋人未満の関係なのに、家族の一人のような安らぎを与えてくれる肇に陽子はほのぼのとした感情を
覚える。小津の映画に出てくる人たちが皆そうであったように。
陽子の両親(父親は小林稔侍)もすごく陽子の身を案じながらも、叱責したり説教したりはしない。ただ、じっと愛する者を気遣い
見守るだけなのだ。
見ていてもどかしくなるような距離のとりかた…両親も肇ももっと陽子に近づきたいが相手を尊重し気遣う気持ちが強いために
それができない。しかし、私には彼らのその「静かに見守る」姿勢がなんとも好感がもてる。理想の家族の在り方であり、理想の恋人
との距離の取り方のように思える。
陽子は幻の音楽家<江文也>という人物のことを調べているがなかなかたどり着けない。しかし今後も仕事を続けていくつもりだ。
東京の町を縦横無尽に駆け抜ける電車は、容易に人を目的地へ届けることができるが、乗るべき電車を間違えるととんでもない場所へ
たどり着いてしまう。陽子は今どこへ向かおうとしているのか? 電車の中で居眠りしてしまった陽子が目覚めると、そこに肇の顔を
見た時のほのぼのとした彼女の安らぎに満ちた顔が印象的だ。
「もらい泣き」でデビューした一青窈にとっては本作が映画初出演。台湾人と日本人のハーフという出自や飾り気のない色香と内に
秘めた芯の強さは、まさに「陽子」像と見事にマッチしている。主題歌は彼女の「一思案」が使用されている。
*9月11日より テアトルタイムズスクエアにて公開予定