愛も希望も、ゼロからスタート……「北の零年」

                                                                           桑島まさき


 明治初期、まだ旧時代の残滓が色濃く漂よっている時代、江戸時代に慣れた人々はさぞかし新しい時代の体制に困惑したこと
だろう。まあ、旧時代の身分制度「士農工商」のうち、士族を除く一般庶民はわりかしすんなりと時代の波を受け入れることができた
のではないだろうか? 一番厄介なのは多くの家来たちにかしずかれて育った「殿様」だろう。次にそれが武士の誇りとばかり思って
いた融通のきかない士族でなかったろうか?
このところ、「隠し剣 鬼の爪」「ラストサムライ」と江戸末期から明治初期を舞台とした秀逸な作品があいついで上映され、
それぞれがその激動の時代に、長年刷り込まれた武士道精神とどう折り合いをつけるか、新しい時代をどう受け入れるか、どのように
決着をつけるかが見ものだった。

 江戸幕府による幕藩体制が終焉し近代国家設立に向けて政府による体制作りが急がれていた。
四国淡路の稲田家。徳島藩からの分離独立を求めた稲田家は、徳島藩から襲撃を受けた。歴史的事実である。これに対し明治政府は
稲田家に北海道移住を命じる。当時、北海道はまだ開拓されておらず、稲田家にとっては島流し同然の処置である。しかし、上からの
命令に逆らうことはできず546名は長い船旅を経て未開の地へと旅立った……。
時代が変われば武士も鍬を持ち田畑を耕さなければならない。何もない土地、何が住んでいるかわからない未知の土地で、彼らは自分
たちの土地を求めて未開の地を開発する。農民指導者に農作業のノウハウを教えてもらい、家をたて、新しい国家の建設を夢みる。
かつての稲田家の家臣とその家族が揃って移住したその地はまるで社宅の集まった共同体だ。
家が建ち、気持ちを改め、未来を信じるものの、第二次移民団の乗った船は難破し、頼みの殿様もなかなか来ない。作物は思うように
実らず、彼らの焦りや不安は募るばかり。失意と絶望にうちひがれる彼らを励まし陣頭指揮をとるのは、小松原英明(渡辺謙)と
まとめ役の家老・堀部賀兵衛(石橋蓮司)、愚痴ばっかりの奥様方をまとめるのは小松原の妻の志乃(吉永小百合)だ。
やっとの思いで殿様が来たものの、彼らが苦労して開墾したこの地は明治政府の管轄となることを告げられる。新しい稲田家の再建を
目指してがんばっていた彼らは、いやがおうにも時代の変化を痛感せずにはいられなかった。そして、マゲを切り、サムライに別れを
告げ、新しい時代に順応するよう、この地を永住の地にすべく決意を新たにする。他に選択肢はないのだ。

 しかし潤沢な資源に恵まれた土地でないばかりか、肥沃な土地でもないこの地での生活は苦しい。食料が底をつき、厳寒の地で冬を
越すのも一苦労だ。そんな折、苦渋の策として小松原は札幌に農作業の勉強をしにいく役目を担う。小松原に託された人々の思いは
死活問題だ。
冬がきて志乃と娘の多恵は、英明の帰りを待ちながら苦しい生活に耐える。なかなか戻らぬ英明に業を煮やした女たちは、時に志乃に
あたり棘のある言葉を放つ。
そんな人々のスキにつけこむのは、商人・持田倉蔵(香川照之)。政府から支給される米をせしめ、それを彼らに売りつける。誇りと
見栄ばかりで世の中をわたってきた旧士族の彼らは飢えと貧窮にはかてず卑しい倉蔵に身を売るものも出る。英明の親友・馬宮伝蔵
(柳葉敏郎)の妻・加代(石田ゆり子)は、寂れたこの地で愛息を失いドン底の生活に疲れ、倉蔵に身を売り安定した生活を保証して
もらうのだが……。
志乃も倉蔵の餌食になりかけた。危機一髪の時、謎の男アシリカ(豊川悦司)に救われ、それを機にアシリカは何かにつれ志乃母娘を
気にかける。
しかし、人々の仕打ちに耐え切れず夜中に志乃と多恵は、英明を探しに吹雪の中を遠出する。どこまで行っても雪原ばかり、凍てつく
北の大地の寒さに凍死寸前の二人の前に……。

 志乃の人生を変える男たちの登場の仕方がすばらしい。志乃親子を助けた「北海道酪農の父」と呼ばれたエドウィン・ダンが雪の
舞う中に忽然と出てくるシーン、行方知らずだった小松原英明が馬にのってお役人となって志乃たちの前に現れるシーン、謎めいて
いたアシリカが侍姿で馬小屋からスーッと登場するシーンなど。
物語もメロディアスで凝っている。音信不信だった志乃の夫・英明が明治政府の役人として、志乃が世話する馬をめしあげなければ
いけない皮肉。つまり、敵味方として再会するという非情な運命。さらに言うと、あんなに夢を信じて人々を鼓舞していた男が、
仲間や愛する妻子をいとも簡単に捨て、諸事情があったとはいえ別の女の世話になり、新しい体制側へと翻したのだから。志乃は
何のために温順な四国から北の大地へ赴いたというのか。それでもひたすら夫の帰りを待ちわび、再会を喜ぶ志乃は、洋服から着物
に着替え、かいがいしく夫の世話をする。
志乃のそんな一途な生き様は加代のそれとは対照的だ。明日をもわからない不透明な時代に、愛してはいても理想ばかりで能のない
夫をさっさと捨て、俗物の倉蔵に鞍替えし、夫の子どもなのに倉蔵の子として育てるしたたかさ。弱いのか強いのか、ともかく加代
は新天地を機に新たな幸福を求めた女だ。

 ならば志乃はどうだ? 夫の夢に随行して北の果てまできたものの、すべてに裏切られそれを恨むこともなく、それでも時代に
流されず今を懸命に生きた女、だ。志乃にとって新しい時代も古い時代も無関係だ。だから英明に捨てられた、と心でわかっていても
今を生きるために夢をもち続け生き抜く。男と女の理想と現実の折り合いのつけ方の差異が夫婦に端的に現れている。そして、
アシリカとの淡い恋情を匂わせ未来に希望を託す。アシリカも又、妻子をなくし追われる身となり、北の大地で隠れるように暮らし、
絶望しかない現実の中で最後の愛を見つけ、生きる希望を見出す。
それにしても、吉永と豊川の実年齢の差がロマンスをそいでいるような気がしてならないのだが、どう見たって姉と弟だ!

 石原ひとみが大きくなった多恵を演じる。
一時はバラバラに砕け散った彼らの絆や関係性だが、涙をのんでサムライ魂を捨てることで現実を受け入れた男=小松原との対決に
よって再び一致団結する。この爽快さといったらない。
何もない時代、何もない土地で、昔むかしこのような話があっても不思議はない。先人の血と涙の努力によって豊かな土地の歴史は
紡がれてきたのだ。


 *1月15日より 全国東映系にて公開予定


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