男vs女 さよならをするために……「帰郷」

桑島まさき

 


 男と女の本質をついた、実に味わい深い映画だ。
再婚する母親の結婚式にでるために、都会から久し振りに故郷へ帰ってきた晴男(西島秀俊)。具体的にどこかわからない。母の
結婚式の会場が漁民会館だったり、近くに港がみえることからして、地方の港町だということはわかる。晴男の母親(吉行和子)が
可愛らしい。再婚相手が年下の男(晴男の同級生ナオミの父親)なのだが、そのことをやたらに嬉しがり、乙女のようにはしゃいで
いる。
結婚式の後、晴男は先輩の山岡のやっている店でナオミと三人で酒をのむ。そこへ、かつての恋人、深雪(片岡礼子)がやってくる。
深雪はこの店で働いているのだ。茫然と深雪を見つめる晴男とは対称的に、深雪は軽く会釈するだけ。
場所をかえ飲み直すため山岡たちと店を出たものの、晴男は、深雪が離婚して半年前にこの街に戻ってきて、一人娘を昼夜働きながら
育てている、と聞き心配でたまらない。もっと話をしたくて店に戻り、あとかたづけをしている深雪と改めて話をする晴男。黙々と
働く深雪の後ろから、まるで問いただすように、何故何故?と質問する晴男。それは、悪さをした子どもが必死に母親に言い訳を
しているかのようだ。そして、どちらともなく激しく求めあうのだが……。

 「娘の名前はチハル、目が晴男くんにそっくりよ、明日の昼ぜひ見にきて」と意味深なことを言う深雪。純情な晴男は深雪に教え
られたとおり家を訪ねるのだが、そこには深雪の姿はなく、母娘のあまり豊かではない生活の痕跡とチハルの姿があるのみ。
鍵っ子のチハルは用心深く晴男と接する。知らない人と余計なことは話してはいけないと母親から厳しく言われているのだろう。仕方
なく家の中で待つ晴男だが、やがて、事情がみえてくる。
深雪は失踪してしまった。昔、恋人同士だった時も体を求め合いながら、気がつくと一方的に捨てられた晴男。つまり、晴男は別れの
意味も理由もわからないまま深雪の幻影をおって今日まで生きてきたといえる。勿論、別れの理由をハッキリ告げられたからといって
心の整理ができるともいえないのだが。
思わぬ展開に困った晴男は、とりあえず一人残されたチハルを実家へ連れて行き、ご飯を食べさせる。チハルは、ホントにしっかり
した子どもだ。挨拶はキチンとするし、自分が置かれた立場を幼いながらに敏感に感じ取れる子どもだ。晴男が昨日自分の父になった
男に挨拶するために立ち上がると、チハルまですくっと立ち上がり真似をする。おそらく、情緒不安定な面のある母親(深雪)をみて
育ったために、自然に身についたのだろう。チハルを演じる守山玲愛ちゃんは名子役の一人だ。

 昨日花嫁になったばかりの母親は息子に向かって、「目のあたり、あんたにソックリね」と言う。昨夜の深雪に続き、今度は実の
母までが。……女たちはどんなつもりでこんな大事なことを平然と言うのか?……。 そんな、晴男の呟きが聞こえてきそうだ。
チハルはホントに自分の娘なのだろうか? セックスはしても自分が産んだ訳ではないので、この問いは男たちにとっては永遠に
判らない謎だ。
晴男のようなウブでちょっとどん臭い面のある男は、責任感が強いだけに女のしたたかさに太刀打ちできないだろう。もはや、自分
の娘に違いないという確信ができると、晴男がなすべきことは、チハルと一緒に深雪を探すことだけだ。二枚目の西島秀俊は「男の
純情」を演じさせたらピカ一だ。
チハルの記憶と勘(子どもの勘は侮れない!)を頼りに深雪を探す二人。バスに乗り、以前いったことのある男の家を訪ねたり、
レストランに入ったり、海辺を歩いたり。いつしか日は傾き、祭の音に誘われて神社で束の間の休息を楽しむのだが……。

 母親の結婚式にでるための帰郷は、期せずしてとんでもない事件の連続に。それでも晴男はチハルと一緒に過ごすうちに、愛情を
感じ、かつて愛した女の全てを引き受ける決心をする。「お母さんがお母さんなのは、チハルのせいなの?」といじらしい質問をする
チハルをいつしか守ってあげたいと晴男は思う。まるで、チハルという存在が優柔不断な男の心のスイッチを押すかのように。
ところが…。大変な一日だったために疲れたチハルは熱をだし、あわてた晴男は町医者をたたき起こし、チハルをみてもらう。そこで
ようやく実家へ電話をかけると……。
かけつけてきた晴男の両親、深雪、ナオミ、山岡。つまり、晴男が帰省中にあった親しい人々全てだ。意を決して、チハルの父に
なりたいと深雪に告白する晴男だが、深雪は率直に自分の意志をつげる。
大人になりきれない男とはいえ仕事は順調、母親は再婚し介護なども問題はない。一方、深雪の人生は、結婚に失敗し、シングル
マザーとして娘を苦労しながら育てている。「ちっとも変わっていない晴男くんが悔しくって、なぜ私ばかりこんな目にあわなきゃ
いけないの、そう思うと、つい…」という深雪の女心はわからなくもない。いや、これはフツー一般の女心だといえよう。それに
同意する晴男の母の人生を知る言葉。懸命に今を生きる女たちの逞しさの前に、男はなす術はない。心にロマンを持ち続ける男と、
過去も未来もなく、現在の愛や現実だけをしっかり受け止め、生き抜いていく女たちとの意識のズレは、普遍的なテーマだ。

 晴男の帰省は終わった。しかし、この帰省は心に残っていた思い出にサヨナラをするために、明日を生きる貴重な休暇だったのでは
ないだろうか? 人はこうやって思い出と決別していく。久し振りに映画復帰した片岡礼子がイイ。ところで、西島と片岡は共に71年
生まれだが、どうみても片岡が年長者にみえる。男と女の精神年齢の差を描いた本作は、配役にも気配りを忘れない。萩生田宏治
監督、会心の作品だ。 

 *6月初旬、新宿武蔵野館にて公開予定


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