ザ・バレーの恋……「ダウン・イン・ザ・バレー」
桑島まさき
ハリウッド映画ファンならご存知の通り、ニューヨークやロスやワシントンのような大都市を舞台とした作品以外に、ド田舎や
大都市と田舎の中間みたいな街が舞台の映画もたくさんある。あの巨大な大陸に住むアメリカ人の全てがジョージ・ブッシュを支持
している訳ではないし、日本がどこにあるかもしらない人達は一杯いる。そのへんの事情は日本のド田舎と事情は同じだ。
本作の舞台ロサンゼルス州「サンフェルナンド・バレー」は、略して「ザ・バレー」と呼ばれている。この地は、かつてアメリカを
代表する郊外住宅地として脚光を集め爆発的に人口が増加したが、時代の変化と共に、12車線のフリーウェイ、ジェット機などがある
一方で、牧場や豊かな自然が混在する中途半端な郊外となっている。つまり、郊外であって郊外でない街、それがザ・バレーの現状
だ。
ザ・バレーに住む17歳のトーブ(エヴァン・レイチェル・ウッド)は13歳の弟ロニー(ローリー・カルキン)と厳格な刑務官の父
ウェイド(デヴィット・モース)と3人暮らし。母はない。反抗期のトーブは退屈で、口うるさい父親に苛立ち、母親がわりになって
家事をしなければならない毎日にうんざりしていた。
そんな時、この土地には珍しくいかにもよそ者とわかる男が出現した。カウボーイハットにブーツの男は、気さくで自由のオーラを
プンプン発散させ、17歳のトーブにとってまさに自由の象徴であり、魅力的な大人の男だった。自分を退屈な日常から脱出させて
くれるステキな男に見えてしまう。男の名はハーレン(エドワード・ノートン)。物怖じせずハーレンに近づき海へ誘い、瞬く間に
恋に落ちる二人。
「サーティーン あの頃欲しかった愛のこと」のエヴァン・レイチェル・ウッドは、多感な時期を生きる少女のもつ脆さ、危うさ、
一途さ、を体現し、透明感のあるこの上ない美しさをスクリーンにやきつける。実年齢でもノートンより遥かに若いが、ひけを
とらない大胆な演技でみせる。
ハーレンは弟にも親切に接してくれ、紳士的で寛容で、優しい。まさしくトーブにとっては白馬の王子様、ロニーにとっては力強い
兄貴のような存在だ。それからトーブの毎日は新鮮な輝きに包まれるのだが……。
だが、トーブの恋は父親によって阻止される。窮屈な家をでたいが父親に逆らえないトーブは悩み悶々としているが、ハーレンに
対する思いも少しずつ変化していく。王子様と思っていた男は弟にガンの撃ち方を教える俗っぽさを持ち、牧場主から軽くあしらわれ
彼女をガッカリさせる。激しい気性と共に夢見がちな世間知らずの少女ではあるが、カッコいいとばかり思っていた男を冷静にみる目
をもつ賢い娘でもある。
そんな時、二人に悲劇が起こる。恋に決着をつけようと思ったハーレンとまだ幼いトーブの意識が食い違い、ハーレンはとんでも
ない行動をとってしまうのだが……。
「真実の行方」(96年)で人間の表と裏を不気味に演じ絶妙な印象を残した演技派ノートンは、ここでも複雑な男の内面を絶妙に
演じる。それはロバート・デ・ニーロが「タクシー・ドライバー」で演じた主人公の行動パターンと類似し、自分の価値観を信じ他人
を巻き込み突っ走ってゆく孤独な男の姿であり、偏愛の形だ。自分が思うことを愛する女も思うとは限らないことをトーブよりも遥か
に年長のこの男にはわからない。自分の正義は他人の正義だと信じて疑わない、その意識のズレにより二人の恋は悲しい終わりを
つげる。
ザ・バレーに咲いた束の間のトーブとハーレンの恋は若さゆえの暴走だったのか。ハーレンは何を思いこの街へ流れてきたの
だろうか?
*正月 シネマライズにて公開予定