しあわせは、貰うものではなく、自分で作るもの……「フレンチなしあわせのみつけ方」

桑島まさき


 「僕の妻はシャルロット・ゲンズブール」で長編監督デビューを果たしたイヴァン・アタルは、本作で実生活でもパートナーの
シャルロットを出演させている。再び実生活上のパートナーの生活を二人で演じたのが「フレンチなしあわせのみつけ方」。
パリ。ヴァンサン(イヴァン・アタル)、ジョルジュ(アラン・シャバ)、フレッド(アラン・コーエン)の仲良し中年男たちは
よく集まってはポーカーをしたり、飲みにでかけたりする。結婚生活のこと、愛人や恋人のこと……。イイ年したオヤジなのに、
話すことは仕事や親の介護問題(ないだけかもしれないが)などではなく、いかに楽しく生きるか、さながら「SEX AND 
THE CITY」の女たちのノリ、男とは、幾つになっても幼稚で幻想をもち続ける生き物だと納得させられる。

 対称的に、こんな男たちをパートナーに持つ女達の日常のスケッチも描かれる。ヴァンサンの妻、ガブリエル(シャルロット・
ゲンズブール)は、不動産会社で働きながら、一人息子の世話をし、ベビーシッターにきてもらって適当に夜の街に遊びにいったり
して仕事と家事と育児のストレスを紛らわせている。しかし一番のストレスは、夫のヴァンサンに愛人がいるような不安を覚えて
いることだ。でも、夫はその影をいっさい家庭に持ち込まないし、彼女も一歩踏み出して浮気の証拠をつかもうという意志も勇気も
ない。耐え切れずカフェで涙を流し、気分転換に息子とバカンスにでたりして、女としてつい同情してしまう。「すべてお見通し
よ」と夫にかまをかけてみるものの、お調子者の夫にかかると、ケチャップやクリームなどをど派手にかけあい恋人同士のような
無邪気さでハメを外しじゃれあう始末。つまり、はぐらかされてオシマイ…。
ジョルジュの妻ナタリー(エマニュエル・セニエ)は、ガブリエルとは対極にある主婦で言いたいことは何でも言う。いつもケンカ
ばかりし家庭における女の地位を主張するフェミニスト、フツーの男には手におえない怖い女だ。セクシー美女のエマニュエルは
キツい顔だけにハマっていて面白い! この妻に浮気がバレたら間違いなく男は破滅させられるだろう。でもケンカもするが仲直り
も早い。

 ヴァンサンは妻と息子を愛しながらも美しいエステシャンの愛人も失いたくない。ジョルジュは可愛げのない怖い妻など捨てて
キュートな女とやり直したいが怖くて浮気ができないので、独身貴族で女にモテモテのフレッドが羨ましくて仕方がない。フレッド
は孤独な生活より誰かが待っていてくれる結婚生活をしたいと望んでいる。一体、人にとって幸福とは何だろうか? こーやって
見ると三人の中で一番満たされているのは、結婚という精神的安定も浮気という快楽と興奮をも持っているヴァンサンが、恵まれて
いる男といえるだろうか? 
しかし所詮、それは男の言い分。ヴァンサンの愛人は男が思うほど割り切った女ではなく、男を深く愛し悩んでいる。偶然にも
レストランで男の妻(ガブリエル)と隣のテーブルに座ることになった時の動揺がそれを証明しているではないか。妻を喜ばせる
イタズラも愛人にとっては単なる悪ふざけでしかない。つまり、それは愛する男を<持つ者>と<持たざる者>との間の精神的余裕の
差だと言えるだろう。

 それぞれの生き方を通して考えさせられる普遍的な結婚生活のあり方とは、本当の幸福とは?という永遠のテーマ。
恋愛スキャンダルが問題にならないフランスならではの結末は、やはり永遠のナゾとして終わる。妻として母として忙しく生きる
ガブリエルだってまだまだステキな女だ。恋に憧れるピュアなココロも持っているし、胸ときめかせる男との出会いがあれば正直
嬉しい。○○○○・○○○とのエレベーターの中での熱ーいキスが、それを物語っているというもの。
その人なりの価値観があるように、答えは千差万別。自分流の幸福を見つけるしかないのだろうなー。でも、幸福は求めて得られる
ものではなく(誰かが幸福にしてくれるのではなく)、自分の手で作り出し、ゲットし、それを持続させる努力を怠らないこと。
それを忘れてはいけないだろう。


 *4月初旬 渋谷シネ・アミューズにて公開予定

       


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